摩訶不思議なことが起きたら妖怪のせいにしてんじゃねえよ。妖怪だって大変なんだ。お前だって自分以外のやつの仕事の責任を負わされたらやだろ。
チョキなんて出すんじゃなかった。
「入りたくねえ、つーか声かけたくねえ」
「早くしろよー」
くそう、勝ったからって余裕綽々で構えやがって。
とはいえ、負けたのは事実。開ける以外に手立てはない。
「いざ鎌倉」
もし何かあったら逃げよう、16代目の若君みたいに。
「すみませーん!!」
取りあえず、デカい声で威嚇、じゃなかった。質問をしてみた。
ボロ屋の奥でゴンッという音がかすかに聞こえた。
「誰かいるっぽいな」
「壺が倒れた音じゃね?」
いーや、居留守を駆使してきた俺には分かる。この民家には何者かがいる!
「誰かいますかー?」
今度は音はならなかった。
「いるなら返事をしてくれませんかー?」
ダメ押しの一言をとなえる。
すると不思議なことにドアが開いた。外に向かって開くタイプの開き戸であったらしく、ギイィィと不気味な音がする。
「これは…」
「入っていいってことじゃね? 行こうぜ」
「ちょいちょい」
待て待て。そんなノコノコと入っていくな。
「どうした?」
「どうしたって聞きたいのはこっちだ。罠だったらどうすんだ?」
「…そりゃ、俺のユニークスキルがあるから」
「俺は?」
Hey You、もう少し俺のこと考えてくれてもいいんじゃない?
「わかった。俺が先に行く。安全だとわかったら入ってこい」
「え、ああ、うん」
急にイケメンムーブかまされるとこれはこれで困惑するな。
「失礼しまーす」
だがやはり怖いものは怖いのか、おっかなびっくり入っていく。
それを横目に、俺は玄関らしきところの横に座り込んだ。
改めて周りを見てみると、少しだけ木々の生えている密度が低い。おそらくここに住むために伐採したのだろう、であれば、この家に人がいる可能性はかなり高い。過去形になっているかもしれんが。
しかし何ゆえこんなところに家を建てたのだろうか。
もしかしたら、隠居したおじいさんもしくはおばあさんがせっせとここに家を建てたのかもしれない。もしそうなら羨ましい。
そんなことをぼんやりした頭で考えていると。
「ミラー、やばい」
ドドドドッという音がしてケルファーが飛び出してきた。
うん、この展開はなんとなく予想できた。
「何があったんだ?」
「妖怪だ、妖怪がいる」
それはさすがにきいてない。
「そこまで怖がらなくたっていいだろ」
「いやだってマジで怖かったんだもん、いやマジで」
ふむ、そこまですさまじい妖怪がいたというのか。
「一応聞くけど、妖怪ってのは一般に言う妖怪のことだよな」
こくこくと首を振ってうなずくケルファー。
この辺りで妖怪という語は、翌日にうなされるであろう怪物の頭文字をとって名付けられた単語だ。初めて知った時はいろいろ突っ込もうかと思ったが、もう慣れた。
「で、何がいたんだ?」
ともかく相手が何かを知らないとケルファーの二の舞になるので、目撃した「妖怪」について聞いてみた。
しかしガクブルしていて、答えたくもない様子。「使えねえなあ」といいたくなったが、ぐっと飲み込んだ。
正直俺も怖い。しかしこのまま森を抜けるのは困難といっていいだろう。であればこの民家に人がいる可能性に賭けてもいいはずだ。そのためなら恐怖は飲み込むべきだろう。
それに、ケルファーが怖がっているのを見ていると、何だか逆に冷静になってきた。
俺はふるえているケルファーの腕をひっつかんで、家屋に踏み込んだ。
ギシギシと、床が軋む音を聞きながら玄関から伸びる廊下を進む。
内装はわりかしおしゃれだ。床は使用年月の経過によってところどころくすんでいるが、それが味を出している。アンティークな色調のランタンがぶら下がっている天井の梁は、周りよりも一段濃い色をしており、空間にアクセントをつけている。
壁には絵画がいくつか飾られている。何が書いてあるかはよく見えない。それに加えて何かツタのようなものが壁に生えている気がする。
ホラゲーの類はやったことないが、多分序盤はこんな感じなんだろう。
「こ、ここだ」
どうやら問題の「妖怪」はここにいるらしい。
大きな部屋だ。ドアの作りが凝っている。水回りとかではないだろう。居間か、あるいはリビングか。
口内にたまったつばを飲み込む。
鬼が出るか蛇が出るか。
覚悟を決めて入ろうとしたその時だった。
「もし、そこのお人」
そう、扉の向こうから声がする。
「廊下にある、赤いフレームの鏡を壊してくれませんか?」
弱弱しい、女性の声がする。
そして、扉がスゥーッと音もたてずに開いた。
「ひぃっ」
隣に立つケルファーが悲鳴を上げて後ずさりする。
目に入ったのは、そのぼさぼさの髪。わずかに紫がかっている。長らく手入れをしていないのか、重く垂れ下がっている。
そして、その髪の間からこちらをのぞく二つの眼。らんらんと光っているそれは、髪の毛のせいで顔がほとんど見えないことによるギャップで、強い存在感を感じる。
そして、こちらに向けて伸ばされる手。爪は伸び放題で、指先含めて全体的に細い。
一言で言えば、めちゃくちゃ怖かった。
「おねが」
「「いやああああ」」
と、悲鳴を上げて、俺たちは家から駆けだした。
ムリムリムリムリムリ。あれは無理だって。あんな貞〇似の妖怪がいるなんて聞いてない。というかマジもんの妖怪じゃねえかふざけんな。
玄関を飛び出して数メートルほど家から離れた場所で、俺たちは何とか呼吸を整えていた。
「なにあれ」
「だから言っただろ。厳しいって。ヤバいって。入らない方がいいって」
え、なに。そんなに危機感がいる決断だったの?
「いやお前ずっとシバリングしてただけじゃねえか」
だませると思うなよ。そんなセリフ言ってないだろ。
「むう、覚えていたか」
「あいにく、記憶力には自信があるんでな」
まあ自信があるとかいうレベルをはるかに下回る領域の話ではあったが。
「それで、壊してきたのか」
「え?」
「赤いフレームの鏡だよ。壊してほしいって言ってただろ」
「いやそう言ってたけど」
え、まさかこいつ、そういうことなのか?
「一応確認するけど、ケルファーもあのぼさぼさの髪生やした生命体を見たよな」
「ああ、あの人な。めっちゃ痩せてたよな」
微妙に噛み合ってないなこれ。でも噛み合ってない部分を合わせたらなんかヤバいことになる気がするんだよな。
「もしかして、壊してないのか?」
「壊せるわけないだろ!!」
貞〇っぽい妖怪と鏡を割るの二重コンボだぞ絶対ヤバいだろ。
なんて言っても通じないよな。
いや分かってる。鏡が割れるのは不吉であるってのは地球の迷信だからな。この世界に持ち込むのは間違いだって。
でもやっぱりなんとなく忌避しちまうんだよな。
「わかった。じゃあ俺が壊しに行くわ」
「正気かテメエは」
と言いかけたのをなんとかこらえた。よくやった俺の喉。晩飯は負担が少ないものにしてやろう、かき氷とか。
「一応、俺もついてくわ」
「いいのか」
「ここまできてお前だけを行かせるのもな」
「わかった」
たとえ罠だったとしても、玄関からは距離がある。逃げ切ることは可能なはずだ。
何事も起きませんように、と俺は心のなかで祈った。




