森の中にある家はだいたい怪しい
屋敷の敷地内は大混乱だった。いたるところから火の手が上がっており、逃げ惑う人たちの姿が見える。
熱と煙が渦巻き、怒号が飛ぶ。昼間歩いた時は風光明媚だなとか感じていた庭園は見るも無残な姿になっており、枯草が辺りに散らばっている。幽霊の正体見たり枯れ尾花というが、今ならこれら全てが幽霊に見えても不思議じゃない。
屋敷の本館からはまだ火の手が回っていないらしく、脱出しようとする人たちの影が見えた。
「おうおう、燃えてんなあ。派手にやりやがって」
「あれ、お前犯人知ってんのか」
「なんだミラー、気づいてなかったの。これやったの俺たちが捕まえた盗賊だぜ」
「マジで?」
派手にやりすぎだろ。仕返しとかそういうレベルをとっくに通り越してるぞ。倍返しどころか倍々倍々倍々返しだ。多分バイバ〇ン使ったなこりゃ。
しかしまあなんとも都合のいいタイミングで襲撃してくれたもんだ。おかげで脱出がだいぶやりやすい。
赤外線センサーなんてハイテク物体なんぞ存在するわけないのだから、監視システムなんてのはマンパワー頼りなのがこの世界だ。であれば、その監視システムがガタガタな今はチャンスオブチャンスというわけだ。
庭園を通り過ぎて森へと向かう。なるたけ屋敷の死角となる部分を通るようにはしているが、ぶっちゃけ盗賊たちが好き勝手にやっているせいでそっちに目がいっており、多分俺等はマークを外されている。光が強ければ強いほど影は濃くなり自由に動けるのだ。
「おい、貴様ら、何をする!? 私はやんごとなき、ギャアああぁぁぁ」
あ、なんか悲鳴が聞こえる。
けどいいや、別に助ける義理は特にないし。こっちだって自分の命が大事なんだ。煮られるなり焼かれるなり恨まれるなり逝くなり好きにしてくれ。
そんなことを考えていたからだろうか。周囲への警戒心が少し薄れてしまった。
おかげで左側に接近していた盗賊一人の気配に気付けなかった。
どうやら石碑のうらに隠れていたらしいそいつは、右手に短刀を持ってこちらに突っ込んでくる。ご丁寧に「シャー」と叫ぶ徹底ぶりだ。
かと思いきや、俺等の姿を認めると急に立ち止まって、数秒ほど硬直した後屋敷の方へと駆けていった。
「え、何今の」
もしかしてお前らなぞ殺す価値もない、ということだろうか。なんかショックだ。緊急事態で蛇を焼いて食っているのを同業者に見られてドン引きされたあの時くらいショックだ。しかもあれ後輩だったから危険な先輩だみたいなわけわかんない噂流されてしばらく落ち込んでたな。あの後輩は絶対に許さない。
「ミラー、行こうぜ」
「え、ああ」
まあいいや。見逃してくれるというのなら俺らもそれに乗っかるまでだ。
しかしケルファーはあんまびっくりしてなかったな。まあユニークスキルがあるしいざとなったらどうとでもできるという自信があるのだろう。
森は近い。この中にまぎれてしまえば後はどうとでもなる。
ふと、疑問に思った。盗賊たちはどうやって地下牢から抜け出したのだろうか、と。
地下牢に放り込むのを手伝ったからこそ言える。あれは半端な警備ではなかった。鍵はしっかりかけていたし、警備員もわりかし強そうな印象を受けた。
もしかしたら、あの盗賊たちは……。
いや、やめよう。考えても意味のないことだ。そんな暇があるんだったら足を動かせ。
俺は頭に浮かんだ余計な思考を振り払い、今まさに森の中に入ろうとするケルファーの後を追った。
森に入ってからは屋敷から離れるように動いた。いくつかの荷物が邪魔になったので、惜しい心持ちだったがそいつらを捨てた。もちろん俺たちの行き先とはわからない方向に。
少しだけ身軽になった俺たちは、ちょうどいい感じの木を見つけたので、その下で休憩をとることにした。
「どんくらい屋敷から離れたんかな」
「おいおい騎士様しっかりしてくれよ、距離感つかむ訓練とかやってこなかったわけ?」
「馬鹿言え、お前こそ戦いを生業にしてんだろうが。何分間歩いたとか計ってなかったのかよ」
ちなみに先ほどどちらが先に見張りをするかじゃんけんをした。もちろん両者ともに寝たかったので激闘となった。具体的には9回連続で相子が出た。
勝負は俺が勝って、ケルファーは拗ねてしまった。
しかし問題がある。あんな脱走劇があったんだ、寝られん。
「とんだ災難だったな」
「ああ」
「もしかして、助けなかったほうがよかったのかね」
端的に言ってしまえば、俺たちが盗賊の襲撃から子爵を助け、さらに手加減をして殺さなかったのが全ての発端だ。あそこで子爵が三途の川を渡ってくれれば、割りを食うのは子爵と付き添いの方々だけで済んだわけだ。
いや、でもおつきのメイドさんたちが死ぬのはなんだか気分が良くないな。
「考えたって無駄だろ。アローザがやべえやつだったのは助けた後に分かったことだし。そもそも毒入れたのだってアローザじゃないかもしれない。盗賊たちだってもしかしたら火をつけるだけつけて殺しはやっていないかもしれない。まあ一つ言えるのはあんな混乱があったあと俺たちのことを気に留めるやつはいないってことだな」
考えても意味はない、か。
「そうかもしれないな」
確かに、よくよく考えてみればあの状況では下手をすれば俺たちがお尋ね者になっていた可能性だってあるのだ。あの場に盗賊がやったことを証言する人たちはいるにはいたが、果たして生き残っているかは定かではない。
あれこれまずくね?
「大丈夫だよな、俺たちお尋ね者になったりしないよな」
「流石に大丈夫だろ、屋敷の人に生き残りがいるはずだし。それにあんだけの騒ぎなら近くの住民も見に来たはずだ。王国からも何らかの調査が入るだろうしな」
それ、逆に言えば確定するまで疑いの目は降ってくるってことだよね?
まあいっか。
「取りあえず、当初の予定通り東の方へ向かうか」
「だな、コンパス使うわ」
思い出したかのようにカバンの中を探すケルファーだったが。
「ヤバい。コンパスがねえ」
「うん、なんで?」
なんて桃太郎ふうに返そうとしたが原因は明白。
「さっき捨てた荷物に混じってたんだな、仕方ない。諦めよう」
「ええ、諦め早くね。俺が見つけてない可能性は?」
「あるかもしれんが、ここで探すなら新しいのを調達したほうがいいだろ」
コンパスくらいなら少し大きい街に行けば売ってるはずだ。
「だな。うん」
そう言ってケルファーはどかっとその場に腰を下ろした。
「じゃ、おやすみ」
「おいちょっと待て」
何寝ようとしてんだ。お前は見張りだろうが。
「たのむよー、寝かせてくれよ。疲れてんだよ」
「そりゃ俺も一緒だ。さっきのじゃんけん十回分の時間をなんだと思ってんだ」
「そのじゃんけんで疲れたんだよ」
相子9回分の消耗がデカすぎる件について。
「分かった、後五分だけだ。そしたら寝ていい」
「マジで!?いいのか」
「ああ、ただそのかわりちょいと早めに出発するからな」
「りょうかーい」
そんなわけで、しばらく休息をとって体力回復に努めた。
***
そして空が白みはじめた頃。
俺たちは再び動き出していた。
「東ってこっちだよな」
「たぶんな、少なくとも西ではないはずだ」
ぶっちゃけ自信のほどは6割ほど。加えてこの森だ。方向感覚が狂っていても不思議ではない。
それでも、休憩したタイミングから数えて十分も経たぬうちに森を抜けることができた。
そして、森を抜けた先にはデカい山があった。
「引き返そうか」
「真顔で言ってるとこ悪いけど、そんな選択肢ははなっから無しだぞ」
引き返してどうしろってんだ。前に進むしかねえだろうが。
「それに、山越えが確定したわけでもないっぽいぞ」
望遠鏡でのぞいてみると、少し上ったところに崖沿いに道が伸びているのが見える。
「そこを通れば多分すんなり超えられるだろう」
「よし、行こうか」
切り替えはえーよ。
とはいえ、山を上りたくないという点に関してはその通りである。正直俺もほっとしていた。
そんなこんなで崖に沿った道を歩いてしばらく経ち、道が終わった俺らの前にあったのは、
「また森かよ」
すんげえビッグなフォレストだった。人食いミュータントがいないことを祈るばかりである。
「うだうだ言っても仕方ないし、おや?」
「どうしたケルファー?」
「いや、なんか家がある」
「でかした」
ケルファーはもりのなかでみんかをみつけた!!
「方角は、向こうか」
「取りあえず、行ってみようぜ」
この森を抜ける手立てを知っているかもしれない。まあ知らなくても水を分けてもらうとかできることはあるだろう。少しだけ気分が明るくなるのを感じつつ、俺たちは民家に向けて歩を進めた。
そして民家の前につくと気分は暗くなっていた。
理由は簡単、めっちゃ人の気配がない。あと、なんかぼろい。
「ミラーこれさ、人いる?」
「知るか」
どうしよう、ピンポンダッシュでもしようかしら?いや無理だ。インターホンがねえ。卓球でもするか?ピンポンだけに。
ってあほなこと考えてる場合じゃねえな。
「とりま入っとく?」
「本気で言ってる?」
こいつワイバーンのときといい怖いもん知らずだな。
「よし、じゃんけんしようぜ。昨日の借りを返す」
「やる気満々だな」
だが俺も負けていられない。遊園地にあるお化け屋敷ですらダメなのだ。こんなリアル怪しい家に入れとかマジ勘弁。
「「最初はグー」」
相手の手をよく見ろ。
「「じゃんけん」」
集中しろ。
「「ぽん!」」
躍動せよ、俺の左手!!
そして俺はグーを出したケルファーに負けた。




