はやぶさって言ってまず新幹線の方を思い浮かべたあなたは普通の人よりは鉄道に詳しい
「これはすごいな」
「いやすごくはないだろ」
えー、生物を犠牲にした検査の結果、毒はサラダにのみ入っていることが判明しました。
「だって毒が一品にしか入っていないんだぜ」
「普通は入っていないんだよなあ」
感覚が完全に狂っている。お前は宮廷で諍いでもしてんのか。雍正帝の側室か。
「とりあえず、食おうぜ」
「そうだな」
聞いたところによれば、この館の使用人の食事を持ってきたらしい。まあ予定したバーベキューをなかったことにしたのだから急きょ対応したという形なのだろう。
しかし、こう考えるとあのメイドさんは主犯ではないことになるな。
「ミラー、あーんしないことって、できるか?」
「そんなお願い初めて聞いたわ」
なにその英語が苦手な人がテストの和訳で作成したみたいな日本語文は。
お願いするまでもなくやらねえよ。
そんなやりとりがありつつ昼飯を平らげた。味はそれなりだった。
「どうにかして、お前の体調が回復したことをポーズしないとな。いらん気を回されると面倒だ」
「どうにかってのはどうだ?」
「とくには思いつかんな」
「屋敷を走り回るってのはどうだ?屋根を飛び回って」
どこの群馬のJK?
「いや、流石にダメだろ。ここ人んちだぞ」
というか飛び回れるだけの屋根がある建物ってどんだけだよ。
「普通に2人でほっつき回りゃいいか」
「最初からそれでいいだろ」
なんで飛び回るなんて提案したんだ。来世は鳥にでもなりたいのか。ちょっとわかる。できれば猛禽類がいい。
***
屋敷をうろつきまわって遭遇した人に回復したことをアピールして部屋に戻ればいいや。
そう考えていた時期が俺にもありました。
「領主様お願いします、限界なんです。妻と娘がいるんです」
「ならぬ。この土地を治めているのは私だぞ。私の統治によって貴様らは安寧な生活を送れているのだ。そのための対価としての税だ。そんな当たり前のこともわからんのか」
えーただいま、正門の前でアローザさんに農夫が直談判しているところを目撃しているところであります。
「し、しかし、ご存じかとは思いますが、去年は猛暑で降水も信じられないほど多く、税の要でもある小麦の収穫量が大幅に減っているのです。この状況では、毎年と同じように納税することはとても…」
「対価も支払わずに私の土地で暮らそうなどとは、いい度胸だな貴様」
まずい、さっき似たような流れを見た気がする。
案の定、アローザ様は腰に手を伸ばして鞭を取り出した。遠目でもわかる。あれは御者さんを打ち据えたのと同じやつだ。
見ているままでいいのか?ここから飛び出して助けるべきじゃないのか?
気づけば無意識に剣に手が伸びていた。
しかし、俺の手を上から押さえつけるものがある。
見てみると、それはケルファーの手だった。
「なんで」
おまえさっき御者さんが打たれているのに介入したじゃねえか。なのに今度は黙って見ているっていうのか。
「俺たちは英雄じゃねえ。目の前で困っているやつ全員を助けることはできねえんだ。それにさっきとは状況が違う。もしかしたら俺たちを殺そうとしているかもしれない相手だ。そんな状態でのこのこ出ていくっていうのか」
「それは」
その通りだ。俺たちはヒーローではない。ここで助けたとて、その後はどうする? ずっとこの場所で農業の手伝いをするというのか? それは対処療法でしかない。じゃあ今目の前で起こっている暴力を見て見ぬふりをするのか?
この状況で正しいのはもちろん介入することだろう。しかしそのあと捕まってジ・エンドとなれば一巻の終わりである。さすがにそこまでのリスクを背負うことはできない。
正しさというのは一種の閉鎖性を持っている。なぜなら時として正しさは暴力的だからだ。暴れ回って、崩して、壊して、後にできた残骸が正しさがもたらしたものだと信じたくないから、よってたかって封じ込めようとする。正しさは人の手により綴じられている。
逡巡する。頭の中で助けるべきだとわめく俺がいる一方で、そんなものは偽善でしかない、助けてどうなると叫ぶ俺もいる。
剣を握る手がかすかにゆるむ。
その時だった。
「旦那様、お耳に入れたいことが」
向こうから執事が走ってきて、何やら子爵に耳打ちをした。
「なに、それはまずい。すぐ戻らねば」
するとあら不思議、子爵は鞭を仕舞って屋敷の方へと戻っていってしまいました。
「ふん、命拾いしたな」
そしてまさかの執事さんも農夫に毒を吐いて立ち去っていった。
おかしい、俺の中の異世界テンプレでは、領主がクソ野郎でもその部下は高確率でいいやつのはずなのだが。
いやそんなこと考えてる場合じゃない。
「大丈夫ですか」
二人で慌てて農夫のもとへ駆け寄る。
「あなたたちは」
「その、旅の者で。たまたま子爵を助けたといいますか」
「そうですか」
気まずい。そりゃそうだよな。俺たちが助けていなければ子爵は死ぬわけだったしな。
「ずっと前からああなんすか」
ケルファーが農夫の背中に問いかける。
「子爵は、十年位前に先代から替わりまして。初めのころは良かったのですが、ほら、四年前から魔族との戦争が激化しましたでしょう。一年前には勇者も現れて。それから、戦争のためと称して税負担が重くなっていったんです」
四年前か、ブロンズランクに上がったばかりだから魔族との戦闘には駆り出されなかったんだよな。代わりに魔族との戦闘に駆り出された先輩の穴を埋めることはしたけど。
「それに、革命軍が潜伏しているかもとか言うこじつけで、差し押さえをしてくるときもあるんです」
まじかよやってんな。
というか革命軍か。旅に出る前に新聞でちらっと見たな。王国最大の貴族であるデュナスラルド家の圧政を暴露して、その当主を失脚に追い込んだんだっけ。その結果王家からお尋ね者認定されちゃったわけだけど。
「本当に革命軍が来ているなら、ぶっ潰してほしいですよ。あんな、あんな威張ってるだけのゴミ野郎」
結構直接言うなこの人。
うーむ、困ったな。アローザを襲撃から助けたのは俺たちだから、なんだか居たたまれない気持ちになってきたぞ。客観的に見れば悪いことしてないはずなんだが、それが最善の選択だとは限らないってことか。
「取りあえず、俺たちもう戻らないとなんで、これあげます」
そう言ったケルファーがポケットをガサゴソやって取り出した何かを農夫さんに握らせる。
端からみたらやばい取引現場にしか見えない。
まあケルファーのことだし多分変なものは渡してないだろ。金属音が聞こえたし銀貨を数枚とかそのへんだろう。
ブツを渡し終えたケルファーが踵を返して屋敷の方へと戻っていくのを、農夫さんに一礼してから俺も追いかけた。
その日の夜、晩飯を食べた後。
俺たちは交代で仮眠を取りつつ、時間になったら抜けだそうというプランを実行しようとしている。今は俺がベッドで体力チャージ中だ。
俺はといえばさっきの農夫さんのことを考えていた。あの場はお金を渡してさよならしてしまったが、本当にあれで良かったのだろうか?一時的にはマシにはなるだろうが、根本的な解決にはならない。
そもそもこんなこと考えるだけ無駄なのだろうか。ケルファーの言った通り、俺たちは英雄じゃない。ただの旅人だ。今はマジに勇者だっているわけだし、英雄稼業はそっちに任せておけばいい。勝手に世界を救っていればいい。
さらに言ってしまえば、こんな悩みを持ち出す時点で偽善者そのものだ。しかしやらない善よりやる偽善ともいう。正しい行動が一体何なのか、一介の人間に考えられるものなのだろうか。
そもそもなんでこんなことを考えているのか。原因はなんだ?今まで二人ほど助けてきて、この落差からこうなっているのか?だとしたら今までと今回とで何が違う?
俺の行動か?それともケルファーの…
「おい、起きろ」
人工精霊操って山高帽かぶってるやつくらい自分の正義に迷いがなければ…。ん、今呼ばれなかった?
「おい、起きろ。聞こえてんのか」
「起きてる起きてる。どうした?」
「四十秒で支度しろ、脱出するぞ」
あれ、なんか早くない?予定ではもう少し後のはずなんだが。
一瞬抱いた疑問は、次の瞬間外から聞こえてきた大声により吹き飛んだ。
「おらぁ、ぶっ壊せ。燃やしまくれ!!」
「汚物は消毒しちまえ、ヒャッハー!」
「貴族がなんだ、ただふんぞり返ってるだけだろうがあ!?精算の時間だあぁぁ」
なんかめっちゃ世紀末な声聞こえるし、よく見てみるとなんか燃えてる。
「え、なにこれ」
「知らん、とにかく今がチャンスだ。脱出を隠すなら混乱の中が一番だ」
取りあえず、急ごう。俺は荷物を持ってケルファーとともにドアから廊下に出て走った。




