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異世界転生してから八年たった  作者: タリナーズヒーコー
第二章
44/73

全員が全員社会人になる前にバーベキューを経験したことあると思うなよ

片付けが終わると、メイドさんはそそくさと退室していった。

「あの感じからして、メイドさんの独断ってことはなさそうだな」

独断だとしたら、毒を食ってもピンピンしている俺たちを見て少しは表情に動きがあるはず。しかし全くなかった。完全なポーカーフェイスの可能性もあるが。

何はともあれ、引き続き我々の対応を考えなくてはならない。


「仮に夜まで待つとしたら、なにするんだ。」

こういう場合、体力温存のために仮眠をとるというのは王道だが、それだけでいいのかという不安もある。


「そこでおれから提案なんだが」


ケルファーの言いたい内容をまとめると、夜になって屋敷の警備が薄いところから抜け出す。そのために屋敷の構造や見取り図を作成するのが現状できる時間つぶしとしては至上である。屋敷の中を散歩したいといえばおそらく許可されるだろうが、許可されなかった場合を考えると、まずは自分が勝手に外に出てなるべく見つからないように屋敷内を歩き回る。お前は毒が効いたふりをしてこの部屋で休んでいるということにする、ということだった。


名案ではあった。どのみち今抜け出すにしても、無策では厳しい。少なくとも逃げ道の把握は必要不可欠だ。

「二人一緒に散歩に出たというと、同時に逃げ出したんじゃないかという疑惑が持たれるからな。ミラーには悪いが、ちょっとこの部屋でじっとしておいてほしい。ダメか」

「ダメじゃないけど」

おい、だからその整った顔を人に近づけて物を頼むな。断れないでしょうが。断る気もないけどさ。


「よし、じゃあ決まりだな。じゃあ俺は外を見てくる」

そういってケルファーは部屋の扉をわずかに開けて周りを確認したのち、部屋から出て行った。



***



結論から言えば、ケルファーの提案はうまくハマった。およそ三時間ぐらいぶらついた後に何事もなく部屋に戻ってきたのだ。

俺はといえば、ご飯を回収しに来たメイドさんの応対をしたり、窓から屋敷の中を見たり、荷物の確認をしたり、テーブルクロス引きに挑戦したりして時間を潰していた。


「お疲れ」

「ああ」

「で、どうだった」

静かにドアを開けて室内に入ってきたケルファーに聞く。もちろん扉の外を確認するのも忘れない。慎重すぎて五本で済む松明を五百本買うやつの気持ちがわかるような気がする。


「取りあえず、屋敷の警備が手薄になるような場所の目星はついたぜ」

そう言って、ケルファーは懐から丸めた紙を一枚取り出した。


「屋敷の東側の庭園に木が密集して生えている小さい森がある。ここなら夜にまぎれて外に出やすい。それから北西側は地形が入り組んでいて警備の目が届きにくく、壁も心なしかボロい気がする。あとは昨日言った地下牢のそばに簡易的な入り口がある。ここもアリだ。地下牢の警備員が夜いないのならここから抜け出すのが一番楽」

計三つのルートが存在するってことか。地下牢があるのは南よりだから、きれいに三つとも分かれていることになる。

「どのルートで行くかを決めないと、タイムロスになりそうだな」

あらかじめ決めておけば、考えたり決断したりすることで時間と労力をカットできる。思考の外部化というやつだ。

「そうだな、今決めるか」


それから俺たちが話し合った結果、東側の庭園の森を抜けるルートが一番リスクが低いので、まずはそこを使って抜けることにした。そこがダメなら地下牢の隣を使うことにした。というのも、北西の部分は抜け出した後のルートがかなり複雑で、万が一追いつかれた場合に追っ手を撒くことが困難だということがあった。


「そういや、途中誰もお前を(とが)めなかったのか?」

「いや、とくになかったぜ。庭師のおっさんとさっきのメイドさんと別のメイドさんと遭遇はしたが、特になんも言われなかったぞ」

どうやら周縁部を歩いているときに庭師のおっちゃんに見つかったらしいが、とくに何も言われなかったらしい。そこで屋敷の間取りを調べるときに試しにメイドさんに話しかけてみたところ、うまく情報を引き出せたとのこと。

よかったよ。話の分かるメイドさんで。近頃は銃をもって隣にカチコミしたりする冥途の集団もアキバにいるらしいからな。あれ、確かあれは1999年の話だったけ。じゃあ違うのか。


「領主には会わなかったのか」

「なんか面談中だからあまり近くは通らないでくれって言われてな」

ああ、流石にその辺の意識はちゃんとしてるのか。

「ただ、なんかアローザさんの怒鳴り声が外まで聞こえてきたな。なんか税を納められないなら俺の領土から出て行けとか。誰がお前らを生かしてると思ってんだとか」

ダメじゃん、全然防音できてねえじゃん。意識全然たりねえじゃん。

「それ、やばいやつじゃん」

じゃんじゃん言いすぎて発酵してんじゃないか心配になってきた。

しかし、予想以上にアローザさんが危険人物だな。仮にアレが今日限りだとしても俺の中では信用ならない人間リスト入り確定なんだが。

「とにもかくにも、あの様子じゃ俺たちが出ようとしてるのがバレたらまずいな」

「じゃあ、やっぱり夜に脱走する感じか」


誰にも遭遇せずにケルファーが帰ってくるなら、今脱走するという線もありえたが、どうやらそれは無理そうだ。なにせ誰が俺たちを敵視しているか分からないからな。遭遇した屋敷の人間がお敵さんだったら一発アウトだ。現実は三アウトは待ってくれないのだ。

「そうなるな」

「となると、仮眠とかした方がいい感じ?」

「だな。どうする?俺はどっちでもいいぜ」

「いや、先にお前が仮眠を取りな。体力回復のための仮眠なんだから疲れてるお前が先にすべきだろ」

こういう時は相手のことを思って発言してるんだぜ感を出すのがポイントだ。こうすれば大体の相手は折れてくれる。

「いいのか」

「いいって言ってんだろ。ほらベットに入った入った」

俺はグイグイとケルファーを押してベットの上に体をほっぽり出させようとする。

するとそこで再びノックの音がした。多分そろそろ昼食の時間だからまた食事を運んできたんだろうか。


「失礼します、旦那様からのご連絡です。昼食はお庭でバーベキューの用意があるとのことです」

ヒャッハー、野郎ども、バーベキューだぜ、テンション上がってきたぁぁぁあ。

とは流石にならない。ゴキブリでもわかる。これは絶対に罠だ。ゴキブリホイホイならぬ平民ホイホイだ。この世界では肉を焼くパーティーは大人数で祝い事をするときくらいしかしない。それを客人に出せる財力には平伏するほかないが、今となっては子爵側の威伏にしか見えない。


よし、断ろう。


「いやー、お気持ちは大変ありがたいのですが、どうやら連れの体調が優れなくて。僕一人で参加するのも座りが悪いといいますか。そういうことなので、大変恐縮なのですが今回はお断りさせていただきたいと存じます」

めちゃくちゃ喋り慣れてないのがバレバレな口調になってしまった。頼む意味をくみ取ってくれもしくはこいつやばいやつだ旦那様に近づけちゃいけないとかそういう方向に解釈してくれ!

「そうでしたか、それではそう旦那様に伝えておきます」

およよ、意外と簡単に引き下がったな。

ドアを閉めて歩き去っていくメイドさんの足音を聞きながら、俺は少々拍子抜けした気分になった。

ともかく、これで少しだけ余裕ができた。


「そういうわけだから、お前は今から病人だ」

「マジか、じゃあお前も道連れだな。今から移してやる」

「なんでだ」

ゾンビにでもなったのかお前は。マユゾンか、ダメなおっさんなのか。

「そうだ、さっきこれを捕まえてきたんだ」

ふと何かを思い出したケルファーが懐をガサゴソすると、そこから二匹のネズミが出てきた。

「え、どうしたのそれ」

まさか食料として調達してきたのか。


「毒が入っているかを確かめるんだよ、銀の棒は限りがあるからな。少しでも使用回数を減らさないと」

それは取り出す前に言ってほしかったな。というか発想がまんまミステリー物で毒物混入を疑うときの探偵役のそれなんだけど。

「おかしいな、俺ら泊まったら死ぬタイプの宿にいるわけじゃないのにな」

もしかして蝶ネクタイつけた小学生が近くにいるのか?もしくはじっちゃんの孫。あるいは屍人とかがいるのかもしれない。

「泊まったら死ぬタイプの旅館か。人生最期の日とかに使えそうじゃね」

「使えるわけ無いだろ。最期くらい平和にイきたいだろ、あの世に」

今までミステリーもので旅館でお亡くなりになった被害者にあやまれ。

ちなみに、この世界にも一応あの世と天国と地獄という概念はあるっぽい。多分教会が広めてる教えとは関係なく。

まあ神様に転生させてもらった俺が言うことではないが。

「とりあえず、昼飯は何とかなるとして、後は今晩までどうするかだな」

「どうすんだ。俺を病人にしちまって」


その言い方やめろ。


「むしろ、どっかでお前がピンピンなことを見せないと。もう一晩泊まってけとかいわれたら詰みだぞ」

「ああ、まあそうだな」

なんだ?なんか歯切れの悪い返事だな。

「もしもし、昼食をお持ちしました」

聞き返そうとしたが、先に昼食が来てしまったのでそちらの対応をしなくてはならない。

「はーい、今行きます」

異世界転生イベントの定番である、「襲われる貴族を助ける」を経験したのに、どうしてこんな危ない橋を渡っているのだろうか?だれかいっそ橋を爆破して時を戻してくれないだろうか?

……美しい手のあてがないな、やめよう。

俺はなんだか重たい気分で扉を開けた。



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