よくよく考えてみるとこの男女平等の時代に「逆」玉の輿なんて結構攻めてんな
そしてその日の晩。
アローザさんに夕食をごちそうになった。メインはローストした鹿肉だそうで。それにサラダ、ポタージュ、ワインやパンがついている。場所は大広間。よく見る、というほどでもないが、細長い長方形のテーブルの長い辺にそって座る形式らしい。もちろん子爵は短い辺の方に座っている。
実を言うと、緊張してかなりの記憶が吹っ飛んでいた。
一番記憶に残っているのは鹿肉にかかっているソースが濃い色をしていたこと。そして、ケルファーの機嫌が途中から悪くなっていったので、爆発しないよう気を遣っていたり、会話をなんとか維持したりしていたことだ。気が付いたら。なんか夕食の時間が終わっていた。誰かが時間を加速させたのかもしれない。
「おまえ、もしかして貴族苦手?」
流石にケルファーの様子を妙だと思った俺は、夜寝る直前に聞いてみることにした。
寝る直前。人の意識が一番緩むであろうこの瞬間。おそらく普通のタイミングで聞いてもはぐらかされるだろう。やや卑怯な気もするが、真意を尋ねるならこのタイミングがベストだ。
「やっぱバレちゃった?」
「あんな表情コロコロ変えといてよく言うぜ。騎士は任務遂行に際して己の感情を出すなとか言われなかったわけ?」
「バッカ言え。騎士なんてな、一皮むいたらあわよくば貴族の娘と知り合えて逆玉の輿狙うやつか、貴族の財産もらえるかなとか大それた欲望抱いている奴か、偉い人守ってる俺カッケーって妄想してるやつしかいねえよ。安定した職業求める一般人がなるもんじゃねえ」
「さらっととんでもない罵詈雑言吐いたなお前」
道理でさくっと騎士をやめられたわけだ。謎が一つ解けたぜ。
「全員が全員そうじゃねえのは分かってるんだが、俺の中だと貴族ってのは俺たち庶民から税をふんだくって私腹を肥やして、放蕩している連中に見えてならねえ。この前だって、ヴィンハウゼン侯爵が自分のところの綿織物の関連品の密輸で財産没収、地位も男爵に降格、領地も大幅な減俸を食らったろ。しかも密輸自体は十年以上前からやってたんだ。これで貴族に好意的な感情を持つ方がむずくないか?」
確かにその件は耳にした。というか、ここ数年で急に貴族の不祥事が明るみに出始めている。今年が始まってから半分が経過したが、貴族の不祥事はすでに三件も号外として新聞に載っている。
不可解なことに、うち一件は国から罰が降りなかった。
もしかして内部から腐ってるんじゃないかとか、時々考えることはあるのだが、あいにく俺は一般冒険者。プファルツに愛着はあってもブランテュール王国には特別な気持ちはない。もしこの世界に選挙があったら、たぶん投票にはコインを投げていくか決める。その程度だ。
「の割に、アンリエッタ伯爵の騎士はやってたんだな」
「あの人は別だ。うちの叔父の奥さんのいとこの友達のお兄さんの隣の部屋に住んでた人妻の不倫相手のかかりつけの医者の実家の取引相手なんだ」
「果てしなく他人じゃね?それ」
しかもなんか危険なワードが混ざってた気がするんだが……。
まあ多分なにかの知り合いだったんだろう……。アンリエッタ伯爵が信頼できるってのは俺も同意だ。二回しか会ったことはないが、しっかりした人だったのを覚えている。プファルツがダンジョンを有しながら大きく発展できたのは、あの人の手腕によるところが大きい。
「なんかごめんな。アローザさんとの面会、結構お前が話してただろ」
苦手なことをし続けるというのは結構な苦痛となりうる。それを強いてしまったのだ。俺が甘えていたと言わざるを得ない。
「いや、そこは大丈夫だ。それに、さっきはお前も会話回してくれたしな。それに話すことに関しては騎士になるときに訓練したからな。慣れてんだ。むしろどんどん俺を頼ってくれ」
あらやだイケメン。とてもさっきとんでもないこと言った人とは思えない。
「というか、機嫌が悪かったのはそれだけじゃないぞ」
「え」
どういうことだと訪ねようとしたが、「それじゃ、おやすみ」と言われてしまったので、それ以上は聞くことができなかった。
なんだろう?途中ソースの出来で子爵がメイドに耳打ちをしていたことしか覚えていない。何か良くないことをしていたのだろうか。
そして翌朝。目覚めて身支度をしたあと。
「おはよう」
俺は昨日聞けなかったことをどう聞き出そうか頭を張り巡らせていた。
どうする?俺が気づいていないことって一体なんだ?ケルファーに聞かないと解決できないことなのか?
それとも解決というほど大きなことではないのか?
古来より、世界は知ってること、知らないこと、知らないとすら気づかないことの三つで出来ているといわれる。ケルファーが言ってたのがもし三つ目だとすれば、自力で気づくのは無理だ。ラーメンのスープに浸した海苔でご飯を食べるという欲望を我慢するのと同じくらい無理だ。
うん、諦めよう。
なんかいい感じのタイミングが回ってくるだろ、多分。そん時に聞けばいいだろ。
我ながら悩んだ時間は何だったんだと自分にいいたくなるくらいの諦めようだが、まあこれは切り替えが早いということでひとつ。気を切り替えるということは、次の目標を明確にして気を引き締めるということ。
――スパーアァァァァァアンッッ!――
ほら、なんか気の引き締まる音も聞こえてきたし。例えるならこう気の抜けた人間を鞭でしばいているかのような。
うんちょっと待って。
「ミラー、何この音」
「知らん」
なんで貴族のお屋敷でこんな音が聞こえるわけ?SMプレイに興じる変態でもいるのか? にしたってここまでデカい音はしないだろ。
不思議に思ったので、廊下に出て音の出所を探ることにした。するともう一度同じような音と、誰かの叫ぶような音が聞こえてきた。両方とも男の声のように聞こえる。
「こっちだな」
こいつはいくら何でも不自然すぎる。疑念が膨らんだ俺たちは、音の出どころから大体の方向に当りをつけて廊下を進んでいく。
途中、何人かのメイドさんとすれ違ったが、みなうつむいていて手を動かしていなかった。
「明らかに異常だぜ、こりゃぁ」
同感だ。
やがて、音の出どころだと思われる玄関までたどり着いた。
「こんンンの、無能があぁぁァァァ」
やや開いたドアの隙間から見えたのは、土下座している若い男性を罵倒しながら、鞭を振り下ろしているアローザさんの姿であった。




