あれだけ書類用の写真は真顔を要求するくせに集合写真では満面の笑みでお願いしますとかいうやつはなんなん?そんな簡単に表情管理ができると思うなよ
そんなことがあって、今アローザさんの屋敷の前にいる。
「さて、私の窮地を助けてもらった二人には礼をしたいと先ほど言ったが」
子爵はそこで言葉を区切る。
「それよりも先にすべきことがあるな。取りあえず盗賊どもを地下牢に入れてくれんかね。申し訳ないが、君たちも手伝ってくれ」
あ、俺たちも手伝う流れなのね。
盗賊たちを一列に並べ、地下牢へと移動させる。俺とケルファーは列の左右について逃げ出さないように監視する役だ。
しかし、客人に追加労働をさせるとは、いい性格してるぜ。まあ、屋敷の中をきれいにする時間を稼ぐって意味合いもあるのかもしれんが。
なんてことを考えながら地下牢の門をくぐり、物珍しそうにしている俺の横でアローザ男爵の部下があいている牢屋に盗賊をぶち込んでいく。
しかし、何というか積もった埃の痕とちょくちょくある靴跡から察するに、結構人の出入りがあるっぽいな。盗賊も出ていたし、この地域は思ったより治安が悪いのかもしれない。
ものの十分ほどで作業は終わり、俺たちは屋敷の前に戻った。
「いやー、すみませんね。準備は出来てますのでどうぞこちらへ」
おそらく男爵の執事を務めているのであろう灰色の髪をした男性にそういわれ、客室へ案内される。
屋敷の内装はいかにも貴族の屋敷という感じだった。まあ貴族の屋敷なんてプファルツにいたころに二回くらいしか入ったことしかないが。
それにしても、思ったよりは派手じゃないな。絵画や壺といった装飾品が多いなーって感じるくらいだ。大体こういうのは多すぎると品位があーだこーだ言われるそうだが、あいにくそういう感覚とは縁がないので、俺は大人しく黙っておいた。
廊下を十五メートルほど進んだところで、客室に通された。
俺は前言撤回しようかと思った。客室の中はなんともまあ豪華だった、さっきの廊下が可愛くみえるほどには。壁にかけてある絵はさっきよりでかくて高そうだし、カーペットはふかふかだし、テーブルはなんか格式張っていて、大層値が張りそうであった。金額など考えたくもない。お、値段以上とか言ってる場合じゃない。
相方と一緒に、ソファーに腰掛ける。人をダメにするほどではないが、なかなかに柔らかい。なかなかと言えば、古文では「なかなかなり」が「中途半端だ」「かえって」とかいう意味だったのを逆手にとって、クラスの中でそれを利用した言葉遊びが流行っていたのを覚えている。マジでどうでもいいな。
こんなどうでもいいことを考えるときは、暇か、もしくは気を紛らわせようとしているかのどっちかだ。
今回は状況的におそらく後者だろう。そして原因は貴族と対面することによる緊張だと思われる。しかし俺だけ緊張しているのは何だか嫌なので、相方はどうかと顔を見てみた。
そしてすぐに後悔した。
目に映ったのは、能面のような顔をしたケルファーだった。
初めて見る顔だ。全く感情が読み取れない。憎しみか、怒りか、悲しみか、それとも逆方面の歓喜を押さえているだけなのか、はたまた虚無なのか。今ケルファーが何を考えて感じているのかが全くうかがい知れない。
こんな形でコイツの知らない一面を見たくはなかった。そう考えるということは、少なくとも俺がケルファーのことをある程度知りたいと思っているということか。
なんて、今考えるべきはそこじゃないな。
こういう時、たいていは何か隠したいことがあって、他人に指摘されると、何もなかったかのように「え、何のことだ?」と返すのがお決まりだ。そしてそこから「何でも、ないんだ」の一点張りで指摘した側が追及を諦めるか、「お前になら、話してもいいか」となって秘密を打ち明けるかの二つへルートが分岐する。
今回はおそらく前者のパターンだ。というか後者で秘密を明かしてもらえるかといわれると、恥ずかしながら若干自信がない。それに、多分だが秘密を打ち明ける段階でアローザさんが部屋に入ってくるような気がする。そうなったら最後、もうこの事は今後話題にすることも出来なくなるかもしれない。
ではどうするか。指摘するというのはあくまで方法の一つでしかなく、すなわち最善策ではない。
ここでの対応策はすなわち、
「ヘリックシュン」
くしゃみだ。猫の飼い主だ。そしてなるたけ声をデカくして癖の強いくしゃみをする。俺はこのくしゃみで先生に怒られ廊下に立たされたことが三回ある。いわばプロのくしゃみストだ。軽く見てもらっては困る。くしゃみは確かに軽いが、面接といった肝心な場面では場を左右することだってあるのだ、知らんけど。
そして何より、空咳と違って、相手が気づかなくても連続でできるし、恥ずかしくないという最大のメリットがある。
「ヘリックシュン」
万が一の場合を考えて、二回派手にくしゃみした、さあどう出るケルファー?
果たして、ケルファーはこちらを向いていた。
「どうしたんだ?」
そしてこうなった以上、俺からさっきの表情について聞くのは避ける。これが最善だ。
「いや、ちょっと鼻がむずむずしてな」
顔を突き合わせてみると、彼の表情はいつものそれに戻っていた。
今のは何だったんだろうか?
それを疑問に思った直後に、アローザさんが部屋に入ってきたので、思考はそこで打ち切られた。
***
「では、改めてお礼を言おうと思う。私を助けてくれて感謝している。ついては、しばらく二人にはこの屋敷に泊まってもらいたい」
部屋に入ってきて俺たちの向かい側に座るなり、アローザさんはこんなことを言った。
「この屋敷に泊まる、ですか」
「ああ、そうだ」
「いえ、私たちは本当にたまたま通りがかっただけで、そのような厚遇を受けるほどでは」
「いや、私は恩は返す主義だ」
「ですが」
そこからは譲歩と食い下がりが続いた。何とかして客人をもてなそうという子爵と、そこまでさせてもらうわけにはいかないという俺たち。双方の妥協点を探す会話が続いた。
正直に言うと先を急ぎたかったのが本音だが、流石に要求を無視するとよくないのはわかりきっていたので、最終的には二日は泊まるという話で落ち着いた。
正直貴族との会話は不安だったのだが、なんとかボロを出さずに乗り切れた。というか半分以上ケルファーがフォローしてくれて、それに頼る形だったといっても過言ではない。頼るというかリクライニングマックスでもたれかかってた気がしなくもないが。
そんなこんなで面会も終わり、俺たちは屋敷内のとある一室で一息ついていた。
「しかしまさか泊まっていけと言い出すとはなー」
「それな」
ケルファーの意見には同意だ。完全に意表を突かれたというかなんというか。てっきりメロンですとかいってスキップして自室に帰っていくのかと思ってた。でもそうすると俺たちに請求書が渡されちゃうのか。
「やっぱ今のなしだな」
「そうだな」
「え」
ん、どゆこと?
「え、一日目のどっかで抜け出さないかって話だったろ」
「あ、ああそうだな。相手のメンツをつぶすから無しだなし」
危ない、どうやら話を聞いていなかったようだ。何なら頭の中の下らん妄想が声に出ていた。なぜ会話が噛み合ったのかはよくわからんが、まあそういうこともあるだろう。
「なあミラー」
「なんだ」
「俺たち、最初に失礼しますって言って応接室?に入ったよな」
「そうだな」
「それで、退室するとき失礼しましたつって出たわけじゃん?」
「せやな」
「つまりだ、俺たちはあの部屋にいる間ずっと失礼だったことになる」
「その論理あってるんか?」
なんか滅茶苦茶穴があるような気がするんだけど。
「相手にこんな失礼はたらいたんだからよ、やっぱ出た方がよくね」
結局そこに行きつくんかい。
「取りあえず、今日は遅いし、泊まっておこうぜ。来た時の道を見た感じ、メインの街道に出るまでわりと歩かなきゃならなそうだし、理由つけて離れるにしても、明日の朝とかにしようぜ」
なんだかこのままだと面倒なことになる予感がしたので、やんわりと説得を試みることにした。
当の本人は不満げな顔をしていたが、流石に今すぐ出ていくわけにはいかないということには納得してくれたようで、しばらくの間むくれていた。




