よく知らん奴のドヤ顔は場合によっては腹が立つらしい
プファルツの迷宮遺跡。
伯爵が保有するダンジョンの正式名称だ。とはいってもこの街メインで活動する冒険者らがよく行くダンジョンは八割方ここなので、ほぼみんなダンジョンと呼んでいる。
地下にあるこのダンジョンはその名の通り、中は迷宮構造になっており、とりわけ地下11階層より下はその迷宮の性質の悪さが尋常ではなく、マップを用意しないとほぼ遭難するとされる。
ダンジョン内部には魔物が湧く。加えて各階層ごとにボスがいて、そのボスを倒さないと、次の階層には進めない。一度攻略した階層には、ダンジョン入り口のポータルから転移が可能だ。
ダンジョンに関するそれらの知識を脳内で反芻しながらダンジョンに向かう。
入口ではミラーが立っていた。
「おう、乙乙。なんか情報得られた?」
こいつやっぱ距離感近えぇ……
「三日前にギルドの依頼でダンジョンに潜ったパーティーがいて、明日話を聞く。潜ったのは最深層だから33層目だな」
「なるほど、こっちも見張りに話をつけた。ここ一週間で魔石採集でダンジョンに潜ったのは総数でいえば314人だ。同じやつが複数回潜っている分も重複しているが、あとで見張りから写しをもらって調べるつもり」
ケルファーは思ったより優秀だった。
「すまん」
「ん?何がだ」
「いや、正直そこまで真面目に仕事をこなすようには見えなかったから。今のは俺がそう思ったことに対する謝罪だ」
「あーね。気にしなくていいぜ。むしろ燃えてきた。がんがん調査して一層お前の鼻を明かしてやる。調べるのは得意なんだ。」
「そうかそうか、じゃあ俺も負けてられないな」
なんだ、思ったより良いやつじゃないか。
肩の荷が取れた気がした。
「取りあえず、潜るか」
「いや、まずはお互いの実力確認がしたいな。」
「レベルとスキル名なら教えるぞ」
「いや、俺はそういうのは目で見て確かめたい。ミラーは最深何階層目まで潜ったことがある?」
「20層目までだ」
「俺は21層目。ただしボスは倒してない」
ということは大体同じかもしれないってことか。
「狂暴化してるのと、このダンジョンの階層ごとの魔物の強さの基準を考えると、一旦15層あたりで様子を見るか」
「さんせーい」
ひとまず同意を得られたので、マップを借りてポータルへ移動する。伯爵の許可証があったので、マップも潜入料金もただである。やったぜ。
「今日は16時あたりまで潜ればいいか」
ポータル作動中にケルファーが話しかけてきた。
「そうだな。あとのことはそれから考えよう」
そしてポータルの起動音とともに俺たちは転移した。
***
15階層はいかにもよくある「迷宮」って感じ。唯一特徴的なのは壁がやや緑がかっているということぐらいか。
マップを確認する。攻略ではなく実力確認がメインであるため、魔物を10体ぐらい倒せばいいだろう。
ちなみに、神様から八年前に忠告は受けていたが、この世界には、ジョブ、レベル、スキルそしてステータスの概念が存在する。ただし、自身のステータスに関しては自分自身しか確認できないため、今回ケルファーはこのような提案をしたわけだ。
今のところの俺のステータスはこんな感じ。
ミラー・トゥワイス Lv64
【ジョブ】 【剣士・二刀流】
体力:1573 魔力:430
筋力:1428 器用:780
精神:755 知力:840
素早さ:1005 運:563
【スキル】<二刀流 ランクB>
<気配察知 ランクC>
<体術 ランクC>
<暗器術 ランクD>
<思考加速 ランクC>
<毒耐性 ランクD>
一般に、自身のステータスなどを全て公開するのは、信頼できる相手と仕事で長い付き合いをするものに限る。それ以外は必要な情報しか公開しない、というのがマナーである。
俺がステータスを全て公開したのは、ギルドと依頼で必要になった場合のみである。ほら、俺家のチャイムがなった際にもまず居留守のふりをして誰か確認するほどの小心者だから。
おそらくケルファーはそれを見越して、このような実力確認の方法を提案したのだろう。
やっぱいいやつだわ。
「よし、行くか」
ケルファーのその一言を合図に、俺たちは歩き出した。
しばらくすると、8体のスケルトンの群れに遭遇した。
「槍持ちが三体、他は剣か、どうする?」
「俺が出よう」
「いいのか」
「なあに、騎士様は後ろで見てなさい」
そう言って、俺は携えた二本の剣を抜く。こういうのは先手で実力を見せたほうがあとあとよくなると俺は教わってはいない。ただ俺の経験上、先手だったほうが良いことが起きているという、いわばジンクスみたいなものだ。
二振りの剣とともに敵に近づいていく。
敵も気づいたが、そこは既に俺の間合いである。
突き出された槍をかわし、左手の剣で心臓を突き、右に踏み込んで敵を薙ぎ払う。一度ジャンプして後ろにまわり、今度は左右の剣で連撃を行い、スケルトンらを切り裂いていく。
戦闘は5分も経たずに終わった。
「やるな」
「やるだろ」
すこしだけドヤ顔をした。
そのまま奥へと進むと、オークの群れを見つけた。
「今度は俺が行くぜ」
そういってケルファーは腰に吊るした剣を抜いて一気に突っ込んでいく。
「ちょ、おい」
オークはスケルトンよりも強い。加えて今回は4体からなる群れだ。普通なら慎重策をとる。
だが、ケルファーの動きは俺の想像を越えていた。
正面のオークが振るった拳をかわして、そのまま腕を駆け上がり、敵の真ん中で天井近くまで跳躍。真下にいたオークを上から真っ二つにした。
そしてそのまま真っ二つにしたオークの陰に隠れて隣のオークの両足を斬り、後方にまわって後頭部を剣の柄で殴って気絶させる。
そこにめがけて残り二体のうちの片方の拳が飛んでくるが、彼は体をひねりながらこれをすれすれでかわし、その先にあった肘関節を切断した。さらに踏み込んで心臓を一突き。
これで残り一体。
そこまで見て俺は我に返った。
いかんいかん、このままではさっきのドヤ顔が無意味になるぞ。
通路から走って飛び出して、最近習得したばかりのスキル<暗器術>で鉄の杭を投げる。
当たるかどうかは賭けだったが、運よく敵の目にあたった。
その隙を逃すほど、ケルファーは甘くない。
オークの視界から逸れ、袈裟懸けに剣を振り落とす。
俺もそれを見ながら、気絶している一体の脳天を剣でぶっ刺した。