別に男同士で星空を見上げたってかまわないだろう?
長くなったうちの後半部分。
コップにいれた固形スープに湯を注いで溶かし、混ぜて飲む。うまい。おそらくブイヨンを濃縮してどうたらこうたらしたのだろう。鮮烈なキレのある味がする。
「このスープうまいな」
「だろ、冒険者始めて四年くらい経ったときに市場で見つけてな。うまいからストックしてたんだ。一回市場で見かけなくなったときは焦ったぜ」
具体的に言うと、模試の日当日に筆箱を忘れたあの日と同じくらい焦った。
「んじゃ、パンを一口」
そう言って、焼けたパンに手を伸ばすケルファー。
「ゥンまああ〜いっ」
あれ?もしかして今食ってるのってイタリア料理か?
「やっぱティテュスさんのチーズは最高だぜ」
今日のコイツは調子がいいな。昼間もあまり途中で休もうとか言ってこなかったし。
「あれ、どったのミラー?なんか元気ない感じ?ウォウウォウ」
「いや、単にこのチーズとパンとお別れってことは、プファルツ出てからわりと経ったんだなって思っただけだ」
一週間強といったところか。意外と経っているのかと思いきやそうでもないのかもしれない。
「結構いろんなことあったよな」
「まあな」
「でもワイバーンと戦うことになるとはさすがに思わんかったわ」
どんなにすごい占い師でも見ることが出来ない未来に違いない。この世界に占い師がいるかは知らんけど。
「そ、れ、な」
ゲッツみたいな動作をしながら同意するケルファー。その姿がなんだか妙に様になっていて、俺は吹き出してしまった。
「お、笑ったな」
「え」
「いや、なんかミラーが鍛冶師の里行ったあとからあんまニコニコしてないって感じがしてな」
「そうか?別にそれまでも頻繁にニコニコしてたわけじゃないと思うが」
「いや、なんか表情が硬くなった気がする、知らんけど」
なんてこった。俺の口調が移ってしまったようだ。
「もしかして、ホントは一人で旅したかったとか?」
「なんでそうなるんだよ」
「いや、なんとなく」
そう言ったケルファーは、なんだか弱気に見えた。
良くない、良くない流れですよこいつは。お気に入りだった作品の名前を最近聞かないなと思ったらいつの間にか世間からフェードアウトしてひっそりと完結してました的なヤバさを感じる。
「バカ言ってんじゃねえよ」
俺はケルファーの方へ向き直る。
「確かにお前がついてくるといったときはびっくりしたが、お前を邪魔だと思ったことはただの一度もない。これはマジだ」
俺は真摯な顔で訴えかけるように話したが、いかんせん人と腹を割って話すのはなかなか久しぶりだ。しっかりと伝わっているか、そもそも俺の伝え方に問題はないかなど、考えれば考えるほど不安が膨れ上がっていく。
しかし、それらの不安は全て気合で覆い隠す。もうそろそろ三十路だ、腹芸の一つできなくてどうする?
面と向かい合って、互いの目を見つめる。目に映るケルファーの瞳は青く澄んでいた。
もし今45秒で何ができる?と聞かれたら、俺はこう答える。
相手と真正面から向き合って感情をぶつけるには十分だと。
そしてその沈黙の状態で45秒は経過したころだろうか?
お互いに一言も言葉を発していない。
え、ちょっと待って。この沈黙は何。これ流れ的に俺じゃなくてケルファーが口火を切るターンだよね。そうだよね大〇者。
だがしかし、正直なことを言えばこの沈黙が限界だった。自慢じゃないがにらめっこで勝負がつかなかった時、俺はたいてい自分から笑って勝負を打ち切る。なぜならあのよくわからん空気が苦手だからだ。それに近い雰囲気が生じていた。もう誰でもいいからこの空気を打破してくれ。カラスの鳴き声でもいいから。
「わかった。信じる」
どうやら俺の祈りは届いてくれたらしい。助かった。
「というか、冷静に考えてみてくれ。お前がいなかったらワイバーン倒せなかったし、ウェルダンの件は解決しなかったし、ティテュスさんに会えたかすら怪しいんだぜ。そんな状況でお前が邪魔だと思えるほど、俺は恩知らずじゃねえよ」
「あっはは、確かに。おまえあんまし人と話すの得意じゃねえもんな。俺に感謝しろよ」
「ああ、感謝するさ。少なくとも、この旅が続く限りはな」
サラッとひどいことを言われた気がするが、まあいいだろう。事実だし。
「とりあえず、飯食っちまおうぜ。冷めちまう」
「おう」
幸い、スープもパンもそこまで冷めてはいなかった。俺たちは急いでパンをかじり、スープを胃へと流し込む。
「うまかった。ごちそうさん」
「おそまつさま」
六人兄弟?知りませんねそんな奴ら。
飯を食い終わって後片づけをすると、なんだか急に気恥ずかしい気分になった。腹を割って話したせいかもしれない。割っても恥ずかしくならないものって何だろう、スイカとかかな?
「おい、ミラー。見てみろよ。星めっちゃきれいだぜ」
そんなことを考えてぼんやりしていたところ、右に座っている相棒がワクワクしながらそう言ったのが聞こえた。ちなみに当の本人は草地にゴロンと寝転んでいる。
真似をして俺も寝転んでみれば、頭上に広がるは満点の星空。同時に、無意識に知っている星座を探そうとしている自分に気づき、苦笑いをした。ここは太陽系ではない。同じ星座があるとも限らないのに。
「きれいだな」
余計なことをきっぱり頭から取り払って見てみれば、なるほど確かにきれいな星空だ。漆黒の大空に、まるで無数のダイヤモンドのごとく輝く星々が、神秘的な光景を作り出している。本来なら何光年も離れているのであろうそれらは、なぜか手が届きそうなほど近く感じられた。何なら近くにある石柱が真脇遺跡のそれに見えてきた。これで俺らが不眠症で俺が今カメラを持っていれば面白かったのだが、残念ながら俺は普通に寝れるし、男女ではなく男と男だし、合宿中というわけでもない。
いずれにせよ、圧倒されるくらい素晴らしい光景だろうことは疑いようもない。
俺たちはしばらく無言で星空を眺めていた。
曲さん、かわいい




