出汁の取り方がそこそこシンプルだから市販品に頼るななんて叱責が通用するのであって、洋風出汁の取り方のめんどくささを知ったらたいていの人間は既製品を使うのを許してくれる、ような気がする
タイトルは個人の感想です。真に受けないでください。
翌朝。
宿の人が作った簡単な朝食を腹に入れ、俺たちは宿を出た。
「次、どこ行く?」
「こっち」
「おっけ」
手元の地図を見ながら確認する。次の町はフェノツイってところか。少し遠いな。
「ケルファー、野宿は好みか?」
「正直あんま好かん。昨日の疲れもまだあるし」
「じゃあこの町でもう一泊するか?」
「うーん、爺さんと遭遇したら面倒だな」
宿に引きこもるって選択肢はないのか、こいつ。
「わかった。取りあえず、馬車でも」
「しぃ!」
急に口をふさがれて路地裏に連れ込まれた。
「はにおふふひは」
何をする気だと言おうとしたが、口から出た声は意味をなさない。そりゃそうだ。この状況で正確にしゃべれるんだとしたらそいつは確実にやばい技術を付けているあっち側の人間だ。
怪訝な目でこいつを睨もうとしたが、顔が俺の背後にいるので諦めた。何も無い虚空をただ睨む奴がいたらそいつは厨二病認定されるということを、俺は過去の自分に強く伝えたい。
いいか、たとえ近視だろうが覚悟を決めるためだろうがキメ顔の練習のためだろうが、お前の周りの奴らはお前をやばいやつだと認定するぞ。そう決めつけることが悪なのだとか色々言いたいことはあると思うが、睨みつける癖は早く治したほうがいい。約束だぞ!
「爺さんがいる。もうちょっとこのままだ」
どうでもいい宣言を心中でぶちかましていると、相方は何やらこの状況に至った理由を述べていた。
なーんだ、ゴルベフさんがいたのか。
いやちょっと待て。だったら俺にも見せろなんでお前の腕のなかでもごもごしていなきゃいけないんだ。
俺はいったん脱力する。すると手の力が緩んだので腰を急に落としてうまく抜け出した。
しかし、俺を路地裏に連れ込んだ張本人は特段再び拘束してくるというようなことはなかった。おいおい、もう少し警戒しようや。
同じように路地裏から大通りを見ると、俺たちに里へ続く裏道を紹介してくれたおっちゃんとゴルベフさんが並んで歩いている。さらに見れば、もう二人ほど仲間らしき人物が横を歩きながら会話に交じっている。
そこには穏やかな時間が流れていた。あえていうなら、身内でしか出せない空気とでもいえばいいだろうか。長年連れ立った友人が醸し出す雰囲気というものが、離れたこちら側にも伝わってくるようだった。
なるほど、これは確かに邪魔しちゃいけない雰囲気だ。あの場でいい感じにお別れしたくせにすぐに再会するとか気まずすぎる。引っ越しするからさよならだってさんざんしんみりした雰囲気だったくせに隣に引っ越すだけってネタばらしされるくらい気まずい。
俺たちはしばらくの間路地裏で息をひそめていた。
取りあえず、出発は明日にしとこう。
***
よくよく考えてみれば、なぜ今まで馬車を借りてこなかったのだろうか。
答えは簡単。俺が旅は歩くものだというステレオタイプにはまっていたからだ。
だから、馬車を借りるという案が出てきたとき、自分でもびっくりした。どうしていままで気づかなかったのかと。同時になんで今気づいたんだという疑問もわいたわけだが。
そして、新しい画期的な案を思いついた人間というのは舞い上がるもので、事実、俺もらしくないくらいテンションが高くなっていた。
そうして、ハイドイルムにある馬車を借りる組合にお邪魔して告げられたのは、現在貸し出せる馬車がないという残酷な現実だった。
どうやら勇者パーティがここに来る際の護衛やら偉い人の護送や商人らの需要が原因らしい。
ふざけんなよ。高くなった俺のテンションを返せ。残酷なのは天使のテーゼだけで十分なんだよ。少年を神話じゃなくて凶器にしてやろうか。
とはいえ、俺も良識ある若者。カスハラなんてもってのほか。よって大人しく諦めて徒で旅を続けることにした。仁和寺の和尚もびっくりである。
そういうわけで沈んだ気分でこの話を相方にしたところ、別段気にした様子もなく、
「そか、んじゃさっさと出発しようぜ」
ということになり、現在てくてくと街道を歩いている。
この辺りは道が整備されているとは言いづらい。思ったよりフェノツイまで日にちを食うかもな。まあ別に何時何時までにつかなきゃいけないなんて決まってないんだけど。
「これ、爺さんに追いつかれないかな?」
「大丈夫じゃね?知らんけど」
我ながらすさまじく無責任な返答だが、実際問題賭けなので仕方ない。まず行く方向が同じかどうかで1G、ゴルベフさんたちが馬車を借りているかでもう1Gだ。ちなみにGとはギャンブルの頭文字Gをもじった単位で、いま勝手に考えた。多分もう使わない。
そして、俺たちは運よくゴルベフさんらに遭遇することなく、街道の途中で一泊することになった。
周辺には、何かしらの石柱がぽつぽつ立っているくらいで、特に特徴はない。一面、とまではいかないがわりかし広い範囲にわたってススキっぽい草が生えている。
街道の途中で野宿をするのはこれで3回目である。1回目の時はケルファーが慣れない作業に手こずって、みたいなことは一切なかった。唯一あったのは、俺が作った出来立てのスープをケルファーがその状態で飲もうとして舌を火傷しかけたくらいだ。
「んじゃ、俺魔獣除けの結界張ってくるからテント頼むわ」
「了解」
結界用の魔道具を握ったケルファーが離れるのを横目に、テントの準備に取り掛かる。とはいってもそこまで複雑な手順は必要ではない。実際、ものの十分ほどでテントは完成した。
完成した寝床からやや離れたところに、薪を集めて火をくべる。マッチはないが、代わりに使うのは火を熾すための魔道具。見た目は完全に火打石と打ち金である。まあ石の方の中に魔石を仕込んでいろいろ加工しているわけだが。
ぱちぱちと燃える火が大きくなってきたのを尻目に、晩飯の用意をする。
バッグから取り出したるは餞別にもらった元クソ長フランスパン。ちょうど今日食べきれそうなので、大胆に使うとしよう。
そしてもう一つ取り出したるはティテュスさんにもらったチーズ。こちらも使わないとやばいので今日使い切ることにする。
適当にフランスパンに切れこみをいれて、刻んだ玉ねぎとベーコン、チーズを適当に挟む。そして炙る。
ついでにストックしてある固形スープを溶かすための熱湯を用意しておく。
調理工程はいたってシンプルだが、このフランスパンとチーズとも今日で一旦お別れかと思うと、なんだかこの晩飯が特別なものに感じられる。
「こうして、ミラーは燃える火を眺めながら、自分の作った晩御飯に思いをはせるのであった」
「変なナレーションをつけるな」
しかもイケボっていうのがなんかむかつく。
「っていうか、もう設置終わったのか」
「ああ、早いだろ」
「早いとも、王都からプファルツに早馬が届くくらい早かったわ」
「それ微妙じゃね」
「お、よく知ってるな」
プファルツとその南にある王都は、通常なら馬車で八日ほどかかる距離だ。しかし早馬を飛ばすと、なんと半分以下の四日!なんてことは特になく、六日以上は確実にかかる。ちなみに他の大都市同士だと早馬で最低三日は短縮するのが多いので、この区間の早馬は遅い、というのはプファルツに住む人間はたいてい知っている。それこそ今みたいに比喩で使うくらいには。
「出来たぞ」
湯も沸いたし、パンの方もいい感じだ。晩飯といこう。
長くなったので分割しました。
一時間後に上がる予定




