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異世界転生してから八年たった  作者: タリナーズヒーコー
第二章
37/73

一度さぼったままズルズルとさぼり続けた部活にもう一回戻るのにはかなり覚悟がいる

どういうことだ。興奮剤にマナが入ってるなんて聞いたことないぞ。


「ケルファー、興奮剤にマナが入ってるやつって聞いたことあるか?」

「ない、普通は薬草だけで作るのが主流なはずだ。っていうかマナなんて入れたら作用がとんでもないことになって…」

ケルファーの声が少しずつ小さくなり、目つきが鋭くなる。


「爺さん、これどこで手に入れた?っていうか何か数多くねえか」

「どこって、ハイドイルムにいた行商人だぞ。三週間ぐらい前だ。数が多いのは六本単位で売ってたからだ」

流石になんかまずいのを感じたのか、ゴルベフさんはそわそわし始めた。

それを敏感に察知したのか、そわっとまとう雰囲気をケルファーは変えた。


「ああ爺さん、別に責めてるわけじゃないんだ。ただちょっとプファルツでいろいろあってな」

そう言って俺たちが出会った際に起こったことを簡単に話した。


「そういうことだったか」

腑に落ちた表情をするゴルベフさん。つーかやっぱケルファーのコミュ力高いな。あの悪化した雰囲気を一瞬で変えやがった。

「とはいってもあの行商人とはあそこで会ったっきりだからな」

そういってどことなく申し訳なさそうな表情をするゴルベフさん、人が良すぎるぜ。

しかし、もしかしたらプファルツのダンジョンで目撃された(ことになっている)怪しい集団は、俺の思ったより大きい組織なのかもしれない。単なる愉快犯ではない可能性が俄然高まった。

となると。


「おい、お前が考えてることはわかる。結局見つからなかった怪しいやつらとなんか関係があるかもって思ってんだろ」

「何でわかった?」

そんなに顔に出てたか? まずいな、今後ババ抜きとかは控えた方がいいかもしれん。

「わかりやすいからだよ」

ケルファーは俺に向かって笑いかける。

「今考えたって仕方ないだろ」

「それもそうだな」

そうだな、楽しむ旅にするって決めたんだ。この事について考えるのはやめよう。


「それはそれとして、こっからどうするんだ」

ごろんと寝ころびながら両者に問いかける。

「俺とミラーは、いったん里に戻るかな、さっきの爆音の説明とかした方がいいだろ」

やっべ、完全に忘れてた。そうか戻った方がいいな。

さて爺さんの方は。


「わしは里を離れる」

俺が振り向くと爺さんは神妙な表情でそう言った。


「戻らないのか」

「よくよく考えてみろ、今戻ってどうする?下手をすればわしがキルリエールに優勝を譲ろうとしたことが里にばれるぞ。そうしたらどうするんだ、恥ずかしいだろ」

思ったより消極的な理由だなおい。けどまあ確かに爺さん的には戻りづらいわな。


「それなら爺さん、俺たちと一緒に」

「それに、実は昔の冒険者仲間に手紙を出してな、ハイドイルムで待ってるはずなんだ」

そう言って、ゴルベフさんは微笑んだ。

なんか今ケルファーがものすごい重要なことを言った気がするが、まあ気のせいだろう。

「まあ鍛冶は十分にやったしな、弟子も一人前になったし、最後の手紙も残したし。気ままに老後を過ごすとするわい」

ガハハと効果音がつきそうなくらいに笑いながら、自分の腹を叩く爺さん。

しかし、途中で急に真顔になった。

え、どうしたん?

「どうしたんすか?」

やや戸惑った表情でケルファーが問いかける。

ゴルベフさんはこう答えた。


「手紙、持ってきちまった」


***


「というわけで、これを見つけました」

所変わって、今俺たち二人は里に戻っている。理由は単純で、爺さんが間違えて持っていった手紙を弟子に渡してほしいとすんごい気まずい表情でねだられたからだ。

いや、いいんだけどね。本人じきじきだとやりづらいだろうし。バ先で教授に遭遇する並みに気まずい。


あのあと、爺さんとはあの場でワイバーンが目覚めるまで一緒にいた。

まあ正確に言えば疲れて動けなかっただけだが。

目覚めていきなり頭から食われる、なんてことはなく、普通にワイバーンは自分の元居た場所に帰ってしまった。爺さんからしてもこれはかなり意外だったらしい。おそらくだが、極度の興奮状態で記憶が飛んでいたのだろうと思う。

まあそんなこんなで事後処理という懸念が吹っ飛んだので、爺さんとはあの場で別れた。

んで目の前にいるのが、あの時ぶつかったお弟子さんってわけ。


「なるほどねえ」

手紙を読み終わったお弟子さんがうなずく。

「ったく、あのじじい、耄碌したかと思ったぜ。あの不完全な書置を見て、どれだけ心配したことか」

表情こそ苦々しいが、どこかほっとしたような声色だ。

「つーか、てめえらどこで見つけたんだ?これ」

「守護竜の祠の近くだ」


ケルファーは堂々とハッタリをかました。全校集会でスピーチを任されるくらい堂々としていた。

人前でやや緊張してしまう俺からすれば、うらやましい限りである。俺の心臓がアルミ合金でできているのだとしたら、コイツの心臓はタングステン並みに硬いに違いない。

「そっか、祠の管理も考えなくちゃなのか。かー、めんどくせえ」

ぼりぼりと頭をかきながらぼやくお弟子さん。

「まあいいや。あんがとな。じゃ、俺は仕事があるから」

そう言って、彼はどっかへ行ってしまった。



「会わせた方がよかったかな」

「どうだろうな」

どうした、さっきの堂々とした態度はどこ行ったんだ?

「爺さんがいなくなった本心を知られるってのが一番まずいからな。会わせない方がよかったんじゃねえの?」

個人的にはそう思う。あのお弟子さんの感じからして、しょうがねえなの一言で片付く気もするけど。


「取りあえず、やることやったし、俺らも次の町に行くか?」

「だな」

正直結構疲れた。当たり前だがワイバーンと戦ったからな。

…俺よりケルファーの方が疲れてるはずだな。


「ケルファー、疲れてないか?」

「どったの?」

「いや、あんだけユニークスキル連発してたし、ワイバーンの突進受け止めてたし。休んだ方がいいんじゃね?ここで一晩泊ってこうぜ」

あれ、なんで俺こんな提案してんだろ?と一瞬思ったが、多分俺も疲れてるんだ。それで理由付けのためにこいつも誘おうとしている。

ダメだな、俺。情けないやつだ。俺が疲労しているという結果が解決すればいいってか。

「いや、正直俺はこの里を離れるべきだと思う」

「え、なんでさ」

「そりゃあれだ、俺らがなんか知ってるってことを勘づかれたら困るからだよ。何気ない会話から漏れることだってあり得るだろ」

「確かに」

そう考えると長居は良くないな。疲労した体には悪いが、もう少し頑張ることにしよう。



***



世話になったガラハッドさんにも一応説明だけしたのち、俺たちは里から抜けて、ハイドイルムの町で一泊することになった。

「そういえばさ」

「なんだ?」

「お前ゴルベフを勧誘しようとしたろ、一緒に行きませんかつって」

ベッドに寝ころびながら問いかける。


「まあ、そうだな。まあ断られたけど」

「なんで」

おいちょっと待て俺今なんて言おうとした?

まさか何で誘おうとしたのか聞き出そうとしたのか?いやいやないない。イクヤマイマイ。それってまるでケルファーと二人っきりで旅がしたいみたいじゃないか!

気持ち悪い。こういうことを自分のなかで分析して勝手に落ち込んでるのもなおさら気持ち悪い。


「なんであの時、あー、ワイバーンの方に向かっていったんだ?」

ブルーになった俺は、質問の矛先を変えた。はたから見たら話の展開滅茶苦茶だぜ。

「いや、完全に賭けに出た。あの一発でワイバーンの体力が限界に達するだろうって思ったんだ」

「ああ、そうか」

野生の勘というやつか。まあでもこの世界HPバーが見えるわけじゃないしな。そういう相手の残り体力を量る力ってのは大事だわな。

まあ何はともあれ話題を変えることはできたわけだ。


「おいおいなんだ?まさか俺と二人だけで旅がしたかったってか?」

悲報、変えること能わず。


「ちょ、ばか、ンなわけないだろ」

「はっはっは、なんだ可愛いところあるじゃん?」

うぜえ。この上なくうぜえ。しかも原因の99割自分にあるから反論できねえ。

「まあダメもとで誘ったんだけどな。気づいたか?里に向かう秘密の道を教えてくれたあのおっちゃんとゴルベフ、同じ刺青入ってたぞ」

「そーなの!?」

え、全然気づかんかった。なんなら刺青があることにも気づかんかった。

「多分、爺さんが言ってた昔の仲間ってのはあの人のことなんだろうな。いやー偶然ってのはすごいな」

そこまで周りが見えているお前の方がすごいわ。なんて言っても、コイツは当然のことだと認識して笑い飛ばしてしまうのだろう。

そうか。あの誘いは一種の社交辞令だったわけだ。今まで人を何かに誘うってのは滅茶苦茶重大なイベントみたいな風にとらえていたが、案外もっと単純なのかもしれない。


「また会えるといいな」

脳裏に浮かぶのは、別れ際に爺さんが言ったセリフ。

「じゃあな、若いの。元気でな。もう二人でワイバーンに挑むなんて無茶やらかすんじゃあねえぞ。どこかで会ったら酒でも飲もうぜ」

そう言って別れようとしたゴルベフさん。まあ足腰がエラい疲れているっていうから平坦な道に戻るまではケルファーと補助したんだが。妙なところでシマラないな、あの人。

「そうだな」

俺のボヤキにケルファーは同意した。


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