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異世界転生してから八年たった  作者: タリナーズヒーコー
第二章
36/73

紙を42回折ると宇宙に届くので、紙一重って意外と大した厚みなのかもしれないとか言ってるやつは等比数列勉強しなおしてこい

いつの間にあんなところまで接近したのだろうか。

いや、それよりも気にすべきことがある。

あたりを見渡し、ゴルベフさんの安否を確認する。


いた。

盾を構えて身をひそめる感じで、ちゃんと最初の位置にいた。

その近くに、旋回して襲い掛かる途中だったワイバーンの尻尾がぐにゃりと横たわっている。

盾との距離は一歩半といったところか。


「マジでギリギリだったのか」

「そうだぜ、紙一重、いや五分の一重くらいだった」

「すまんそれはよくわからない」


後ろからかけられたよくわからん比喩に雑に答える。

「なんでだ、つーか最初に俺の方を見に来いよ」

「何でだよ、お前ワイバーンをぶん殴って気絶させたろ、元気じゃないなんて言わせないぞ」

「いや分からんぞ、着地の時に足をひねったのかもしれないぞ」

「お前は、俺がお前を着地を失敗するような奴だと思ってるって知って嬉しいか?」

「…悪い。やっぱ今のなしで」

「はいはい」


まあ別に本気で言ってるわけではないだろうしな。

「おーい、爺さん、ワイバーンは気絶したぞ」

ケルファーが盾に引きこもっている(ように見える)ゴルベフさんに話しかける。


「おーい」

しかし返事が返ってこない。

不審に思った俺たちは、走って近づいた。

「あのー、返事を、って」

うん、しっかり気絶してました。




「ここは」

「お、起きたんですね」

十分ほどたつと、ゴルベフさんは目を覚ました。ちなみにケルファーがあそこまで急接近したのは、シンプルに俺が届かせた剣でワイバーンが二秒ほど止まっていたかららしい。


「ワイバーンは」

「気絶してますよ」

「そうか」

そう言って立ち上がろうとしたが、すぐに座り込んでしまった。


「腰に力が入らん」

「正直俺たちも結構限界です」

今すぐここから離れろぉぉぉぉ、と頭の中で叫ぶ自分がいるが、すんません無理っす。つらいもんはつらい。

「それで爺さん、あんたが言うには、ワイバーンに飲ませた興奮剤は効果が切れるのに10分かかるんだって?」

「ああ、だから起きたら元通りのはずだ」


そう、ゴルベフさんはいつもの供物であるスキヤキにわずかに興奮剤を混ぜた。それがワイバーンが当人に襲い掛かっていた原因。そして、なぜわざわざ興奮剤を盛ったのかといえば。


「盾の性能を内緒で試したいなら、もっとやりようがあったでしょうに」

「…そこまでお見通しか」

「推測でしたけどね」

やっぱりか。

どうやら仮説は正しかったらしい。


「キルリエールさんの方は、手ぇ抜かれるのきっと嫌がりますよ」

なんて、初対面の俺が言っても説得力はないけど。


「だろうな」

ふっとゴルベフさんが笑う。

「わしはもともと冒険者でな、途中でこの世界に入ってきたんだ。だがわしには才能があった。それに冒険者としての経験や人脈を駆使して特殊な剣を打ったりもした。自分のデカい工房も持てた。弟子も取れた。鍛冶以外に頭を懊悩(おうのう)させることは特になかった。順風満帆だった」

「だが、同時にあいつの潜在能力ポテンシャルを考えたときに、自分が優勝することにどうも納得がいかなかった。恵まれた自分が本当に一位をとっていいのか、とな」


はいはい、そういうことね。

創作物でよくあるパターンだ。登場人物Aとそのライバルキャラがいて、いつもいい勝負をしている、もしくはライバルキャラがいつもAに勝てない。んで大事な試合とか大会とかがあってライバルキャラになんらかの不本意なデバフがかかったり、A側がためらったりとかで手を抜いて、それにライバルキャラがブチぎれる。んでAは本気で向き合わなかったことを後悔する。

それ自体は別にいいんだよ。真剣勝負で手を抜かれるのはみんな嫌だ。真っ向からぶつかる方がさわやかだし。ああ青春だなみたいな感じで。


でもさ、やっぱしっくりこないんだ。


だって、あいつらが勝負しているのってスポーツの大会の結果とかそういうのだぜ。別に下に見るわけではないけどさ、仮に家族の命がかかった場面とかこれからの生活費がかかった場面とかでそっちの方を優先できるか?

俺には無理だね。だってそっちの方が絶対大事じゃん。どっかの五段階欲求説で例えればそっちの方がピラミッドの下に入るんだぜ。なんでみんなしてそのまま「いやあ、若いっていいね」みたいな感じで絶賛するわけ?いまいち納得できないんだが。


プライドや自分の感情が重要じゃないかといえばうそになる。けど、それ以上に重要なことだってあるはずだ。生きていれば、どこかでまた競い合いできるかもしれない。

まあそもそも俺らに爺さんの決断をどうこう言う権利はないしな、もう終わっちまったし。


「正直、今もよくわからん、どうしてこんな危ない橋を渡ったのか。キルリエールに対する哀れみだったのか、はたまたただの自己満足なのか」


そう話すゴルベフさんは、どこか儚げな表情をしていた。

若干繊細な雰囲気があたりに漂った。

空を見てみると、いつの間にあらわれたのか、雲で覆われていた。ひょっとしたらワイバーンが戦っている間に出現したのかもしれない。


「そう難しく考えなくてもいいんじゃないっすか」

そう言ったのはケルファーだった。


「あんたは誰にも言わず、キルリエールが優勝できるような布石を打った。あんたの目的の一つである盾も、ワイバーンの攻撃に何回も耐えられる性能だとわかった。あんたは五体満足で生きてる。十分じゃないっすか。なにも欠けたことなんてない。それでいいじゃないっすか」


そう言って、思いっきり笑った。それは見覚えのある、とびっきりの笑顔だった。


ああ、そうだな。もっとシンプルでいい。結果が良かったんだ。それでいいじゃないか。


呆気にとられた表情をしていたゴルベフさんも、しばらくすると、くつくつと笑い始めた。

「そうだな。わしの盾はすごかった。その盾と、おぬし等のおかげでわしも生きている。それでいいんだな」

「そういうこった。にしても、自分の命を危機にさらすこんな綱渡りなやり方をするとは、あんたも相当お人よしだな」


ニヤリとした顔でケルファーがそう言う。


「わしだってこの興奮剤がここまで効くとは思わなかったんだ」

思いっきり顔をしかめた爺さんが懐に手を突っ込んで何かを取り出す。

話の流れから察するにどうやら件の興奮剤のようだ。銭湯上がりに飲むフルーツ牛乳の瓶を6割がた小さくしたようなフォルムに、紫色の液体が入っている。


あれ、この感覚どこかで。

「それ、まだ使う予定あります?」

「いや、ない」

「じゃあ一本借りますね」

そういって俺は瓶を一本拝借し、それを地面にスパーキング!!

なんてことはせずに、普通にふたを開けて匂いを嗅いだ。まるで理科の授業で薬品のにおいをかぐように。

そして確信を得た。


「これ、濃縮したマナが入ってるぞ、しかもプファルツ迷宮のマナにすんげえ似てる」


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