台所を制する者は家庭を制す
また長くなったので二話に分けます。
「おいおい、どういうことか説明してくれてもいいんじゃないか」
道を走りながらケルファーが聞いてくる。
「一言で言えば、ゴルベフさんがワイバーンのお陰で死ぬかもしれない」
「ちょっと何言ってるかわかんない」
なんでわかんねぇんだよ! というべたな返しをしてもよかったのだが、状況が状況だ。そんなことは言っていられない。
「お前、ゴルベフの背嚢に手ぶつけたろ」
「え、ああぶつけたな」
「あん時の双方の反応からして、中に入ってる盾は一枚がいいとこだ」
「まあ、確かに2枚以上入ってる感じはしなかったな」
「あんときは作った盾を受け取りに来たのかなって思ったんだが、あの爺さんが鍛冶師となるなら話は別だ。たった一枚の盾をああやって運ぶか?」
「よっぽど大事な盾だったってことか」
「まあそれもあるが、俺が考えたのは、ゴルベフって人があの盾を使うつもりだったんじゃないかってことだ」
他にあるとすれば、盾を納品し忘れて追加でもっていかねばならなかったとかもあり得るが、だったらコソコソ行動する理由がないはず。
「でも、盾を使うたって、どうやって」
「そりゃ、里の近くにあるワイバーンに挑むんだよ」
「そいつはおかしいぜ。だったら近々行われる盾のコンテストに参加すりゃいいじゃねえか」
「できなくなったんだ」
ケルファーの言うとおりだ。そんな危険を冒す理由はない。しかしそう考えてしまうと出口が見えなくなる。ここはなにか強制力が働いたとみるべきだろう。
「いや、そんなことはないだろ。里一番の腕なんだろ。弟子とかがいるはずだ。本人が参加しなくても、弟子に盾持たせて参加させりゃいいだろ」
やっぱ賢いな、ケルファー。確かにその通りだ。コンテストの名目は盾の性能の判定。作った本人が出る必要はない。
「ここで考えるべきは、ゴルベフという鍛冶師がなぜ自分の工房の弟子ではなく、キルリエールのところを俺たちに勧めてきたかだ」
「それは、なんでだ」
「俺も確実にこうだとは言い切れない、だからこれは推測になるんだが」
俺はそこで一呼吸置いた。
「多分、ゴルベフはひょっとしたことから、キルリエールの台所事情を知っちまったんだ」
「シンクが汚いとかか」
「ちげえよ」
そういうボケはいいから。
「借金って言ったの、俺ら聞いちまっただろ。似た感じで、ゴルベフさんも気づいちまったんだろう」
「だから、俺たちに自分のではなく彼の工房を勧めた。少しでも収入の足しになるように」
まあ、俺らがウソをついたので、それはかなわなかったわけだが。
「そうだ、そして、今回の盾の品評会では優勝者に金貨80枚の報酬が出る」
「まさか」
ケルファーも俺の言わんとすることが分かったらしい。
「優勝をキルリエールにさせるために、自ら行方をくらましたってことか!でもだったらなんで盾を?」
「鍛冶師ってのはプライドが高い。だから試したくなったんだろう。自分の盾がどこまで通用するのかをな」
そこまで言ったところで、件の分岐点に差し掛かった。
行きで来なかった方の道に進み、再び加速して走る。
「そういうことかよ」
「まあ、俺の推測だ。本当は全然そんなことないのかもしれんが、万が一があるからな」
「お前、見知らぬ鍛冶師のためにそこまで走れるなんて、結構アツいやつだな」
走りながら、ケルファーが笑いかけてくる。
「ウェルダンの料理に付き合ってたお前も相当だけどな」
「あれは、あれだよ。子供に絡まれてただろ」
「それを言ったら俺もゴルベフの弟子が必死に自分の師匠を探してるのを見たからな」
ブーメランをお互いに投げ合ったところで。
「まあなんだ、似た者同士だな。俺ら」
「いや分からんぞ。味付けの好みから休日の過ごし方まで真逆かもしれんぞ」
なんだか結婚相談所みたいな言い方になったな。まあ行ったことないから知らんけど。何なら彼女もいたことないけど。
「いや、もしかしたら性癖は」
「それ以上はやめろ」
なーんでそういう話をすぐするんですか。
「急ぐからもっとスピード上げるぞ」
「おうおう」
理由も説明したし、これ以上話す必要はないだろう。
そういうわけなので、俺たちはひたすら走った。
七分ほど走ったころ、道の雰囲気が変わった。山の中に向かうように緩やかに湾曲しつつ、道端の緑が明らかに濃くなっていく。
近いな。
ケルファーも同じ兆候を感じ取ったらしく、視線が鋭くなっている。
互いに警戒心を上げながら進んでいたその時。
進行方向左手から土煙が上がった。
「ミラー、あれは」
「行こう」
俺たちは進行方向を変えて進んだ。
おそらく、そこは普段は木々が林立する山の斜面であり、緑に囲まれ、地面には木の根や草が伸びているのだろう。
だが、今は完全に荒れた山肌と化していた。
土くれた斜面がむき出しになり、緑色が視界に占める部分はゼロに近い。よほど強い力を受けたのだろう、妙な形の切断面をした木の幹があちこちに転がっている。
「ミラー、あれを見ろ!」
言われて見てみると、転がってる倒木の中央に人影が見える。
転生時に視力をあげといて良かったぜ。間違いない、ゴルベフさんだ。
いかなる状況なのか、その確認の意味も含めて走って近づこうとしたところ。
「伏せろぉ!」
そう誰かが叫んだ次の瞬間、俺は地面を舐めていた。
誰だぁ俺に地面の味を覚えさせようとするやつはぁ?とブチギレても残当な状況ではあるが、流石に何が起こったかは俺でもわかる。
おそらく何者かの攻撃を受ける寸前で、ケルファーが俺の頭を掴んで地面に押し下げたのだ。無論直前の叫び声はケルファーのものだろう。
ケルファーは強い。それがこうまでして警戒する対象は。
「出やがったなワイバーン」
雄然と、空にそいつは浮かんでいた。
まるで某微炭酸飲料を思わせるレモン色の体をしており、所々に白い模様が走っている。
尻尾の長さはおよそ三メートル。それよりもやや大きい一対の翼をはためかせながら地上を見る目は血走っており、奴がいかにこちらをなんとも思っていないかを静かに主張している。胴体は丸太3本分くらい太く、そこから鋭い爪の生えた足が二本。
「ところでゴルベフさんは」
いやところでというよりむしろ本題なわけだが。
「あれを見ろ」
俺の疑問にケルファーはそう答える。
彼の目線を追うと、そこには盾を構え直そうとしているゴルベフがいた。
「予想が当っちまったってわけか」
不幸中の幸いなのは、あの盾が少なくともワイバーンの攻撃を一回はしのげる代物であること。
あのワイバーンが里の守護竜であるとするならば、殺すことはできない。
しかし、当然のことながらワイバーンはそれほど甘い相手ではない。
どうする、どうすればいい?というか今こうやって考えていること自体がロスだ。もしかしたらワイバーンがすぐ突進してくるかもしれないんだぞ。
「ワイバーンの攻撃は俺が承ける、だから」
頭を必死に回転させていると、横からそんな声がかけられた。
「あとは頼んだぞ、ミラー」
声の主―ケルファーはそう言うと、剣を抜いてゴルベフの方へと向かって行った。
「おいっっ! 待て!」
だが俺の制止の声は届かず、ケルファーはゴルベフの方へ突っ込んでくるワイバーンに正面から向かっていく。
あいつ俺を信用しすぎだろ。
「ええい、ままよ!」
ごちゃごちゃ考えても仕方ない。すでにワイバーンと戦うのはほぼ決定事項なのだから、つべこべ言わずに挑むしかない。まず行動だ。昔積んでおいた自己啓発本の帯にそう書いてあった気がする!
俺はケルファーと同じ方向へ走った。
「星芒纏装」
予想通り、ケルファーはユニークスキルを出し惜しみすることなくワイバーンの攻撃を防ぐ算段らしい。
黄金色に光るケルファーと、降下してきたワイバーンが激突し、辺りに衝撃が走る。
「ユニークスキル様々だな」
あいつ、ワイバーンの突進を一人で止めやがった。ややノックバックしているが、そんなものは誤差だと言っていい。
俺は杭を取り出し、ワイバーンの翼めがけて投擲した。
投擲された杭は翼の端っこをかすめ、血が流れる。
「ギャギイ!?」
危険を感じたのか、あるいは別の理由からか、ワイバーンは一旦空中へ逃れた。
その隙にケルファー、ゴルベフと合流する。




