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異世界転生してから八年たった  作者: タリナーズヒーコー
第二章
30/73

暇を出すというセリフを聞いて羅生門を思い出したそこのあなた、いい記憶力をしてます。しかしおそらく皆の心に残っているのは服をとられた老婆の方でしょう

しばらくして4軒ほど工房をめぐっての見学が終了した。というか、ここには剣専門の工房が少なく、残りの二十軒ほどは盾を専門としているらしい。

そのうちよさそうだと思った所に俺の愛用の剣をとぎ直してもらうことを依頼したので、しばらくここにいなくてはならない。まあどちらかというと手紙の宛先がそこだったというのもある。別にハイドイルムに戻ってもいいんだけど、ほら、なんだか面倒じゃん?


「あ、そういえば、あのおじいさんがいってたキルリエールってやつの所見てなかったよな、ケルファー」

「え、ああおすすめしてきたやつな」


剣を作ってるところの工房の名前は全部キルリエールじゃなかったから、おそらく盾の工房のどこかだとは思うんだが。そういえば行ってなかったな。


「行ってみようぜ」

「行って何すんだ?」

「知らん」

「自分で提案しておいてそれはひどくないかい」


こんなん実質放置プレイやん。


「まあ別にいいだろ、暇だし」


それを言われてしまうと弱い。暇だから。これはある意味最強の免罪符なのではなかろうか。例えば世界屈指の実力者がいて、普段は世界情勢を静観しているのに、ある時大きな戦争が起きて、ことを収めるために来てほしいとお願いされた際に

「暇だからいいぞ」

なんて言った暁には誰も反論できまい。つまり、実力のある人間がいう暇だからには説得力があるのだ。

論理構造的に言うならば、説得力のない暇だからは、実力のないものが言った言葉ということになる。


あれ、なんかおかしいな。俺別に実力とかあるわけじゃないのに頻繁に暇だからって言ってた希ガス。

まあいいや、重要なのはケルファーの暇だしのセリフに説得力があるかどうかだ。

…うん、めっちゃ説得力あったわ。説得力以前に確かに今暇だったわ。こりゃ反論できねえ。


そういうわけなので、俺はこう返事をすることにした。

「そうだな、暇だからいいぞ。作業の様子をちょっと見てみるくらいでいいか」

「オッケー」

相方の了承も得たところで、里の中を探し回ったのだが。


「ねえぞ」


なかった。キルリエールと名が書かれた看板を掲げる工房はどこにもなかった。

「あの爺さん、ウソついたのかな」

「わからん」


可能性としては3パターン、工房があって俺らが見つけられていないか、工房はなくておじいさんが適当ぶっこいたか、俺らが何か勘違いしているパターンだ。

正直言うとおじいさんがウソをついたとは思いたくない。というかあの状況でウソをつくのはメリットがない。ウソをつく理由があるのだとしたら愉快犯以外に考えられない。

流石にそれはないはずだ。それを信じて、まずは俺が剣を預けている工房に話を聞きに戻った。


「キルリエール?」


工房にいるおっさん(名をガラハッドというらしい)が目をぱちくりさせながら答える。

「なんでい、お前らキルリエールのところにも用があったのか。それなら、今修理中の家があっただろう、あそこが奴さんの工房よ」


「修理中?」

「そういや、建築中の家が一軒あったな」

ケルファーがしたり顔でうなずく。


「そこに行きな、多分あいつのカーちゃんといっしょにいるんじゃねえのか」




そういうわけで、里を回っている時に見かけた劇的ビフォーアフター中の家の近くまでやってきた。

大工さんらがひっきりなしに作業をしている。

というか、作業の様子をちょろっと覗ければいいなくらいの気持ちでいたのに、これでは目的失敗である。


「あの、何か用ですか」

「ひゃぁ!」


びっくりした。最近の大工さんはステルス機能が備わっているのか。もしくは副業で忍者をしているのか。いやそんなわけないか。

脳裏をよぎったアホな考えを一掃し、声の聞こえてきた方向を見る。


そこにいたのは、なんか前髪が長い青年だった。その長い前髪で顔、特に目元はよく見えないが、俺にはわかる、多分コイツの顔立ちは整っている。

身にまとうのは黒色の長袖の作務衣。おそらく布地が厚いゆえかややダボっとしているようにも見える。

前面にはエプロンがかけられており、丈がかなり長い。足元は厚いブーツをはいている。

このたたずまいから察するに、おそらく大工ではない。ということはだ。


「あなたがキルリエールですか」

「ええ、そうですけど。何か用ですか」


うーん、困った。ここにきてノープランがあだになったか。いや、作業の様子を見せてもらえませんか、の一言で済む問題ではあるのだが、なぜだか急に気が引けてきた。

どう説明したものかをうんうん考えていると。


「いやー、実は俺ら旅をしてましてね、親父の友人が持ってた盾がキルリエールってとこが作ったってのを思い出して、でたまたまこの里に来てみれば、ちょうどその工房があるじゃないですか、だから見てみたいなって」

ケルファーがそれっぽい設定を語ってくれました。

いやー、こいつがいてよかった。コミュ力ってやっぱ大事だな。


「ああ、そういうことでしたか。おそらくそれは父の作品でしょう。しかし父は五年前に病死してしまって。今は息子の私が工房を継いでいるのです」

「ほう、なるほど。それはすごい。見たところ俺らと年そんなにかわんないのに。立派に仕事を勤め上げているなんて」


その自虐やめろ。というかお前は半分好奇心で仕事をほっぽり出しただろ。

どうやら彼はこの若さにして一端の鍛冶師であるらしい。よくよく見れば、彼のつけている前掛けには多くの煤が付着しており、くたびれている。

「いえいえ、僕なんて父さんに比べればまだまだです。鍛冶師の世界は血縁はあんまり重要視されないので。認めてもらうのも一苦労ですよ」

そういって彼は苦笑いした。


「なるほど、すみません」

「わざわざ作業の邪魔をして」

申し訳なさそうな様子で俺とケルファーがあやまる。


「いえいえ、父の作品を知っている人に会えただけでも十分な気分転換になりました。長丁場の作業ですからね」

それでは失礼します、といって一礼したのち、彼は引っ込んでいった。


…増築中の隣にあるあばら家に。

どうやらもともとはそこに住んでいたようだ。洗濯物を干すための竿がちらりと見えた。


「覗いてみるか」

「なんでだよ」

どうやらなにかがコイツの琴線に触れたらしい。さっきまでの殊勝な性格はどこ行ったんだ?


「いやだって、あのあばら家でそれなりに名が通っているってことは相当すごいんだろ。こりゃみてみるしかないだろ」

「そうか?」

正直全然気乗りがしないのだが、やる気状態のコイツのブレーキを踏むのはなかなかきついように感じるぞ。

「ちょっとだけだぞ」

なんだか修学旅行で風呂を覗くよう友人にそそのかされて結局ノッてしまうやつの気持ちがわかった気がする。わかる。マッハ16の怪物の風呂とかどうなってるか気になるよね。案外ピンク色で入浴していたりするもんだ。

だが俺は諦めない。結局のところご法度なのだ。どこかのタイミングで覗きをキャンセルしてみせる!


「おーい、こっちだミラー」

「行動はえーな」


そんな俺の決意をよそに、当の本人はすでに準備をしていたようである。

見ると、いつのまにかあばら家の近くに林立している木のうちの一本の太い枝に腰掛けていた。

俺も急いでその枝に登る。

「なんだ、それは」

見れば、ケルファーは何やら筒状のものを取り出していた。

「騎士時代に見張りの時使うために購入した魔道具だ。音も拾えるんだぜ」

準備良すぎだろ。

「さーて、鍛冶の様子はどんなもんかな」

ブレーキ踏ませるなら今か、そう思ってこいつに声をかけようとした時であった。


「ゴホッゴホッ、ゲハッ」

「母さん、大丈夫かい」


そんな会話が筒から流れてきた.


「大丈夫だ、心配いらないよ。それより、お前ははやく第一騎士団長のための盾を造らないとだろ」

「でも」

「あんたならできるさ。薬も飲んだし、あたしはちょいと寝るよ」

「わかったよ、でも何かあったらすぐに呼ぶんだよ」


会話は流れ続ける。おそらく久しぶりに使うので調整をミスったのであろう。


「ケルファー、もういいだろ、行こうぜ」

「あ、ああ」


流石に良心の呵責が勝ったのか、しおらしくうなずいたケルファーは魔道具をしまおうとしたのだが。


「絶対に造らなきゃ、この里一番の盾を。溜まってる借金を返さないといけないし、何より、僕自身のために。幸い、この里随一の腕前といわれるゴルベフは3日前に行方不明になっちゃったし。今しかないんだ。今し」

そこだけ聞こえたのち音は聞こえなくなった。


「そろそろ研磨も終わっただろ、行こうぜ」

「そう、だな」

そんなにしおらしくなるなら、覗かなければよかったのに。

そう思いながら、木から降りてガラハッドさんのところへ向かうことにした。


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