別に贈り物が消え物じゃなくたっていいじゃない
「いたな」
おったわ。
会場を回っていたら普通に見つけた。どうやらブイヤベースにご執心らしく、三人で仲良く卓を囲んでいる。
最終的にこいつらに、そのブイヤベースはウェルダンが作ったんだぜという事実をぶつける必要がある、というわけだ。
さてどうするか。
「何やってんだ」
「うわあああ」
びっくりしたぁ。
後ろを振り返ってみると、仏頂面のウェルダンがこちらを見ていた。
おそらく調理が落ち着いたので、抜け出してきたのだろう。
「ヤンキーみたいな見てくれでそれをやるなよ」
「何か言ったか」
「別に」
今更だが、多分コイツファッションヤンキーだよな。自分のトラウマと戦っているし、子供三人に悪口言われて逃げ出すし。いやまあ金髪で柄悪かったらヤンキーなんかという定義の問題は置いといて。
「どうやってネタバラシするか考えてたんだよ」
「ああ、いやいい」
そこで言葉を区切ると、続けてこういった。
「自分でやる」
やる気のあるセリフとは裏腹に、穏やかな目だった。まるで何かに別れを告げるような、そういう目に見える。
「そっか」
俺たちは頷いた。まあ確かにここまで来て自分の手でケリをつけないってのはないわな。
こっちの頷きに対してウェルダンも頷き、そのまま子供たちがいるテーブルの方へと向かっていった。
反応を見るにどうやらストレートにバラしたらしく、ガキどもが動揺しているのが視界に映っている。少なくとも、ウェルダンの料理が美味くないという点であのガキどもがあーだこーだいうことはないだろう。いたずらは続くかもしれんが、そこまで過激にはならないはず。
これでようやく終わりか。
一区切りついたことにホッとしつつ、次はどの料理を食べようかと検討していると。
「礼を言っておこうかね」
「町長さん」
なんでここにいるんだ? いやまあ主催者だし最初からいたし別に居ちゃいけないわけではないんだが。
「近頃のあいつはふさぎこんでいたのでな、ああやってわちゃわちゃしている姿を見られて安心したよ」
え?そう?あのガキどもとの言い合いを見る限り、割としょっちゅう言い合っている印象だったけど……。
「ずいぶんとウェルダンに目をかけているんですね」
確かに、あれか?この町を背負って立つ料理人になるからか?
「そういえば君たちは外から来たんだったね。知らなくても無理はない。ウェルダンはわしの息子じゃ」
たまたま町で助けたヤンキーが町長の息子だった件。
どっかのラノベにあってもおかしくないタイトルだ。おそらく主人公は女で、現代日本を舞台にしたラブコメであろう。
だが残念なことに、こっちは男二人で、ここは異世界である。さらに言えばラブコメではなくファンタジーだ。何から何まで違う。
どうなっとんねん? え、何。あのヤンキーっぷりは父親への反感的なやつ?
「自慢ではないがわしは釣りの腕前が歴代町長の中でも図抜けておってな、あいつは自分の釣りの腕前がわしに届かないこと、町長の息子であることの板挟みに苦しんでおったのだろう」
権力者の係累の難点だな。デカすぎる背中を持つ身内がいると、その背中をいつまでも追う羽目になるっていう。
「じゃから料理という新たな道を進むことにしたんじゃ。そこまでは良かったのじゃが、いざ客に出すとなったときに緊張したらしくてな」
本人から聞いたのと同じ話だ。おそらくこの人も父親として解決のためにいろいろ考えたのだろう。
「あれ以来ふさぎこんでたものだから心配だったのじゃが、どうやら今日、その問題は解決したようじゃの」
解決、したのか?いやまあ前向きになったととらえればそう言えるのか。
「ネガルパッチェの件といい、息子の件といい、ずいぶんと借りができてしまったの。なにかしてほしいことはあるかね?」
で、出たー!たまたまお偉いさん助けちゃったから過度なお礼されるパターン!!
正直自分の身に起こるなんて思ってもみなかったが、そうだな。ここはやはり、なにも要求せずクールに去る、とかがいいんじゃなかろうか。
「そうで」
「じゃあひとついいですか」
おいケルファー、お前なにしてくれてんだ。せっかくきれいに決めるところだったのに。
まさかこいつ…。
「俺ら今日の宿とってないんすよ。よかったら町長さんの家に泊めてくれませんか?」
ごめんケルファー。くだらないことを考えた俺を許してくれ。
そういえば宿とってなかったな。ウェルダンを探し回ったりしていてすっかり忘れていたわ。良く気付いたなこいつ。
「わかった。客室用の部屋が空いていたから、部下に手配させる。それで構わんね」
「はい、ありがとうございます」
ケルファーは深くお辞儀をした。俺もそれに倣う。
町長は、この後もすることがあるらしく、ウェルダンが困っていたら助けてあげてほしいとだけ言い残して、会場の奥の方へと向かっていった。
すると入れ違いで息子さんがこっちの方へ来た。
「聞いたのか」
「まあな」
むくれていた。正直全然可愛くない。むっすーとした顔はやはり紫色の髪をした、どっかの魔法使いの弟子に限る。
「余計なこと言いやがって、あの親父」
「あっちは終わったのか」
「ああ、作ってる光景を魔道具でとっていたからな。文句のつけようも無いだろ」
思ったよりえげつない方法で納得させたようだ。っつーかこの世界の魔道具、どうにも今までにも何人か転生者がいて、いくつかはそれが原因で生まれているくさいな。
もし俺以外の転生者に遭遇したらどうしよう。やっぱり仲良くした方がいいのだろうか。
それとも転生者であることを明かさずに接するか。
どうなんだろう。相手による気がする。
「礼をいっとくわ。お前らが居なかったら俺多分ダメなままだった。あの小さい厨房でひとりうだうだやってるだけだったと思う」
「屋敷には帰らねえのか」
ケルファーが尋ねる。
「やけになって飛び出したからな。帰りづらいんだわ」
なるほど、家出少年だったか。
「親父さん、心配してるみたいだし、戻ったらどうだ。何か一品携えてさ」
今度は俺が聞いた。見たところ互いに嫌っているわけではなさそうだしな。
「そうする」
そういうと、ウェルダンはいつの間にか手に持っていたグラスを口につけた。どうやら中身はトマトジュースのようである。
「ん、このトマトジュース塩入ってないのか」
そして一口飲んで思いっきり顔をしかめた。
「塩が入ってないとだめなのか」
「ダメに決まってんだろ。塩が入っているのと入っていないのではえらい違いだ。牛骨と鶏ガラくらい違う」
正直両者の違いは生前の姿くらいしかわからんがとりあえずうなずいておこう。
「今から塩を入れるってのはダメなのか」
純粋に疑問に思ったのだろう。ケルファーがそう尋ねる。
「バッキャアロウ、いいわけないだろ!後付けに意味はないんだよ。作る段階で入ってんきゃダメだろ」
しかしどうやらトラップが発動してしまったらしい。ウェルダンはトマトジュースに一家言がある界隈の人間のようだった。どんな界隈だよ。
「いいか、そもそもトマトジュースというのはな」
そこからトマトジュース界隈についての話が五分ほど続いた。こいつどこぞの最強の帰宅部員を名乗る高校二年と仲良くできそうだな。
「そろそろ戻るわ」
そして急にスイッチが切れた。
彼は俺たち手を振って厨房の方へと向かっていった。
「俺たちももう少ししたら町長の家に向かうか、ミラー」
「そうするか」
たまたまデカい魚を釣って始まったこの町での出来事、予想外といえば予想外だが、特段悪い感じはしない。
これが旅の醍醐味かと感じつつ、俺たちはテーブル席に戻り宴を楽しんだ。
***
翌朝。
俺たちは町の東門にいた。
あのあとはいくつか料理を楽しみ、町長がよこした人に連れられて、町長宅に一泊した。
町長の家に泊まったおかげか、よく眠れてすんなり目覚めた。取れたてのきゅうり並みにしゃきっとしていた。
ウェルダンは見送りには来ていない。あのあと後片付けで忙しかったのだろうし、別にそれは構わない。
まあ少し物寂しいのは認めるが。
「行くか」
「だな」
相方のざっくりとした言葉に返事をし、俺たちは次の町ハイドイルムへと向かう。
「ん、なんだこれ」
「どうした」
ふとケルファーが止まったので振り返ってみれば、何やら上着のポケットをガサゴソしていた。五秒ほど格闘して取り出したのは、何やら魚が入っている瓶と、それにくっついている一枚の便箋である。
「あれ、お前土産なんて買ったか?」
「ちょいまち」
便箋とにらめっこしながら返事が返ってきた。
「ふふふ」
「え、なに」
急に笑われると怖いという感覚を、俺は今理解した。今までピエロものの見過ぎだと思っていたが、確かにちょっとビビるなこれ。
「いいや、どっかの意地っ張りからの餞別だ。燻製した魚だとよ」
あーね。わかった。
送り主の名をいっても別に良かったが、まあ本人がこういう形で送ってきたわけだし、コイツもわかってるだろうしな。言わなくていいか。
「なるほどね」
願わくば、またここに来た際にうまい飯を食わせてもらいたいものである。
そんなことを思いながら一言相槌を打つと、俺たちは再び足を動かし始めた。
毒舌薔薇 未だに自分の中でなろうトップのヒロインだと思ってます




