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異世界転生してから八年たった  作者: タリナーズヒーコー
第二章
26/73

みじん切りですら機械がやってくれるんだから鱗取りも機械がやってくれないかと思っていたらどうやらすでに発明されていたようです。もちろん異世界にそんなものはあります

うだうだ言っていても仕方がないので、取りあえず二人で手分けして町を歩き回った。

不思議なもので、あまり気が乗らなくても賭けに負けた後を想像するだけで、やる気というのはそれなりに湧いてくる。

だが、そんなやる気もむなしく俺の方では彼は見つからなかった。ナンノセイカモエラレマセンデシタ。

しょげた気分で待ち合わせに指定した場所に戻ってケルファーを待っていると、ものの十分でやってきた。それも目的の人物を連れて。


「つれて来たぞ」

「マジか」

え、なにこいつ。なんでこんなさっくりと見つけられたの?グー〇ルマップでも使った?


「どうやって見つけたんだ?」

「いや普通に町中を走り回って見つけた」

「マジかよ」

一人になれそうな場所を探し回ってた俺がバカみたいじゃないですか。


「なんだお前ら」

おっといけない。ヤンキー君そっちのけで会話をしてしまった。というか俺らまだこいつの名前を知らないんだよな。

「俺はケルファー、んでそっちのお前を見つけられなかったのがミラーだ。訳あってお前に料理を頼みに来た。早速なんだが、名前を教えてくれないか」

「ウェルダンだ」

なんだかステーキをうまく焼いてくれそうな名前だな。


「んでウェルダンや、早速お前に頼みたいことがあるんだが」

「人をつかまえておいてよくいうぜ、すんなり受けるとでも?」

そりゃそうだ。いきなり捕まえられてそのうえ仕事を頼みたいと来た。完全に犯罪者の手口である。誰だって断る、俺も断る。


「端的に言うとだな、うまいメシをつくってほしいんだわ」


「やる」


「マジで!?」


どう考えても断る流れだったよな今。言っちゃあなんだが人が良すぎるんじゃないのか。


「んで、何を作ればいいんだ。要望があるならそれを作る」

「おまえが一番自信のある料理を作ってほしい。それでどうだ」

そういわれて、ウェルダンは少し悩むそぶりを見せた。


「おい、相手は子供だぜ。なんかそういう子供が喜びそうな料理とかの方がよかったんじゃねえの」


賭けに勝つという点ではその方がよさそうな気がするのだが。


「いや、それじゃあ意味がない。ウェルダンが一番得意な料理でしっかりと力量が示されるようにするんだ。じゃないと賭けの意味がない」


驚いた。てっきり賭けを提案したんだから少しでも可能性が高い方法を取るものだとばかり思っていた。

どうやらこいつはマジにウェルダンの料理の腕を信頼して、あのガキどもに一泡吹かせようとしているのだ。


「おい、ケルファー」

俺はあることを聞くためにもう一度小声でケルファーに耳打ちした。


「なんだ」

「お前、なんでこいつの料理がウマいって確信してるんだ?」

だってそうだろう。初対面のあったこともないやつの料理の腕に関してここまで信頼できるってのは変だ。俺だって一人で見知らぬ料理屋さんに突撃したことはあるが、今回はそれとはワケが違う。


「さっきこいつを拾ったときさ」

拾ったっていうなよ。

「途中で自分の調理場にいったん寄らせてほしいって言ったんだ。それで寄ってみたら野菜の皮がすっげーきれいに剥かれてたんだよ。あれは多分包丁だけで剥いたんだな」

なるほど。確かに料理が上手い人って皮むきを包丁一本でこなすイメージがある。

「それに」

「それに?」

「なんか知らん調味料めっちゃあった」

「そこかよ」

いやまあ言いたいことはわかるけど。

もういいや。ここまで来たら後は天に任せよう。相手は子供だ。そんなえげつない命令はしてこないだろう。


「決めたぞ」

うわびっくりした。

「ついてこい」

そういうと、ウェルダンはすっくと立ち上がって歩いて行った。

俺たちも顔を見合わせてうなずくと遅れないように後をついていった。



***



調理場につくと、ウェルダンはすぐに調理に取り掛かった。見たところブイヤベースを作っていた途中のようで、なんか赤いやつと一緒に魚がパッドに並んでいる。

「ブイヤベースを仕上げなきゃだからな。その片手間にはなるが、それでいいか」

「別にいいぜ」


そして調理が始まった。

パッドに入っていた魚やらを鍋にぶち込んで煮込んでいき、その間に魚を二匹さばき、なにやらパン粉と草を粉々にしている。

そして卵を白身と黄身に分けて、黄身の方には油と細かくしたケッパーなどをぶち込んで撹拌している。これは多分ソースにするのだろう。

魚に小麦粉、卵白、そしてさっきの砕いたパン粉と草を混ぜたやつの順につけて、フライパンの中でバターでしっかりソテーしている。

めちゃくちゃ手際ええやん。

「香草パン粉焼きか」

「そうだ」

どうやら粉々にしたのは香草らしい。わからなかったぜ。


「おまえら、あのガキどもに食わせる気だな」

ギクリという擬音語ってこういうときに使うんだな。というかなんでバレたし。

「まあ赤の他人のためにそこまでやる部分は、認めてやる。だがな」

そこまでいうと、彼は身をひっくり返してこう言った。


「これは俺の問題だ。手を出すんじゃねえ」


フライパンから目を話さないため、彼の顔は見えない。


だがなぜだろう。それは、ひどく悲しい声のように、俺には聞こえた。

今のはどういう意味だ?

それについて俺が考えようとすると、ウェルダンは戸棚から白い皿を取り出し、完成した料理を盛り付けていく。


「おらよ、食ったら帰りな」

あ、うまそう。なんか普通にレストランで出される一品って感じだな。


「んじゃ、もらうわ」

「おいちょっと」

「どうした?」

なんの躊躇もなく料理を食べようとしたケルファーを制し、小声で尋ねる。

「なに普通に食おうとしてんだ。ガキどもに食わせなきゃだろ」

「いやでもあいつのさっきの発言を聞く限りそれは許してくれなさそうだぜ」

「そこは、いろいろあるだろ。例えば」

やべえ、揚げ土下座でカラッとジューシーに謝るくらいしか思いつかねえ。

「まあまあ、お前の言いたいことはわかる。けどここは俺に任せてくれねえか」

妙に自信のある声だった。なんだか疑うのもはばかられたので

「お、おう」

としか言えなかった。押しに弱すぎィ!

決め顔のままケルファーは香草パン粉焼きをナイフでカットして一口食べると、口を開いた。


「うめえじゃねえか」

「そうだろ」

「これくらいうまいんだったら、あのガキどもに食わせたって問題ないだろうに」


ウェルダンの手が止まった。


「どういう意味だ」

「そのまんまの意味だ。ウェルダンの料理はうまい。であればあのガキどもに食わせれりゃ今日みたいに舐められることもないだろうに、なぜ拒む?」

キッチンに重い沈黙が立ち込めた。

「俺ぁはまだ修行中の身だからな。あいつらに食わせんのは一人前になってからって決めてんだ」


「じゃあなんで俺たちの頼みは聞いたんだ?」


間髪入れずにケルファーが問いかける。

「おかしいじゃんか。修行中の身で人に料理を出すには未熟っつーなら、さっき俺たちの頼みを聞きいれた理由はなんだ」

ウェルダンは答えない。

「そういや、お前なんで俺たちがあのガキどもに料理を持っていくってわかったんだ? 当ててやろうか。それは俺たちのことを覚えていたからだ」

ああ、あれはそういうわけだったのね。

「あの時、俺たちは逃げるガキどもを捕まえた状態でお前と会話してたからな。記憶に残らないって方が無理な話だ。それにあの時会話した内容を加味すればなんとなーく予想がつく。お前が反対するのは」

そこでケルファーは間を取ってこう言った。


「怖いんだろ」


ウェルダンの方に向けてケルファーが一歩踏み込む。俺はケルファーの後ろに立っているので表情は見えない。だが、少なくとも笑っていない。それはわかる。

「ち、ちが」

「俺たちなら最初からお前に対して友好的だったからな。いい反応が得られるって思ったんだろう。たしかにお前の料理は上手かった。だからこそだ」


さらに一歩踏み込んでケルファーが言う。


「言われっぱなしで悔しくないのか? 自分の料理の腕を正しく評価されていないままでいいのか?」

「それは」

「もしお前が自分の実力が足りていないと思うのなら、それは別にかまわねえ。目指す高みがあるっていうのはいいことだ。それで他人から陰口を叩かれて我慢するのもまあいい。本人の勝手だしな」

首を縦に振ってうなずくそぶりをしながらケルファーは言葉を続ける。


「だが、あれはだめだ。少なくともあのガキどもがやったのは度を超えている。そういうのに対して何もしないってのは美徳とかそういうことじゃない。ただの馬鹿だ」

ひどいことをされても反撃しない、ってのを美徳だととらえるというのは一つの風潮としてあるが、度が過ぎたときには反撃をした方がいいのだろうか?

答えは決まっている。した方がいい、というかしなくてはいけない。踏み越えちゃいけないラインというのは確実に存在する。人間だもの。

そのラインを決めるのは言わずもがな各人に委ねられているわけだが、俺的にはここに混乱の元があるんじゃないかと思っている。この基準が世間で共通していたらもう少し世界は平和だったはずだ。なにせどれくらい踏み込めば反撃されるかがわかるのだから。

いや逆に限界ギリギリを攻めるやつとか出てきそうだな。まあそういうやつは基準のあるないにかかわらずいるから考えるだけ無駄か。


閑話休題。


「なあ、教えてくれないか。なんでだ。俺がお前だったら多分出してるぜ」

おそらくだが、ケルファーはウェルダンを責める意図はないんだろう。ウェルダンのことを考えて言っているのだ。余計なお世話だと言われればそれまでだが、悪意をまとっていないのですまん言い過ぎたくらいですむだろう。

だがそれはそれとして、俺には一つ言っておかねばならんことがあった。

「ケルファー、ちょっといいか」

「なんだ」

もしかしたら白い目で見られるかもしれない。だが言わねばならない。


「キッチンで言い争いするの、やめない?」


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