世の中には二種類の人間がいる。ヤンキーにあこがれる人間とヤンキーにあこがれない人間、そしてヤンキーだ
キッシングの町はいわゆる宿場町というやつだ。ここから北西に馬車で3時間ほど進んだ場所にあるヘマルグという町と、東南東方向に馬車で二時間ほど進んだ所にあるハイドイルムという町の間にある。
馬車で五時間ならこの町必要なくね?と一瞬思ったが、どうやらより遠くから来る馬車のことを考えると、この町があることで時間的にゆとりをもてるらしい。
「次の行先どうする?」
「ハイドイルムでいいんじゃね」
「だな」
さっきチラッと地図を見たのだが、どうやらティテュスさんの牧場に行く直前にあった分かれ道を行くとヘマルグにつくらしい。ヘマルグの先は小さな村が一つだけなので自然に次の行き先が決まった。
町長が指定してきた時間まではまだ余裕がある。さーて何しよっかな?
「まてやごらあ」
ん?なんだろう、野生のヤンキーが現れたのか?
声のした方を振り向くと、そこにいたのは金髪でツーブロックのわりかしガタイがいい青年だった。見たところ、こちらに向かって走っている三人のちびを追っかけている。
まじかよ、まさか異世界で野生のヤンキーに会えるとは思わなかったぜ。
「待たねえよバーカ」
追いかけられているちびっこがそう返した。見れば、手にはなぜかそれぞれ人参と玉ねぎ、そしてセロリを持っている。
なんかあれだな、典型的ないたずらっ子みたいな感じだな。手に野菜を握っているところが若干アンバランスな気がしなくもないが。
「どういう状況だ」
いつの間にか同じ方向を向いていたケルファーが首をかしげている。が一つ言わせてほしい。
「ケルファー、それはこどもを捕まえながら聞くことではない」
いつの間にか、ケルファーは右手に二人、左手に一人こどもをひっとらえていた。
恐ろしく速い捕獲、俺でなきゃ見逃しちゃうね。いやまあ、具体的にいつ捕まえたのかはわからないんだけど。
「ああ、ワリィ、気づいたら体が勝手にな」
「ウソをつけ」
人生においてついていいのは、相槌、尻もち、ボール、悪態、ため息、不意、核心、つえ、除夜の鐘だけだ。結構多いな。
「んで、どうすんのこいつら」
「まあ取りあえずあの金髪に引き渡す、俺たちも話を聞かせてもらうからな」
クワッ的な効果音がつくんじゃないかという目でケルファーは三人のガキをにらんだ。
「おうおう、悪いね。お前さんら」
わちゃわちゃしている間に、ヤンキー君はこちらにたどり着いていた。
「んで、何があったんです?」
さすがにここまで見て知らんぷりなんてできそうにない。仕方ないので俺はこのパツキンヤンキーと会話を試みることにした。
「ああ、いまこの後の宴のためにブイヤベースを作ろうとしたんだがよ、こいつらが俺が料理してるのが似合わねえつって野菜をとって逃げたんだよ」
ケルファーに野菜を返してもらいながらヤンキーがそういった。
うん、確かに俺も金髪ヤンキーがブイヤベースなんて洒落た料理作ってたら二度見する。んでもって似合わねえーって思う。
なんて言ったらシバかれることは目に見えているので、ここは優しく受け流す。それが大人のやり方ってもんよ。
「なるほど、それは災難でしたね」
思ったより平和な理由だった。この子供たちが飢えに耐えかねて云々とかよりは数倍ましな状況だ。
「いや、何言ってんの。似合わないに決まってんじゃん。バーカバーカ」
しかし、古今東西のお約束の通り、クソガキは平穏に罅を入れる生き物。
おいこら、なに人の厚意を無下にしてんだテメエら。それは人間がやってはいけない行為ランキング第21位に当たる重罪だぞ重罪。
「ああん、なんだテメエらそんなに焼きを入れられたいのか、ああん?」
「何度だって言ってやる、お前に料理なんて似合わないんだよ。バーカバーカ」
「それに下手くそだしな!」
その言葉に、ヤンキーくんは大きく顔を曇らせた。それはもう、がり勉キャラがまたしても学年一の才色兼備のイケメンに期末テスト一位を搔っ攫われた時くらい曇っていた。
うーん、この状況でここまで煽れる度胸は逆に尊敬するわ。もしかしたら将来大物になるかもしれん。いや、煽りの語彙が少ないからそれはないか。
「そうかよ」
あれ、なんかヤンキー君の様子が変だぞ。
「そうかよ、そんなに俺の作った飯が食いたくないか、ちくしょう!!」
そう叫ぶと、ヤンキーくんはものすんごいスピードで走っていってしまった。
どうすんだこれ? いや部外者だからどうこうする義理があるわけではないけれど。
「ふん、あんなやつにうまい料理がつくれるわけがないんだ」
「おい、そのへんにしとけ」
部外者ではあるが、流石に言い過ぎだというのは俺でもわかった。いくら彼の作った料理がまずかろうと、面と向かってそれに言及してやいのやいのいうのはよろしくない。それが許されるのはせいぜい彼に料理を教えている師匠か(いるか知らんけど)、もしくはごく一部の親しい奴らだけだろう。(いるか知らんけど)
「なんだよ、あんたらよそから来たんだろ。なら関係ないだろ」
「関係ないやつが物事に口挟めないならこの世のもめごとの八割は未解決のまま終わるぞ」
裁判員とか弁護士とか検察官とかあと士業とか、まあとにかく第三者の立場から事態に介入するというのはこの世にごまんとあふれている。その論理がまかり通ってしまったら人間社会は崩壊待ったなしだろう。
「はあ、なにいってるかわかんねーし」
「なに、おとなになったらわかるさ」
売り言葉に買い言葉。正直子供の言ったことだろさらっと流せよと思うところもあるが、ここは伝家の宝刀、人類皆平等の出番だ。つまり、子供の言ったことに対してマジレスしてもすべてが許される!
「俺らがガキだってことか?」
「ああそうだ、お前らはガキだな」
つかんでいたガキの服からケルファーが手を放してそういったので、俺のマジレスはそこで終了した。
「意地を張っていいものをいいと言えない、それどころか粗悪品だとのたまわるやつは総じて大人とは言えねぇな」
わかる。いいものをいいと素直に言うのって難しいよな。プライドとか競争心とか立場とか色々邪魔して意外と言えねえんだわこれが。
「だから、賭けをしようぜ。今から俺たちがあの金髪を捕まえて料理を作らせる。お前らはそれを食べて味を見てくれればいい。もしもうまいって思ったらあいつに謝ること。もしまずかったら、そうだな」
そこでケルファーは数秒黙った後、こう言い放った。
「俺たちを一日好きにしていいぜ」
おいちょっと待て。全然「だから」じゃないんだが。
「ケルファー、流石にそれは」
「こうでもしないと、こいつら多分意地でもウマいって言わないぜ」
「いやそれはそうかもしれんが」
あのヤンキー君の料理が本当においしいのかという確証はどこにもないんだぞ。
「へえ、いいんだな」
「ああ」
しかもなんか賭けに乗ってくるっぽいし!
どうする、正直この賭けには反対だが、だからといってなにかほかの案を出せるわけでもない。
「じゃあ逃げんなよ」
そういうと、ガキ三人はすたこらさっさと走って行ってしまった。
いや、このあとどうあの三人にコンタクトとればいいんだ?
「おい、後でどうやってあのガキどもに接触するんでい」
「いや、あの金髪が知ってるだろ。たぶん」
確証ないんかい。
「じゃあその金髪はどこにいるんだよ」
「それをいまから探すんだろ」
「ねーのかよなんも」
行き当たりばったりすぎだろ。
「見切り発車にもほどがあるぞお前」
「流石に町中には居るだろ」
「居なかったらどうするんだよ」
「そん時はそん時だ」
オーマイゴット。
安心してください、作者はちゃんと数を数えられます。主人公もちゃんと数を数えられます




