異世界転生して八年たったら陽キャに出会えます、たぶん
何があったんだと思うかもしれない。しかし実際のところは逆である。
何もなかったのだ。海賊王を目指すあの漫画の名シーンのあの名言通り、何もなかった。
いや何もなかったっていうのは語弊があるかもしれない。言葉を変えて言えば、劇的イベントが発生しなかったというべきか。
あのあと、露店で串焼きを買うついでに、金貨と銀貨の価格を確認し、(金貨一枚で銀貨十枚だった)おっちゃんから宿屋の場所を聞き出した。なお串焼きは焼き鳥に近い味であり、羊肉串好きの俺はいつか羊肉串をこの世界で再現することを固く誓った。
そこからはよくある流れだった。宿屋を見つけて一月分のお代を払い(一か月で銀貨九枚だった)、一晩明かしたのち、街をぶらついて冒険者ギルドの存在を確認し、冒険者登録を行い、説明を受け、家に帰り、翌日から依頼をこなして・・・といった具合に。
その間、ビッグイベントはマジで発生しなかった。
ちなみに俺が冒険者でやっていこうと思ったのは、転生時のジョブ選択に際して選んだのが【剣士・二刀流】だったからである。理由を挙げろと言われると難しいが、異世界転生したからにはやっぱ行っとくか的なノリだったことは否めない。
冒険者として登録したあとは簡単な依頼を受けたりして貯金に専念した。あと異世界での常識を身に着けるためにいろんな依頼を受けた。先輩冒険者ともコネを作っておいた。
途中安定した別の仕事に移ることも考えたが、幸いにしてそこそこ才能があったらしく、ギルドでの強さや貢献度を表すランクは銀ランク、一部の例外的強さの人たちに与えられるプラチナランクを除けば上から2つ目のランクにまでなっていた。貯金もこのままいけば48歳くらいで引退しても問題ないくらいには溜まっていた。
そういうこともあって、俺は冒険者を続けることにした。
その間、ビッグイベントはマジで発生しなかった。大事なことなので二回言っておく。
そして基本ソロで活動していた。ジョブのせいではないと信じたい。
どおしてだよおおおおおおおお。
受付嬢に気に入られる、可愛い後輩冒険者の教育係になって懐かれる、臨時でパーティーを組んだらそのままメンバーになって深い仲になる、一致団結してギルド全員で魔物の軍勢に立ち向かうといったイベントは全て通り越してきた。他のパーティと組む機会はあったにはあったが、そのままメンバーに加入とは行かなかった。そんなこんなで八年たってそういうイベントがほぼないことに気づいた俺は、ある日ふてくされて宿屋のベットでこうつぶやいた。
「つまらん、飽きた」
なんて言ってみたものの、今日は依頼を既に受けている身である。悲しいかな、俺は根が真面目なので、一度受けた依頼をすっぽかすというのはしたくなかった。というかやったら信用問題で二度と依頼主から依頼が来ないかもしれない。それは困る。 何せ今日の依頼はこのプファルツの街で一番のお偉いさんであるアンリエッタ伯爵、正確に言えばその騎士団からの依頼なのだ。さすがにこれをすっぽかしたらこの街でやっていくのは難しくなる。それは嫌だ、すっごく嫌だ。
でもあれか。
嫌われた勢いそのままでこの街を出てふらりと旅に出るのもありかもしれないな。
ふとそう思った。
それは酷く魅力的に思えた。
騎士団詰め所に向かう足が止まる。
ずらかるか。
そう思って体をぐるりと逆方向に向けようとしたが。
向けられない。
体は動かなかった。どうやら依頼をすっぽかすことに体が拒絶反応を示しているらしい。
全く難儀な性格だ。とんだチキンハートである。
仕方ない、依頼果たすか。
心の中でそうつぶやき、俺は騎士団詰め所へと歩を進めた。
「こんにちは」
詰め所で待っていたのは、騎士団長マグロブさんだった。その隣には見たところ新人に見える、一人の騎士が立っている。
ここにいるのは、このふたりだけみたいだな。つーか相変わらずマグロブさんイケメンすぎんか。俺の顔面なんかマグロブさんのと比べたらあれだよ。本屋に売ってる新品の本と、ブッ〇オフに売りに出せるかなと戸惑うぐらいまで使い込んだ参考書くらい違うよ。
ちょっと今の例えはよくわかんないな。まあいいや。
ともかく依頼内容が判明してないんだよな。ここに来たのも受付さんからの連絡一本だし。
「依頼内容の詳細を教えていただけますか」
さてさて中身はなんじゃろな。
「伯爵様が保有するダンジョンで最近頻発している、魔物の狂暴化についてだ。これの原因調査を君には頼みたい」
ダンジョンには俺も潜っているからその話は知っている。階層構造をとる伯爵保有のダンジョンでは、階層ごとに魔物の強さはある程度決まっている、というか基準があるのだが、一月ほど前から徐々に魔物の強さが階層の基準と合わなくなる、つまり魔物が狂暴化しているという事態が起きているのだ。
ちなみに騎士団からの依頼は結構受けていて、マグロブさんからの評判もいい感じだと俺は思っている。決して表向きは感じよさそうにふるまっているという高校時代に経験した人間関係の暗部が再現されているわけではないはずだ。
「何分伯爵の信用にも関わるからな。信頼でき、かつ腕の立つ人間に頼みたいのだ。そこで私が君を選んだというわけだ」
そこまで述べてから、伯爵は一息ついた。続けてこう述べた。
「君一人では難しいかもしれないからね、私のお気に入りをひとり連れて行きなさい。最近入ったやつだが、腕も立つし信頼も置ける。ともに頑張り給え」
そこで初めて、隣に立っていた騎士が口を開いた。
「おう、お前がミラーか。俺はケルファーっていうんだ。よろしくぅ!」
こいつ、ゴリゴリの陽の者だ。ヤベェ。