煮込み料理はいいぞ、鍋に入れて放置すれば何とかなるからな
その後適当な喫茶店にもぐりこんで伝言を記したメモを完成させると、俺は騎士団の寮へと向かった。そして守衛さんに要件を伝えたのだが、
「ああ、無理ですね」
見事に断られてしまったぞい。
「その時間、ケルファーさんなんか伯爵に呼ばれてるみたいで、会えないんですよ」
「なるほど」
どうやらシステム的に不可能なのではなく、単にケルファーが来れないということだった。
だが俺的にも出発時間を遅らせるというのは許可できない。せっかくの旅立ちの日に午後出発ってのはあまりにも締まらない。こういうのは早朝に出発するものだと相場が決まっているのだ。
「じゃあこれ渡しておいてください」
「いいんですか」
「ええ、ダメでもともとって感じだったんで」
会っておきたかったというのは本当だ。だが会えないというのなら仕方がないだろう。
俺はメモを守衛さんに渡すと、まっすぐ宿屋に戻った。
宿屋に戻ると、ナタリヤさんが出迎えてくれた。
「あらおかえりなさい。もうビーフシチュー作ってあるからお食べ」
「ど、どうもっす」
さすが用意が早い。バッハさんの方はどうやら一昨日に壊れたベッドを修理しているらしく、ロビーにはいない。
ナタリヤさんからビーフシチューを受け取り、定位置に座って食べる。
うまい。じっくり煮込んでしっかりと柔らかくなった牛肉に、しっかりと味のしみ込んだ人参やジャガイモ。そして何よりこのソースがめちゃめちゃウマい。
「美味ぇ」
「でしょう」
前世から煮込み料理が好物の俺ではあるが、ここのビーフシチューは過去ベスト3に入る旨さである。だから旅立つ前に食べるとしたらこれが一番だった。二人にとってはよく作る品なのかもしれないが、俺にとってはベストな選択だったと、口にして改めて思った。
「明日は出発?」
「そうですね、そのつもりです」
「じゃあこれ」
ポンッと手に渡されたそれは、なんか長いフランスパンであった。
「なんです、これ」
「餞別代りの食料よ」
初めてだぜ、こんな無骨な餞別はよぉ!
想像してほしい。土産という名目でこんなクソナガフランスパンを女の人から渡された気分を。いや別にかわいいマカロンが欲しかったとかそういうんじゃないけど、流石に飾り気がなさすぎはしないだろうか。
とはいえ、餞別があるだけでもありがたいものだ。ここはおとなしく礼をいうのが筋であろう。
「ありがとうございます」
「たまには手紙をよこしなさいよ」
そういうと、ナタリヤさんは厨房へと引っ込んでいった。その後姿をなんともなしに眺める。
そうか、俺ここを離れるのか。
そう考えると、なんだか心臓がキュッてなるような気がして、俺は目の前のビーフシチューを腹にかきこんだ。
「そっか」
無意識にこぼれたその一言には、いったいどんな感情が込められていたのだろう。
この場にいるとその本心を聞かれるような気がして、俺は逃げるようにそのまま二階の自室へと引っ込みベットに横たわった。
だが、眠れない。
しかたがないので、とりあえず歯磨きをした。どうやら過去に転生してきた奴の一人が普及させたらしいということを知ったのは、こっちに来てから一年ほどたった頃だろうか。
歯磨きが終わったあとは明日持っていく荷物の整理をもう一回する。がしかしこんな単純作業で眠気は誘発されなかったらしい。
「どうすんだよこれ」
なぜ眠れないかに関しては、なんとなく察しがついていた。いざ旅に出るとなって、興奮半分怯え半分の状態になっているのだ。こんな不安定な状態では即入眠という方が無理な話である。
いろいろ考えた末、俺は掃除をすることにした。自室にある箒と塵取りを使って部屋の埃をとる。そのあとは雑巾を使ってベットの下やらほかの場所を拭く。
不思議なもので、少しずつだが確実に眠気が増していた。これならば眠れるかもしれない。
もう一度ベットに横たわると、今度こそ眠気に襲われ、俺は夢の世界へと旅立っていった。