見た目って大事だけど中身の方が大事とか言ってる美人に限って自分の容姿の価値を理解している比率が高い
目が覚めると、自分の部屋にいた。
幸いにして記憶はある。間違えてケルファーのウイスキーを飲んで昏倒したのをしっかり覚えている。おそらく誰かが気を効かせて部屋まで送ってくれたのだろう。とはいえ十中八九ケルファーだろうけど。どうせなら美人なお姉さんに送ってほしかったものである。
「明日で最後か」
荷物の最終整理と、ここの解約、そしていくつか伝言を残すのが今日の仕事だ。昨日のジョニーの件もあるし。
時計を見ると、九時半という微妙に遅い時間だった。この時間だとナタリヤさんは朝食を作ってくれないだろう。それはつまり、今日の晩飯がここで食う最後の飯になるということに他ならない。
寂しくない、といえばウソになるだろう。だが、もう決めたことなのだ。それに関してうじうじいうのは男らしくない。昔から言われているように、さよならだけが人生よ。
ああでも、もしかしたら戻ってくるかもしれないのか。
よくよく考えてみれば、俺は誰一人に戻ってこないとは言ってないわけだ。だから、別に戻ってきてもいいのか。勝ったな確信。
そう考えると、なんだかこの寂寥感も少し和らいだ気がする。よく「これが今生の別れじゃあるまいし」とか言って慰めるシーンを幾度となく見てきたが、なるほど確かに一定の効果があるようだ。
まあそれはさておき、まずは荷物の整理だ。とはいっても、デカいものは処分をしたし、小物も必要ないやつはグッバイしている。旅にもっていく物は大方まとめてあるし、今日やることは捨てにくいやつをある場所に預けることだ。
それには一回街に繰り出す必要がある。そのついでにここの解約をバッハさんに頼もう。
頭の中で軽く計画を練ると、俺は宿屋の一階へと降りて行った。
「バッハさんを呼んでほしい」
降りて受付みたいなところで声をかける。雇われなのであろうその女の子はすぐに奥へと向かい、程なくしてバッハさんが現れた。
「おう、どうした」
「すみません、解約をお願いします」
「そうか」
そういうと、静かにため息をついてお気に入りなのであろう葉巻を懐から取り出した。俺も葉巻は苦手な方だが、今回は我慢することにした。
「明日でるのか」
「はい」
俺がそう答えると、バッハさんは吸った煙をフゥーっと吐き出した。吐き出された白い煙はそのまま宙に浮かんで消えていく。
「旅に出るって言ってたな」
「ええ」
「ここには帰ってくるつもりはあるのか」
「まあ、一応」
ないと言えばウソになる、だから自然と答えも曖昧なものになった。ぶっちゃけジョニーらのパーティーがシルバーランクになったら帰ってくるのもありだと思うが、そのころにはあいつら俺を必要としてないかもしれないからな。
たしか俺がブロンズからシルバーになるのには二年弱かかったはず。あいつらはパーティーだから基準が多少違うにしても、まあそこまで必要期間に差は出ないだろう。
「そうか」
流石はバッハさん、この短い会話の中で二回もそうかを渋く決めるとは、なかなかにダンディである。ここが城下町だったらライオンだったまである。いやないか。
なにやら会話が終わりそうな雰囲気が漂ってきたので、俺はここでいったん切り上げて、町へと向かうことにした。
「そうだ、今夜何か作ってほしい品はあるか」
背中越しにそう尋ねられた。
マジかよイケメンすぎる。よしてくれ、ここを離れたくなくなってしまうだろ。
「ビーフシチューで」
いろいろ考えたが、最終的にはこれに落ち着いた。せっかくだし、もっとひねったやつの方がよかったかもしれない。
「わかった」
だがバッハさんは特に何も言わず、受付の椅子に座ったまま再び葉巻をふかした。俺はそれを視界の隅で確認すると玄関をくぐった。
気のせいか、ガラスに映った煙の形はポインセチアに似ている気がした。
街はずれの工房みたいなところに捨てにくいやつを預けてからあるものを購入しギルドへと向かう。活動休止届を出しているが、出入り自体は可能である。とりあえず受付でナイルを呼んでもらった。
「あれあれ、どうしたんですかぁ」
「ずいぶんな挨拶だなおい」
開幕煽りとは、こいつ自分が受付担当だって理解してないんじゃないのか。
「だってついこの間活動休止届出したじゃないですか」
「別に来たっていいだろうが」
「まあそうですけど」
「とりあえず、これだ」
懐から紙を出す。
「なんです、これ」
「伝言だ。俺がいなくなったらこういう風に言っとけ。名前が書いてあるのは見かけたらつたえておけ」
一昨日と今日の朝で用意した代物だ。まあジョニーたちとロムサックさんとカルデラさんに向けてという色合いが強い。
「律儀なんですね」
「立つ鳥跡を濁さずってのが俺の主義でな、じゃ」
さて、メモも渡したし、適当に町をぶらつくか。ああ、展望台の方に行くのもありかもしれないな。
「ケルファーさんには伝えなくていいんですか」
そんなことを考えていると、急にナイルからそう聞かれた。
だが、それに対する俺の答えは決まっている。
「いらねえよ、別れなら祝勝会の時にちゃんと言った」
「本当ですか」
「本当だぜ」
「の割には僕に聞かれたとき表情が硬くなっていましたけど」
気のせいだろ、と言いかけてやめた。それは同時に自分の発言がウソだと言っているようなものであった。
確かに、よくよく考えてみれば俺はウイスキーを誤飲するというアホなふるまいによってケルファーに正式に別れを言えていない。だが、俺が旅に出るに至った経緯を話したしあれが別れの挨拶代わりにはなるはずだ。
そもそも今から言っても会えるかどうかなんてわからない。俺は一介の冒険者、あいつは一員オブ騎士団である。今回のケースが特殊だったのであり、普通は交わることの方が少ないのだ。
などといろいろ自分の中で理論武装を試みるが、武装を試みるという時点で武装する本体、すなわち俺の本心が何かしらの弱みを持っているということに他ならない。なおかつこう考えられる時点で俺自身もそのことに気づいていた。いやナイルによって気づかされたというべきか。
「お前さあ、いまから人が気持ちよく新天地に旅立とうってのに面倒なこと持ち込むなよ」
流石にこれは負けを認めざるを得ない。文句を言ったのはせめてもの反抗だ。
「こちとら受付嬢ですよ。冒険者に依頼を吹っ掛けるのも仕事の内です」
「お前依頼を面倒事って認識してんのか。受付嬢やめちまえ」
なんでこんなやつが受付担当なんだ。見た目か、やはり見た目は正義なのか。
「それで、どうするんですか」
どうやら茶化して逃げることは許されないようだ。
「つってもなー、あいつ騎士だぜ。確か会うことはできても前日までに寮の守衛に連絡がいるんじゃなかったのか」
「じゃあ今日一報いれて明日会いに行けばいいじゃないですか」
「俺明日朝一で出発するつもりなんやが」
「じゃあ、明日の朝一で起きてもらいましょう、ケルファーさんに」
マジかこいつ。他人に早起きを強要するとか鬼すぎるだろ。
「いやしかしだな」
「なんです、ここで迷うなんて男らしくありませんよ」
「女っぽくふるまっている男に言われたくない」
いともたやすくブーメランを投げるな。
「とりあえず、会えなかった場合に備えて伝言だけ書く。それで騎士団の寮まで行く。これでいいか」
というか、なんでこいつの許可が必要なのだろうか。よし決めた。
「まあいいんじゃ」
「アディオス!」
なんだかめんどくさいことになりそうだったので、別れの挨拶代わりのアディオスを決めて、俺はその場から逃走した。