唐突な自分語りに気をつけろ
わいわいがやがや。あっちで誰かがバカ騒ぎをしたかと思えば、今度はこっちで誰かが急に愚痴りだす。
用意された料理はガンガン減っていき、それと反比例するように空の皿が増えていく。
まさしくどんちゃん騒ぎ。ある種の熱狂的な空気の中で俺はというと、端っこよりのテーブルでガーリックシュリンプを食っていた。この世界はどうやらエビがめちゃくちゃとれるらしく、エビ料理の値段が異常に安い。そのくせしてエビの質もめちゃくちゃいいので、エビ好きの俺としてはかなりラッキーであった。
「もどったぞ」
声がしたので振り向くと、そこにはファミレス店員みたいに料理を運んできたケルファーがいた。ご丁寧に口にはフライドチキンが咥えられている。
「めっちゃ持ってきたな」
確かさっき空の皿を片すついでになんか持ってくるわとか言って奥の方へいったんだっけ。
「おうよ」
そういうと、ケルファーは俺の横に座った。というか、こいつはほかの冒険者に呼ばれる以外は基本俺の隣で何か食っていた。
「大変だったな」
「うるせえ」
スタンピードにいち早く気付いたとして、祝勝会の最初は冒険者らが俺と話そうとしてきたのだ。いろいろたらい回しにされて疲れた俺は、流れが切れたタイミングでこうして端に避難したというわけである。
「なあ」
声をかけられたので体の向きを変えると、なにやら真剣な面持ちで俺を見ている。
「どうした」
「旅に出るって本当なのか」
「それ前にも聞いたくね」
「いいじゃねえか」
その一言の一瞬だけ、ケルファーはいつもの笑顔を浮かべた。
「で、どうなんだ」
「出るよ、もう決めたんだ」
これがちゃんとした物語だったら、片方が引き留めて、それに対してもう片方が「ごめん、でも僕いかなくちゃいけないんだ」とかいう感じのいいシーンなのだが、あいにくここはどんちゃん騒ぎの真っ只中である。雰囲気もくそもない。
だが、雰囲気もくそもないからこそ、飾り気のない、俺の本心を吐露できる気がした。
「俺、今回みたいな特殊な場合じゃない限り、基本一人で冒険者やってたんだ」
「うん、知ってる。というか初対面の時からそう思った」
「おい」
せっかく人が大事な話をしようとしてるのに水を差すんじゃあないよ。
「一人でやってる時も、まあそれなりに楽しかったんだよ。でも周りがみんなパーティー組んで楽しくやってんのを見ると、やっぱ時々さみしくなるわけよ」
あるいはそれは、大学一年の時に友達作りに失敗して春学期を一人で過ごした時を思い出していたのかもしれない。
「だから多分、どこかで期待してたんだと思う。なんかいい感じの出会いがあってそれで俺もああやって楽しくやれる時が来るんじゃないかって」
でも、その時は来なかった。こないまま、八年がたっていた。
「今回のスタンピードで気づいたんだ。劇的なイベントを期待していた割に、俺は一人が気楽だからとか言って無意識に他のパーティーと組もうとしなかった。多分それ自体は別に悪いことではないんだと思う。一人が気楽ってのは本当だし、一人でいる時間が大事だってのも変わらない。けど集団の輪に混ざりたいなら、自分から行動しなくちゃいけなかったんだ。俺にはその勇気が足りてなかった」
実際のところ一人稼業にもメリットはある。受ける依頼はすべて自分で選べるし、無理に力量に合わない依頼は受けなくていい。一人でいるから時間を自由に使える。パーティーメンバーとのいざこざもないし、人間関係にも気を遣わなくていい。
「実をいうと、ジョニーのところから勧誘が来てたんだ。覚えてるか。スタンピードの時に一緒に戦ったあいつらだ」
「ああ、覚えている」
「あいつら今ブロンズランクなんだけど、シルバーに昇格したら俺を勧誘したいんだとよ。」
「じゃあ旅に出る必要は」
「でもこのままじゃだめだ」
俺はそこで息を吸い込む。
「このままジョニーらのパーティーがシルバーランクになるのをこの街で待ってるんじゃ、今までの俺と一緒だ。俺は変わらなくちゃならない」
俺はそばに置いてあったグラスを手に取ると、それを勢いよく飲み干した。
「おいそれ」
「だから俺は旅に出る。変わるためには違う環境に身を置くのが一番だってのが、俺んちの教えだ」
まあ、純粋に外の世界を見たい、って思いもあるが、それは言わないお約束ということで。
「そうか、わかった」
「っていうか、なんでお前がそんなこと気にするんだよ」
「いや、だって俺らダチだろ」
シンプル。
あまりにもシンプルな言葉だった。だから、面食らってしまった。
いや、違うな。これはうれしいんだ。この世界にきてから、面と向かって友達だと言われたことがなかったから。というより、友人と呼べるほどの仲はほとんどいなかったから。
「そっか」
だから自然と感謝の言葉が出てきた。
「ありがとな、気にかけてくれて」
「気にすんな、それより」
一息言葉を区切ると、急にケルファーの顔がだらしなくなった。
「ナイルちゃんにはしっかりいったのか」
「お前な」
さっきのシリアスな雰囲気はどこへやら、である。
もういい、ここで言っちまおう。使いどころを待って結局使うタイミングを逃すというのは、将棋の持ち駒でもデュエルの手札においても恥ずべきことだからな。
「ナイルは男だぞ」
「え」
「ぷっ」
おい、驚いたケルファーの顔がおもしろすぎるんだが、どうしてくれるんだ。
俺が破壊された腹筋を直すのに四苦八苦していると、再起動したらしきケルファーが
「先に言ってくれよ」
とぼやいた。
「いや、これは言わないで正解だったわ、お前の驚いた顔が見れたから満足満足」
「じゃあ、俺からも一つ」
「なんだ」
「お前がさっき飲んだの、俺が注いだウイスキーだぞ」
「え」
今度は俺が驚く番であった。
俺の記憶が確かなら、いや酒を飲んだ状態で考えるのが正しいのかわからんが、さっき俺はジョッキ半分を丸っと飲んだ気がする。
そういえば、さっきからなんか頭がグワングワンするような。
あ、いかん。意識したらだんだんボーっとしてきた。
「おい、大丈夫か、おーい」
その言葉を最後に、俺の意識は闇に堕ちた。