ねえ知ってる?僕男の子なんだっていう女のセリフって翻訳するのが難しいらしいよ
ギルドについた俺はまず受付に並んだ。順番待ちが終わってさあ手続きだという段階で、受付の子がギルマスに呼ばれてどっかに行ってしまい、代わりにナイルが来た。
「あれ、ミラーさん。復興作業のほうは?」
「今日は午後からだ。それより、活動停止届をくれ」
「へ、何でです?なんか用事でも」
「ああ、ちょっと旅に出る」
そういった瞬間、ナイルの顔が凍った。
「どど、どういうことですか」
「そのまんまだ、旅に出る。しばらくギルドの活動には参加しない。だから活動休止届をくれ」
なかなかに珍妙ではあるが、三か月以上依頼を受けないとギルドから除籍される可能性がある。それなりに貢献していれば先に警告が来るので即クビとはならないが、まあだったら先に申請したほうが面倒がなくていい。
「そんなぁ、ミラーさんがいなくなったらこのギルドの不人気の依頼やめんどくさい依頼を受けてくれる都合のいい駒が減っちゃいますよ」
「さらりととんでもないこと言ったな、おまえ」
ご自慢の可愛い顔でなんて毒をはきやがる。
「嘘ですよ。ただ少し困るなってのは本当です」
セリフに髪の毛ほどの重みも感じねぇんだけど。
そう言おうとしたが、次の言葉にはちょっと驚いた。
「さみしくなりますね」
そうつぶやいたのを、俺は聞き逃さなかった。昔から耳はいいほうなのだ。
「はいこれ」
思わぬ言葉に面食らっていると、目の前にすっと活動休止届が出された。
「最初から素直に出してくださいよ、ナイルさん」
思わずですます調になってしまった。決して皮肉っているわけではない。
出された用紙に必要事項を記入していく。
ものの五分立たずに書き終わると、それはナイルの手に渡った。
そしてそのまま手の中でじっと見つめられていた。
あれ、まさか受理できませんとか言って破かれたりしないよね。
と思ったがどうやら杞憂だったらしい。ドンとハンコが押されたので、ちゃんと受理してくれたようだ。
「祝勝会」
ん?
「あさっての夜なので、絶対来てくださいね」
なんだ、そんなことか。
「当たり前だろ」
俺は彼に向かってそういうと、ギルドからでて復興作業場へと向かった。
ヒーイズアボーイ。
そうなんだよな。なんかいい雰囲気だったけど、こいつ男なんだよな。
いや、別に恋愛フラグを期待して旅に出るわけじゃないぞ、違うからな、本当だからな!!
***
そして翌日。俺は伯爵家の前でケルファーと合流して、マグロブさんに依頼の報告を行った。
「なるほど、しかしそいつらはこのスタンピードの騒動に乗じて街から逃げ出したかもしれんと」
復興に参加した俺の代わりにケルファーが調べたところ、スタンピード以降、魔物の狂暴化はおさまっていたのでもう実質依頼達成でいいのではないかと思ったが、聞き込みで得た怪しい集団の話は報告したほうがいいと判断した。ここプファルツ以外にもダンジョンはある。願わくばどこかでこいつらが捕まってほしいものである。
「そういうことになりますね」
「なるほど、では私から伯爵様に伝えて、他の領地にも伝達しておこう。依頼ご苦労だった。聞けば、スタンピードの鎮圧の際にもずいぶん頑張ってくれたそうじゃないか」
「ええ、まあそうですね。でもやはり街のみんなが頑張ったからこそです」
まごうことなき本心だ。避難の指示に住民が素直に従ってくれたから、ギルド職員が連絡や後方支援で腕を振るってくれたから、冒険者らが魔物の掃討に全力を尽くしたから、あのスタンピードは被害が少なくて済んだのだ。
「それはそうと」
ん、なんだ?マグロブさんの雰囲気が変わったぞ?
「この街を出るというのは本当かい?」
バレてる!!なんで? ギルマスから伝わったのか?昨日の夜ありったけの説明を考えてきたのに全部パーだよ。先手をうたれちゃったよ。
いや待て落ち着け。先手を打たれただけだ。後手番が不利とは限らない、実際オセロは白のほうが有利だし、囲碁ではコミがあるから後手はゆっくり打つことができる。将棋だって一手損角換わりというわけのわからない戦法がある。つまり後手に回ってもなんの問題もないのだ(錯乱)
「そうですね、ちょっと新しい風を感じたいみたいな感じですね」
ポエマーか俺は。説明になってないよ。両親の仇!とかのほうが理由としてまだましだよ。そういったら多分打ち切り確定だけど。
「そうか、まあ私も気持ちはわかる。長い間同じ環境に身を置くと、時に別の環境に入りたくなるものだ。君はこの街で八年間冒険者として活動し貢献してきた。これくらいの報酬はあってもいいはずだ」
伝わった!マグロブさんすげぇ。
「あ、ありがとうございます」
なんだ、てっきり恩を仇で返すとはとか言うのではないかとひりひりしたぜ。
「おまえ、この街を出るのか」
隣に座っていたケルファーが意外そうな顔で尋ねてくる。
「ああ、まあな。旅に出ようと思って」
こいつには言ってなかったな。あの戦いを共にしたわけだし話そうとは思っていたが、まあいいか。
「そっか」
そういうとケルファーは黙ってしまった。
え、何この空気。どうすればいいのかしらん?
「そうだ、ケルファー、君も明日の祝勝会に参加してきなさい」
硬直した空気を壊すようにマグロブさんは手を叩いてそういった。
アリがてぇ、正直俺もどうすればいいのかよくわからなくなってたからな、さすが騎士団長だ、場を掌握するのはお手の物ってわけだ。
「え、しかし」
「大丈夫、君の仕事もそう多く残ってはいないし、色々と積もる話もあるだろう。ここは私の厚意に甘えなさい」
厚意に甘えるってのは第三者が言うセリフではと一瞬思ったが、口には出さなかった。ケルファーが祝勝会に来るか来ないかはこの二人の問題であり、俺が無理やり介入することではない。
だが、個人的な感情を挟めるのであれば、こいつには来てほしかった。あの激戦を共に戦った仲だし、こいつが来ないと俺としても寂しい。
一人でガリガリギルドの依頼を受けていた頃はこんなこと考えもしなかったな。
「わっかりましたよ。参加してきますよ」
「うんうん、それでいいんだよ」
どうやら自分の感情と向き合っている間に、ケルファーは参加することを決定したらしい。
「とりあえず、今回の私の依頼は終了だ。苦労を掛けたね」
「いえいえ、こちらこそ。むしろ旅に出るから苦労を掛けるのはこちらというかなんというか」
「ああ、そこらへんはロムサックの所に押し付けておくさ」
まじかよ。ごめん、ロムサックさん。俺が受けてためんどくさい依頼が回されて。
まだ確定しない未来のことを謝っていると、
「ギルド集合でいいのか」
とケルファーが聞いてきた。どうやら明日の祝勝会の場所について知りたいらしい。
「ああ、俺が明日案内する」
「わかった」
「では、ぼくはこれで」
そういうと、俺はこの場を辞して宿に帰った。