ポエマーはどこにでも出没する
トンテンカンテン。
街のあちこちで金槌や木材の音がする。おいそっちじゃねえこっちだとか言いあう声もする。
スタンピードは終わった。現在街の人たち総出で修復作業に当たっている。もちろん俺ら冒険者も駆り出されている。
俺はと言えば、レンガを街に運び込む仕事を終え、一息ついていたところだ。
「休憩か」
ふと声をかけられたので振り向くと、ケルファーがそこに立っていた。
「おう」
俺が休憩中だとわかると、隣に来て腰を下ろした。
「6日ぶりか」
「そうだな」
アーマードグリズリーをロムサックさんが倒したあと、俺たちは街中に散らばって残った魔物を掃討した。ロムサックさんのパーティーがやばい奴らを大方始末したので、残っていたのは大したことない奴らだったのは幸運と言っていいだろう。
その後は、負傷者を集めたり、生存者の確認をギルドと行ったり、領主と連絡を取ったりと色々やった。そうして混乱が収まった後、こうして街全体で復興作業と相成ったわけだ。
「そっちはどうだ」
「忙しかったぜ。なにせ王子の即位式を騎士団の半分が抜けてきたんだからな。こっちの対応、即位式の対応でてんてこまいだ。ま、こっちの対応はマグロブさんが頑張ったから何とかなったけどな」
一緒に行動していたから忘れてしまいそうだが、こいつ一応騎士団の一員なのだ。有事の際は騎士団の一員として動くのが道理ってわけだ。
「逆にそっちはどうよ、なんかあった?」
あれだな。久しぶりに会って話すと改めて思うけどこいつ距離近いな。
とはいえ嫌な感じはしない。例えるならヤマアラシのとげがマイルドになった分、俺も奴を許容できるようになった的なテキーラ?
「そうだな、死亡した人数が思ってたより少なくて、ギルマスが喜んでたな。あとは今度祝勝会を開く云々って話が出たな。俺は一昨日から復興の手伝いを始めた」
そんぐらいかな。なんか話すのすごい下手なやつみたいになっちまったな。
まあ他にも考えていることはあるんだが、話す必要はないだろう。
「ああ、そうだ。どっか空いてる時間あるか?マグロブさんに報告をしなきゃいけないからな」
そう言われて気づいた。
そうじゃん、元々そういう依頼だったじゃん。
やべえ、このままだと依頼不履行になるとこだったぜ。こいつに感謝だな。
えーっと、空いてる時間か。むむむ。
「明後日の昼でいいか」
「了解、じゃあそのときに」
そう言うと、彼は去っていった。
去り際は割とクールだった。
***
「よし、こんなもんか」
ケルファーと会った翌日の朝、俺は泊っている部屋の整理をしていた。
理由は単純だ。この街を出て旅に出たい。今回の依頼を受ける前にぼんやりと思っていたがここにきて抑えが効かなくなってきた。スタンピードからプファルツを守ったんだし、ちょっとした休暇だと思ってもらおう。
だが、さすがに六年ちょい住んでいると引き払うにもめんどくさいことが起こるので、昨日からぼちぼち準備を進めていたのだ。
この宿屋は冒険者としてそこそこ成功してきたときにたまたま町を散歩して見つけた場所だ。町の中心部から離れているためか客も少なく、加えて飯もうまくてベッドも柔らかい。
俺は即ここに引っ越しで長期の契約を結んだ。オーナーである夫婦の人柄もよく、今考えても大正解な判断だったと思っている。
おっと、気づけばいい時間になっている。下で飯を食ってギルドへ行くとしよう。
「おう、ミラーか。ご飯かい」
声をかけてきたのは俺が泊まっている宿屋を切り盛りしている夫婦の奥さんのほうであるナタリヤさん。臥豚殿でコース料理を作っていそうなお人である。
「ああ。いつもので頼む。」
「了解、まってな」
そういうと、彼女は厨房へと引っ込んでいった。
一階の食堂みたいなスペースで今朝届いた新聞を眺めながら時間をつぶす。
へえ、王子の即位式が終わったのか。そんで勇者もバジリスクの掃討ののちそれに出席していたと。後はザーヌフェラユ地方での新種のワインの生産が開始か。ワインの方はどうでもいいとして、新国王がどういう感じに国を運営していくかは興味があるな。
ん、国境の町で政府への反乱を企てた五人の集団が逮捕、ね。やっぱ政権が代わるときってのはめんどくさいことが起こるもんなんだな。
「できたわよ」
声を聴いて首を向ければ、ナタリヤさんが朝食をちょうど作り終わったところのようだった。
トースト、スクランブルエッグ、ベーコン、サラダ、ホットミルクがおさまったプレートが目の前に運ばれていた。
「いただきます」
トーストをかじり、スクランブルエッグをスプーンで口に放り込む。うまい、七年食ってきた味だ。これとさよならするのは少しつらいものがある。
「やっぱうまいなあ」
「やっぱっていうかあんたほぼこれしか食ってないでしょうに」
その通りだった。実際よほどのことがない限り俺はこのメニューを食っている。前世の頃から朝飯は基本これだった。体にしみ込んだ習慣っていうのはこうも抜けないのかと自分でびっくりしたのを覚えている。
「ほう、お前さんやはりここを出るつもりなのか」
その言葉にフォークが止まる。
声をかけてきたのはこの宿屋を経営している夫婦の夫であるところのバッハさんである。
「あはは、ホントはこのあと話すつもりだったんですけど。ちなみになんでわかったか教えてもらっても?」
「簡単だ。おぬしの部屋でごそごそと音が聞こえてな。荷物の整理をしているのじゃろうと思ったが、いかんせん確信がなくてな。じゃが今のおぬしの朝食を食べた反応から、哀愁の意を読み取った。そして今の質問でかまをかけた。それだけじゃ」
それだけじゃという割に結構段階踏んでんな。
「あら、寂しくなるわね。ちなみになんでか訊いてもいいかしら?」
「旅に出ようと思ったんです。ちょっと変革の時が来たのかなって」
なんか厨二くさい言い回しになったな。
「まあ、頑張んな。それで出発はいつだい?」
「三日後ですね」
「あら、結構早いのね」
「こういうのはグダグダしてると期限を伸ばしちゃいますからね」
もしかしたら俺だけかもしれんが。
「その時が来たら、また伝えます」
「まあ、お前さんが決めたことなら文句は言わねえさ」
「うす」
ごちそうさまを言ってから、俺はギルドへと向かった。