十分で十分だ(小泉感)
左右の手それぞれに剣を一本ずつ握って、俺はやつと向かい合う。
心なしか、こいつにソロで挑んだ時より緊張している。
これが、仲間をもった重みってやつか。
なんてな。柄にもないことを考えてどうする。
10分だ。10分時間を稼ぐ。それが俺の仕事であり、この場で俺がやらねばならぬこと。
無理に攻撃する必要はない。相手の攻撃をいなし、かわす。ドッジボールでひたすらよけまくっていた小学校の頃と一緒だ。
奴が腕を後ろに引く。こいつの主な攻撃手段は爪だ。そして幸いにも予備動作がはっきりとしている。これをきっちりわかっていれば死なないことは万全の状態ならばそう難しくはない。
右の爪による攻撃。左後ろに下がって回避。
続いて左の爪による攻撃。これは横に飛んで回避する。
地面に当たった奴の爪が翻ってもう一度俺に向かってくる。だが遠い。首をひねってかわす。
すると今度はとびかかってきて上から押しつぶすように攻撃してきた。
「あっぶねぇ」
予備動作が少なかった。今のは危ない。
グルァァと奴が吠えた。
なんだよ、自分の攻撃が当たらなくてイラついてんのか。当たり前だ。お前のノロい攻撃なんざ当たるかよ。
それに、今ので少しだけ脳内の奴の攻撃パターンを思い出した。上からのプレスが失敗した後は
「ラウゥ」
割れた地面のかけらを俺に向かって投げ、そのまま突っ込んでくる。
同じだ。あの時と同じ。
両手で剣をふるってがれきをはじいて、奴の左右の爪による連撃を防ぐ。さっきよりペースが少し上がっているが、俺も剣を使った防御を合間合間に組み込んで、きっちり対処する。
右の爪の振り下ろしを左手の剣で外に向けてはじく。人間様は右腕の方がうまく対処するというのを経験でわかっているのだろうが、あいにく俺はその点逆なので問題なく左で対処できる。奴の腕が伸び切ったところを飛び越えるようにして逆手にした右手の剣で斬りつける。
すると怒って左の爪でもう一度攻撃を仕掛けてくるが、今度はアーマードグリズリーを上方向に飛び越えて回避する。後頭部に一撃入れてもよかったんだが、激おこになってしまうと困るのでやめておいた。
着地した直後に目線を奴に合わせると、左の爪をすくい上げるように攻撃してきたので、横に体をひねって回避する。一歩踏み込むと、今度は右の爪で突きを繰り出してきた。これは体の外側に回ってからうまく剣を当て、奴の腕をけってその反動で距離をとる。
思ったよりきつい。余裕綽々というわけにはいかないようだ。
だがそれでも、ここでしくじるわけにはいかない。あんなに堂々と俺に任せろとか言ったくせにできませんでしたでは話にならない。というかやつの攻撃の威力から鑑みて、しくじったら死ぬしな。
「グルァァ」
「おうおう。気合入ってんな。だがんなもんで俺はビビらねえぞ。来いよ!!」
勢いを付けて突っ込んでくるアーマードグリズリー。それに負けじと俺も両手の剣をしっかりと握りなおして奴の攻撃をさばき続ける。
迫りくる爪、それを防ぐ俺の剣、爪と剣がぶつかる音、爪が空気を切る音、俺の靴が地面をける音、アーマードグリズリーが地面をける音、俺の呼吸音、奴の呼吸音。
俺が感じ取る情報が減っていく。戦いに没頭していく感覚。
どれくらい時間がたっただろう。
ちょうどラッシュをしのぎ切ったその直後、右上から振るわれた奴の左の爪を右手の剣で俺は受け流そうとしたが。
ジャニ、とでもいうような音がして、俺の剣がそらされた。
あ。
マジかよ、と思う間もなく、爪が俺の肩めがけて迫ってくる。
その様はやけにスローモーションに見えた。
死んだかもしれん。やっぱ万全の状態じゃないときつかったか。
ちょうど奴の爪の先端が俺の鎖骨あたりをとらえたその瞬間。
ドスッと音がして、アーマードグリズリーの顔から槍が生えていた。
そういや、背後は装甲が薄いんだっけか。
そう思いながら、目の前にある槍を眺める。
この街で槍さばきが一番うまいのはあの人だ。つまり、
「お疲れっ、わりい遅れた」
プファルツの街二番手のパーティーのリーダーであるロムサックさんは、そう言って、にこやかに笑った。
ふと肩を見れば、血は出ているもののそれほど多くはない。致命傷まで紙一重といった具合だ。
つい先ほどまですぐそこにあった死の感覚。
それがどっかにフェードアウトしていくのを感じていた。