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第二章 第三話

 男がゴルフバッグに入っていたクラブを掴んで取り出した。

 振り上げようとしてクラブの先を壁にぶつけてしまう。


「バカだな。狭い室内でそんな長いもの振り回せるわけないだろ」

 紘彬の冷静な言葉に逆上した男はクラブを手放すとトロフィーを掴んで襲い掛かってきた。

「お、学習したな」

「犯罪者に教えるのやめて下さい!」

 如月が捕まえた男に手錠を掛けながら突っ込んだ。


 紘彬はトロフィーを持っている腕を掴むと足払いを掛けた。

 男が体勢を崩す。

 紘彬は掴んだ腕を男の背に回すようにすることで身体を反転させ、うつ伏せに倒れさせた。

 手首を軽く(ひね)ってトロフィーを手放させる。

 紘彬は部屋の中を見回した。

 そこへ連絡を受けた制服警官達がやってきた。


「お、ちょうど良かった、手錠頼む」

 見知った顔に気付いた紘彬が巡査に声を掛けた。

 紘彬の思惑を知っている巡査が苦笑いを浮かべる。

「桜井警部補、こいつ、来月結婚するんで……」

 と言って隣にいる巡査を()した。

 手錠を掛ければ結婚式のスピーチで上司が「新郎は先月、犯人を逮捕しました」と言える。

「そうか、じゃあ、頼んだ」

 紘彬が頷いてみせると巡査が手錠を取り出した。

「ついでに報告書……」

「この場にいなかった巡査に報告書は無理です!」

 如月が再度突っ込んだ。


「あのパトカー、うちのじゃないよな」

 家の外に出た紘彬が強盗犯を乗せて去っていくパトカーを見送りながら言った。

「広域強盗事件は警視庁の担当ですから」

「なんだよ、危険な仕事は俺達にやらせて手柄は自分達のものかよ」


 手柄()げるの嫌がってる人がなに言ってんだか……。


 如月は呆れた視線を紘彬に向けた。


「手柄はともかく、住民の安全を守るのが自分達の仕事ですから」

 如月は紘彬と共に覆面パトカーを置いたパーキングエリアに向かいながら答えた。


 団藤から連絡を受けた時、紘彬は覆面パトカーに向かって走りながら、

「なんで急ぐのにサイレン鳴らさなかったり離れた場所で降りて歩いてくんだ?」

 と訊ねた。

「闇サイト強盗の実行犯のスマホにあった住所にアポ電が掛かってきたんだ」

 団藤が答えた。


 警視庁は捕まえた強盗から押収したスマホにあった住所と都内で起きた強盗事件の住所を突き合わせた。

 広域強盗で逮捕されている実行犯は一人ではない。

 それぞれのスマホを調べて、そこに載っていた住所を残らずリストアップして入念にチェックした。

 そして事件の報告が無い住所は全て管轄の警察署に連絡して無事を確認しに行くように指示した。


 各警察署は連絡を受けた住所に警察官を派遣して何事も無かった事を確かめた。

 そのうちの一件が新宿だったのだ。

 そこに住んでいたのは一人暮らしの初老の男性だった。

 念のため警察から離れて暮らしている家族に連絡すると、心配した息子は一時的に泊まり込む事にして父にそう連絡した。

 ただ、どうしても外せない仕事があったので泊まるのは明日からの予定だったのだが、父の事が気掛かりで仕事が手に付かなかったため上司に事情を話して有休を取らせてもらい一日早く訊ねた。


 息子が父の家に行って何も異常がないか訊ねると、警察から資産状況などを質問されたというのだ。

 いわゆるアポ電と呼ばれるものである。

 男性は預金残高や金庫に通帳などが入っていること、明日から息子が泊まりに来る事などを答えてしまったという。

 それを聞いた息子が慌てて通報してきたのだ。


 明日から息子が泊まりに来ると聞いたなら一人でいる今日のうちに襲おうと考える可能性が高い。

 そこで男性と息子には急いで家から離れるように伝え、近くを警邏(けいら)中の警察官と刑事を急行させて二人を安全な場所に誘導した。

 その時、待ち伏せさせてくれるよう頼み、鍵を借りて警察官達が家に向かった。

 周辺の家にいる人達も犯人に気付かれないように私服の警察官がさり気なく避難させた。

 そして家の中に刑事達が、周辺の物陰には制服警官達が取り囲むように配置されたのである。

 紘彬達もその応援に加わるために現場に向かうよう指示されたのだ。


「まぁ、犯人逮捕出来たしこれで解決だよな」

「あいつら実行犯ですよ。バイトですから指示役を捕まえない限り新しいヤツ雇って何度でも同じ事しますよ」

 如月の言葉に紘彬がうんざりした表情を浮かべた。


「蒼治君!」

 家に向かって歩いていた蒼治は桃花の声に振り返った。

「桃花、今帰りか? なんだか嬉しそうだな」

「今度、叔母さんが来るの。そのとき今井さん紹介してくれるって」

「今井って?」

「すっごい有名なヴァイオリニスト。世界中でコンサートしてるんだよ!」

 桃花が顔を輝かさせて言った。

「そっか、良かったな。桃花、ヴァイオリン好きだし、叔母さんも有名なヴァイオリニストなんだろ」

「そうだよ。私も叔母さんみたくなりたいけど……」

 桃花は表情を曇らせた。

「どうした?」

「叔母さんから一緒に住もうって誘われてるの」

「それ、チャンスだろ! 有名なヴァイオリニストと一緒に住んで教えてもらえるわけだし」

 それに有名な音楽家と知り合いの叔母と一緒に暮らしていれば桃花もそう言う人達に顔と名前を覚えてもらえる。

 何かの最終選考に残った時、腕が同じくらいなら知り合いの方を選ぶ可能性がある。

 そうでなくても色々と便宜(べんぎ)を計ってもらえるかもしれないことを考えると叔母と暮らすメリットは(はか)り知れない。

 純粋にヴァイオリンが好きで叔母に憧れている桃花にそんな打算的な話は出来ないが。


「うん、でも外国だから……」

「どうせ桃花と同じ高校に行く友達はいないんだろ。中学の友達なんて高校が違ったらよほど仲良くない限り会わなくなるぞ」

 蒼治の言葉に桃花は、ちらっと左に視線を向けた。

 二人はちょうど紘一の通っている高校の校門の前に差し掛かったところだ。

 蒼治は桃花が迷っている理由を察した。

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