第九章 第五話
「じゃあ、〝あんたじゃない誰か〟でいいよ。〝あんたじゃない誰か〟が闇サイトの指示役に政夫氏は会社の社長で大金持ちだと吹き込んだ」
政夫は高級品を取り扱っている会社の役員で裕福で高級外車に乗っていると。
金融機関を信用していないから自宅に多額の現金や高価な宝石が多数置いてあるとも。
政夫氏の会社の倉庫には高級品が大量に置いてある、と言って倉庫の暗証番号を教えた。
闇サイトの指示役が、試しにその倉庫にバイトを行かせてみると教わった暗証番号で中に入る事が出来、聞いたとおりの商品が大量に置かれていた。
盗み出した物は高く売れた。
遠藤がコンピュータに詳しい小林次郎に指示して政夫の資産状況を調べさせると確かに預金額は少ないし株などの金融資産もほとんどない。
ならば自宅に保管しているという事だ。
〝誰か〟は田中はケチだからセキュリティ会社とは契約しておらず、セキュリティ会社のシールは防犯のために貼ってあるだけだとも言った。
遠藤がバイトの一人を下見に行かせると教わったとおりの車種の高級外車が車庫に止まっていた。
もう一度盗みに入ろうとしたら暗証番号が変更されていたので〝誰か〟に聞くと新しい暗証番号を教えてくれた。
そのとき〝誰か〟は、一家三人を全員を殺してくれるなら家にある金庫の暗証番号を教えると言った。
その金庫の中の金品が殺しの依頼料だと。
暗証番号を教えるのは家に入って全員殺害した後だと言われたから、〝誰か〟に金庫の場所や暗証番号を聞くにしろ、田中政夫から聞き出すにしろ外車が車庫に止まっていて政夫が在宅しているときに押し入る必要がある。
それで遠藤は河野達に指示して車庫に車が止まっている時に田中政夫の家に押し入らせた。
だがいざ押し入ってみたら金庫は無い。
巧妙に隠してあるのだと思って口を割らせようと暴行したものの、本当にないと言うばかりなので河野の連絡を受けた遠藤が〝誰か〟に電話を掛けて、殺したから金庫の場所と暗証番号を教えろと言ってスマホのカメラで政夫達の映像を見せると電話が切れてしまい、何度掛け直しても出なかった。
そのうちに玄関を開ける音がして河野達は何も盗れないまま逃げ出した。
河野達の報告を聞いた遠藤が〝誰か〟に再度連絡を取ろうとしたものの電話は通じずアカウントは消されていた。
そして強盗事件のニュースで田中政夫は偶然社名と同じ名字だったと言うだけの一社員に過ぎなかったと知った。
金を払わずに田中政夫一家を殺させるために政夫が勤めていた会社の倉庫の暗証番号を教えて金持ちだと誤解させたのだ。
一杯食わされたと気付いて激怒した黒幕は躍起になって騙した者を探させた。
最初の指示役は小林次郎で、彼は〝誰か〟の身元を突き止めていた。
小林は殺されてしまったから情報はまだ黒幕の手に渡っていないし、小林のデータの中にある事も知らない。
「けど遠藤がやった犯罪の証拠のいくつかは小林が残したデータに入ってるから裁判で公開される。そうなれば当然〝誰か〟の身元も黒幕の耳にも入るぞ」
紘彬の言葉に剛の顔が強ばる。
「闇サイトは暴力団がやってる大規模な組織だし、黒幕はまだ捕まってないからな」
「う、嘘だ」
「だから、嘘なら怖がる必要はないだろ。騙したのがお前じゃないなら……」
「お、俺の名前が出たとしてもそれは俺の名を騙ったんだ」
剛が紘彬を遮って言った。
「SNSで本名なんか使わないだろ。それも犯罪を依頼する時に。どっちにしろ田中剛なんて同姓同名がいくらでもいるんだし」
「なら……」
「SNSのアカウントは作るのにスマホが必要だろ。捨てアカウント作成用に格安スマホを買ったんだろうが、格安だろうとスマホの購入には身分証が必要なはずだ。免許か何か、本人確認が出来るもの見せなかったか?」
紘彬の言葉に剛が息を飲む。
どうやらスマホの持ち主までは辿られないだろうと高を括って身分証の偽造まではしなかったようだ。
「小林はその情報を突き止めたが、お前じゃないなら仕返しの心配する必要はないな」
剛の顔が引き攣る。
おそらく政夫は商品の事を何気なく口にしてしまったのだろう。
剛とは業種も違うし他人に漏らすとは思わなかったのだ。
仮に漏らされても置いてある倉庫の暗証番号を知らなければ侵入出来ないから商品が搬入された事は言っても問題ないと思ったのだろう。
もしくは政夫は剛に言った事を忘れていたのかもしれない。
雑談の最中に、ぽろっと言ってしまったのなら口を滑らせたことに気付いてなくても不思議はない。
だが剛はその情報が利用出来ると考えた。
闇サイト強盗の組織に政夫が高級品を扱っている会社の役員だと信じ込ませれば殺させる事が出来るだろうと。
政夫について教えた事が正しければ、他の情報も間違いないと信じると考えたのだ。
それで闇サイトの指示役を騙した。
信憑性を増すために政夫から駐車スペースを借りた。
そして倉庫の暗証番号を教えた。
キーを押して入力するタイプの簡単なもので、書斎にメモがあったから政夫の家を訪問した時にこっそり部屋に忍び込んでそれを盗み見たのだろう。
駐車スペースを借りているなら家の中に入る機会はいくらでもあったはずだ。
それを闇サイトの指示役に商品の置き場と共に教えた。
指示役がバイトに暗証番号を教えて倉庫に行かせると実際に商品が積まれていた。
それで闇サイトの指示役は〝誰か〟の言ったことを信じて強盗に入ったのだ。
不確定要素は多いが、今は特に金に困っているわけではないから成功すれば儲けものという程度だったのだろう。
闇サイトのことを報道で知って遺産の取り分を増やせたらラッキーくらいの思い付きだったのだ。




