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第三章 第五話

「全身が痙攣(けいれん)して呼吸困難になるのに意識ははっきりしてるから回復するか、危篤(きとく)状態で意識不明になるまで地獄の苦しみを味わうらしいぞ。それも痙攣の原因は光による刺激だから真っ暗な部屋にいる必要があるが、拘置所にそんな部屋はないから昼間は、のたうち回ることになるんだが、ホントに()っといていいのか?」

 紘彬が淡々と説明するのを聞いているうちに斉藤が徐々に青ざめていく。

 発症したら病院へ搬送されるという事に思い至ってないらしい。

「破傷風菌はそこら中にいるから、それだけ汚れた包帯なら確実に付いてるぞ。土の汚れも付いてるみたいだから炭疽菌もいるかもな。炭素症の死亡率は九十パーセント。症状は……」

「もういい! 早くやってくれ!」

 斉藤は自分から手を出した。

 包帯が(ほど)かれる。

 紘彬は黙って医療スタッフが治療している拳を観察していた。


「おい、これで大丈夫なのか? 破傷風の薬とか……」

 手当を受け終えた斉藤が紘彬と医療スタッフを交互に見ながら訊ねた。

「お前の年ならワクチン打ってる」

「え……」

「一九九六年生まれなんだろ。なら赤ん坊の頃と小学生の時にワクチンの定期接種を受けてるはずだ。三種混合ワクチンの中に破傷風も含まれてる。それでもケガした手で土いじりしたりしてれば(かか)ることはあるが」

(だま)したのか! 炭疽菌も嘘か!」

 斉藤が激昂(げっこう)して怒鳴った。

「言ったろ。どっちの細菌もケガしてる手で土なんかに触ればワクチン打ってても感染することはある。炭疽菌は定期接種に含まれてないし」

 斉藤は取調室に連れていかれるまで思い切り不服そうな表情を浮かべていた。


「なんの容疑だよ!」

 取調室の椅子に座らされるなり斉藤が机を叩いて怒鳴った。

「暴行の現行犯だろ。こっちは声掛けただけだぞ」

 斉藤が言葉に詰まる。

「でも、せっかく逮捕令状取ったんだし読んでやってくれ」

 紘彬がそう言うと如月が逮捕状を読み上げた。

「俺はそんなビルには行ってない」

「令状に書いてある犯行現場は駐車場だ。ビルとは言ってない」

 斉藤が「しまった!」という表情になる。

 事件現場の住所にビルの名前も含まれていたのだが斉藤は気付かなかったらしい。


 消化器のセールスマンに「消防署の()から来ました」って言われると消防署の職員だって信じちゃうタイプだな……。


 如月は同情しながら斉藤を見ていた。


「その拳、素手で殴っただろ」

「だから俺は知らない! 無関係だ!」

「そうか。なら被害者から採取されたDNAはお前のものと一致しないはずだから安心しろ」

「ディっ、DNA採取は拒否出来るんだろ。俺は(きょ)……」

「包帯取り替えただろ。あれにたっぷり付いてる」

「おっ、俺の包帯(もの)から勝手に……」

「廃棄に同意したろ。捨てたら所有権はなくなる。所有者がいない物なら許可も必要ないんだよ」

 斉藤は口を開いたり閉じたりしているが言葉が出てこないようだ。


「そうじゃなくても逮捕状の根拠は防犯カメラに写った現場から逃げていくお前だ。令状取ればお前の意志に関係なくDNA採取は可能だ」

 斉藤は流石(さすが)にこれ以上は言い逃れ出来ないと悟ったらしい。

 諦めた表情で肩を落とした。


「なんで小林次郎を殺した? 小林がお前に何をした」

「叔母を殺した」

「殺した? いつ? どうやって?」

「叔母さんの名前と住所は?」

 如月の質問に斉藤が叔母の名前と住所を答えた。

「今、調べてきま……」

「無駄だよ。自殺だから」

「え?」

 踵を返そうとした如月が振り返る。


「自殺だし、病院の行政解剖とか言うので事件性無しって判断されて死亡診断書にもそう書いてある」

「行政解剖なら死亡診断書じゃなくて死体検案書だろ」

「桜井さん、そこはいいですから……」

「事件性無しって判断された自殺なんて、いくらあんた達でも把握してないだろ。原因究明とかしてくれるなら、あいつはとっくに捕まってたはずだし……」

「叔母さんは小林に何をされたんだ?」

「あいつのこと、ホントに何も調べてないんだな。殺されれば被害者になるのに、自殺は被害者じゃないのかよ」

「そりゃ……」

「小林のことは調べてる最中だよ。ただ部屋が荒らされてるから時間が掛かってるんだ」

 紘彬を遮って如月が答えた。

 空気を読まずに斉藤の神経を逆撫でするようなことを言って怒らせるのはマズい。


「荒らされてた?」

 斉藤が聞き返した。

「パソコンとか、全部壊されててデータが全く残ってないんだ。怪しい点はあるんだけどデータが見付からないから捜査が難航してて……」

「お前じゃないのか?」

「なんで俺がやんだよ。データが残ってればあいつがやったこと証明出来るのに。データが無くなってるんだとしたら、あいつの仲間が()ったんだろ」

「仲間って? 小林は何をしていた?」

「振り込め詐欺の指示役だよ」

「振り込め詐欺って闇サイトって事!?」

 如月が声を上げた。


「そうだよ。あいつ、ネットでバイト募集して大掛かりな詐欺やってたんだ」

 言葉巧みな作り話に騙された叔母は複数回に渡って三千万近い金を渡してしまっていた。

 警察に相談して詐欺だと分かり被害届を出した時には貯金は底を()いていた。

 斉藤は叔母に悪いのは騙す方であって騙される方は悪くないと言って慰めたが他の者達は違った。

 叔母の息子も含め、親戚達は騙された叔母を非難し冠婚葬祭に呼ばなくなった。

 周りの人達から次々と縁を切られ口も聞いてもらえなくなった。

 起業するにあたり母親の金を当てにしていた息子は、無一文になった母に腹を立てて寄り付かなくなり叔母は周囲から孤立した。

 味方は斉藤だけだったが彼は普通のサラリーマンだったから平日は側に()てやることが出来なかった。

 一人で自責の念に(さいな)まれ続けた叔母はある日、自ら命を()った。

 土曜に会いに行った時、チャイムを鳴らしても出てこない事に不安を覚えて大家に頼んで鍵を開けてもらって中に入ると叔母は首を()っていた。

 救急車を呼んだものの、身体は冷たくなっていて、手遅れなのは医者でなくても分かった。

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