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第三章 第四話

 曾祖父だけなら今回の祖父同様、殺鼠剤の取り扱いミスと見做(みな)すことも出来ただろう。

 同じ家に住んでいたのだし、祖父の使っていた殺鼠剤は古かったから曾祖父が使っていたものだとしてもおかしくない。

 だが離れた場所に住んでいる人達が同じ時期に同じ症状で亡くなっているとなると、健康被害が起きるような薬品か食品以外では誰かに毒を盛られた可能性が高い。

 今は使われなくなったが昔は殺鼠剤にタリウムが使われていたから毒殺によく使用されたし誤飲(ごいん)による事故も多かった。

 だから殺鼠剤にタリウムが使われなくなり、入手も厳しく制限されるようになったのである。


 問題は戦友と一緒に毒殺されたとしたらその理由だ。

 同じ戦地に行っていたから戦場での恨みと言う事も考えられなくはないが、戦後二十年以上()ってからと言うのが()せない。


 一緒に復員してきたのは曾祖父を含めて六人だが一人は帰国してすぐに死亡通知が来ている。

 そして残った四人が同じ頃に死んでいる。

 一人は事故死、その直後に曾祖父を含めた三人が病死、一人だけ無事だったから、その一人が三人に毒を持った可能性は除外出来ない。

 だが毒殺なら二十年も待つ必要はないはずだ。


 かと言って、それぞれ別の理由で違う人から同時に同じ方法で殺されたというのも考えにくい。

 今のところ日記にはそれらしいことは書かれていない。

 日記に書くことすら(はばか)られるようなことを部隊ぐるみでしていたのだとしたら復員後に戦友同士の付き合いなどするだろうか。


 日記では特に屈託もなかったようだが……。


 かといって戦後に一緒になって何かを仕出(しで)かしたとも思えない。

 少なくとも曾祖父は金に困ってはいなかったはずだし、他の動機は思い付かない。

 曾祖父が死んだのは六十年代、高度成長期である。

 バブル期ほどではないにしても都内の地価は高かった。

 曾祖父は自宅の他に早稲田に道場を持っていたのだ。

 金に困っていたなら早稲田の道場を真っ先に手放していたはずだし、今の家だって新宿の住宅地なのだから売れば当時でもそれなりの金額になっていただろう。

 早稲田は都内では比較的安い方だが、それはあくまで都内の他の場所と比べた場合の話だ。


 バブル期は地価が高騰したため固定資産税の捻出(ねんしゅつ)に苦労したと祖父から聞いている。

 その地価を高騰させた地上げ屋にバブルが弾ける直前の最高値で土地を売り付けて巨額の不良債権を掴ませてやったと祖父は得意満面の笑みで言っていたが。

「先祖代々の土地手放しちゃって良かったのかよ」

 と聞いたところ、元々道場があったのは別の場所で、空襲で焼けてしまったから戦後に曾祖父が早稲田に土地を買って建てたとの事だった。

 それはともかく、曾祖父が親しくしていた戦友は警察幹部になった一人だけだ。

 他の四人とはそれほど深い付き合いではなかったようなのだが。


「おい、駐車場の殺人事件の被疑者が判明した」

 電話を切った団藤が言った。

「桜井、如月、逮捕状が届いたら向かってくれ。巡査も同行させる」

 団藤の言葉に紘彬と如月は急いで昼食を片付けた。


 古いマンションの駐輪場で男が自転車の脇にしゃがみ込んでいる。

 自転車を修理しているらしい。

 右手に汚れた包帯を巻いている。

 紘彬は身振りで如月と二人の巡査に男を取り囲むように促した。

 三人が男の退路を(ふさ)ぐ位置に移動する。


「斉藤洋一さん?」

 紘彬の声に顔を上げた男は制服警官に気付いた瞬間、横に置いてあった自転車のチェーンを掴んで立ち上がると横に()いだ。

 紘彬が(あらかじ)め巡査に借りていた警棒で払う。

 鎖が巻き付いた警棒を思い切り引き寄せた。

 男が体勢を崩し掛ける。

 だが、すぐに鎖を手放すとそのまま殴り掛かってきた。

 紘彬は一歩後ろに下がりながら右足を引いて(たい)を開くと目の前を通り過ぎた腕を掴んで男の背中に回した。

「いてて……」

 男は藻掻(もが)いたがすぐに巡査達が男を壁に押し付けて後ろ手に手錠を掛けた。


 紘彬は斉藤を伴って警察署に入ると取調室ではなく医務室に連れていった。


「包帯が汚れてる。取り替えてやってくれ」

 紘彬は如月に手錠を外すように言って医療スタッフに声を掛けた。

「余計なお世話だ! ()っといてくれ!」

 斉藤は医療スタッフの手を振り払う。


「お前が破傷風(はしょうふう)で死んだら職務怠慢だって叩かれるのはこっちなんだぞ」

「そんなこと俺には……!」

「最近、肩や首が()ったりしてないか? ケガした手に違和感は?」

「え……」

「破傷風の初期症状。ケガした辺りの異常感覚や首筋や肩の辺りの緊張感。破傷風は健康な成人でも死亡率五十~六十パーセント、つまり半数以上は死ぬんだ。普通のインフルエンザ――季節性インフルエンザの死亡率が大体〇・一パーセント未満、致死率が高いとして警戒されてる新型インフルエンザ――例えば昔のスペイン風邪なんかでも死亡率は十パーセント未満だったんだから破傷風がどんだけヤバいか分かるだろ」

 別に破傷風ではなくても肩や首が()る人間は多いし、素手で殴ったのなら骨折までいかなくてもヒビくらいは入っているだろう。

 痛みがあるはずだから普段と違う感覚なのは当然だが医学の知識がない人間が聞けば思い当たるような気がしてしまう。

 予言や占いなど、何にでも当て()まるような抽象的なことを言っておけば聞いた側が「この事か!」と勝手に解釈して当たったと考えるのと同じである。

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