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第三章 第三話

 紘彬と如月は駐車場で殺された小林次郎の職場に来ていた。


「小林さんは家では一切仕事をしていなかったのでしょうか?」

 如月が小林の上司に訊ねた。

「クラウド上に保存したデータを自宅で編集するとかメールで仕事の連絡をするとかネットが必要になるようなことは……」

「してましたよ。ここに来る必要のない仕事などは出勤せずに在宅でやってましたから。ネット会議なんかもしてましたしメールでの打合せもしょっちゅう……」

「え、そんなに?」

 如月は鑑識に連絡して小林の自宅内を撮った写真を自分のスマホに送ってもらった。

「会議の時の背景はここでしたか?」

 そう言って上司にスマホ画面を見せる。

「棚に色々並んでましたが……ここだと思います」

「小林さんが使っていたパソコンを見せて頂いてもいいですか?」

 如月は上司の承諾を取るとパソコンを操作し始めた。

 その間、紘彬は勤務先の仕事内容に関する書類に目を通した。


 紘彬と如月は署に戻ると既に帰ってきていた団藤に報告した。


「ネット?」

 団藤が聞き返した。

 如月は小林が自宅で仕事をする時、ネットを利用していたという話をした。

 被害者の自宅からはモデムもルーターも見付からなかった。

 ポケットWi-Fiは契約していなかったようだしスマホでのテザリングも使用量を見る限りほとんどしていなかった。

 警察が見付けていない口座からの料金引き落としか振込でポケットWi-Fiか別のスマホを契約してそれを使っていたのでもなければ自宅ではネットを利用出来なかったはずだ。


「本当にネットが出来ない環境だったのか?」

 鑑識からそう報告を受けているが、念のため団藤が如月に確認するように訊ねた。

「今申し上げたように警察が知らない口座引き落としでポケットWi-Fiを利用してたとかなら有り得ますが……」

「パソコンから調べられないのか?」

「デジタルデータというのは記録媒体を物理的に破壊されてしまうと……」

 メモリカードの類は発見されなかったし内蔵ストレージは壊されていた。

 鑑識によると外付けのものも破壊されていたらしい。

「桜井は? 何か気付いたか?」

「仕事の内容は特に犯罪に関わりそうなものは見付からなかった。それ以上は経理とかに詳しい人間に調べてもらわないと分からないな」

 紘彬の言葉に頷くと、団藤は上田と飯田の方を向いた。

「お前達は何かあったか」

 団藤の問いに上田達が報告を始めた。


 紘一が学校から帰ってくると自宅の前で花耶と桃花が立ち話をしていた。


「紘一、ちょうど良かった」

 花耶が紘一に気付くと声を掛けてきた。

「桃花ちゃん、叔母さんが出演するコンサートに行くらしいんだけど、あんた一緒に行ってあげて」

「姉ちゃんは?」

「私でもいいけど、女二人より男の子が一緒の方が絡まれる心配が少ないでしょ」

 花耶も剣道と合気道の有段者だから、そこらのチンピラ数人程度なら絡まれたところで撃退出来るのだが、紘一と一緒ならそもそも絡んでくる者はほとんどいないだろう。

 基本的に女の子に絡んでくるような人間は相手を見て判断する。

 そういう人間は男が側にいるだけで近付いてこない場合が多い。

 つまり紘一と一緒の方が危険な目に()う確率が低いのだ。

「紘ちゃんはクラシックとか興味ないかもしれないけど……」

「いや、俺でいいならいいよ」

「ホント!?」

 桃花が嬉しそうな表情になる。

「じゃあ、今度の土曜日にね」

 桃花はそう言うと帰っていった。


 昼飯時、紘彬は自分の席で何かを読んでいた。

 何やら難しい顔をしている。


 紘彬は不意に顔を上げると、

「如月、一九六〇年代に集団で健康被害が出た事件、検索出来るか?」

 と訊ねてきた。

 紘彬の言葉に如月はキーボードを打った。


「サリドマイドは関係ないですよね?」

「男は妊娠しないからな。あれは悪阻(つわり)の薬だから」

「そうなると薬品はペニシリン、スモン、風邪薬くらいです」

「食品……は数が多すぎるか……」

「はい」

 キノコや山菜を含め食品による健康被害は数が多い。

 飲食店などによる食中毒事件も年に何件も報告されている。

 ただ薬害や市販の食品による健康被害でもない限り、同じ料理を一緒に食べたのでなければ離れて住んでいる人間が同時に発症するというのはかなり確率が低い。

 紘彬は溜息を()いて本を閉じた。


「それは何かの専門書ですか?」

 本と言うより分厚い手帳という感じの大きさだが。

「いや、これは曾祖父ちゃんの日記」

 紘彬が日記を机の上に置いた。

「祖父ちゃんが南方のネズミとか言ってただろ」

「ネズミから感染する伝染病に心当たりでも?」

「それはあるんだが……祖父ちゃんは古い殺鼠剤によるタリウム中毒だっただろ。うちにあったんだから曾祖父ちゃんが同じものを使っててもおかしくはないんだが……」

「何か引っ掛かることが?」

「曾祖父ちゃんや戦友達が同じ頃に死んだって言ってただろ」

「はい」

「曾祖父ちゃんが死んだのは復員してきてから二十年以上も()ってからなんだ」


 感染症の中には潜伏期間の長いものもあるし帯状疱疹(たいじょうほうしん)のように免疫が落ちない限り発症しないものもあるが、曾祖父と戦友が同時に発症したというのが()に落ちない。

 それだけ潜伏期間が長いものなら個体差が出るはずだから発症時期が偶然同じというのは相当確率が低いし、その症状が今回の祖父と同じだったというなら曾祖父と戦友達もタリウム中毒と考える方が自然だろう。

 タリウム中毒は診断が難しくて見落とされがちだし、紘彬も殺鼠剤を見なければ疑わなかった。

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