プロローグ
ジャンヌは馬鹿である。
ロクに字も読めない農家の娘なのにある日突然、
『神の声を聴いた』
などと言い出して、今こうしてシャルル王太子との面会に向かっているのだから。
そんなジャンヌに請われて同行しているオレもまた、馬鹿なのだろう。
まったくもって、どうかしている。正気の沙汰ではない。
オーモンデュー!(おお神よ!)
とはいえ、オレはジャンヌと違い神の存在を信じているわけでもなければ、神の啓示なんてものも信じていない。
単に頭の悪い隣人であるジャンヌの先行きが、心配だっただけだ。
オレはジャンヌと同じくフランス東部のドンレミ村出身で、彼女と同い年の十七歳。
ジャンヌより学はあるつもりだが、他にこれといった特徴があるわけでもない普通のフランス人だ。
その祖国であるフランスは現在百年戦争の真っ最中であり、イングランドの野蛮人どもにボコボコにやられて国土の半分が占拠されてしまっている。
そんな状況を誰かに何とかしてほしいとオレも思ってはいるが、農家の娘のジャンヌに何かをしてほしいとも、彼女に何かができるとも思っていない。
ジャンヌはただの農家の娘だ。いくら信仰心が篤くとも、何か特別な力があるわけでもない。
『神の声を聴いた』というのも、きっと寝惚けて何か勘違いしたのだろう。
お馬鹿さんには、早く目を覚ましてほしいものだ。
とはいえ、ジャンヌが熱心なカトリック教徒であるのは間違いなく、今のところ自らの手でイングランド軍を駆逐するという考えを変える様子はまったくなかった。
「ネル、ちょっと遅れてるわよ。もう少し早く歩きなさいよ」
面会場所であるシノン城が見えてきたところで、隣を歩くジャンヌから文句を言われた。
「いや、お前が急ぎすぎなんだ。焦らずもう少しペースを落とせ」
そう応じつつも、オレは歩く速さを心持ち上げた。
侵略者から全力で国を守ろうとしているウクライナを応援しています。