侍と296歳
「おらっ!何処へなりとも好きにいくがいい!!ララバール王の温情をありがたく思うんだな」
荷車が止まるや否や、みの虫姿のまま外へと放り投げられた。「ほら、もう一匹っ!!」と宙に投げ飛ばされる小さき小人を拙者の腹でなんとか受け止める。
「貴様っ! このような小さき幼子にまで手を上げるとは! ……っ!! ま、待てぇい!!」
叫びも虚しく甲冑軍団はあっという間にその場から消え去っていった。
「かーっ! 逃げ足が早いとはまさにこの事!」
「あ痛たたたーなのら」
「むっ、リリデルとやら! 大丈夫か?」
しかし拙者、声をかけることしか出来ぬ。
体を起こしてやりたいが、みの虫状態ではいかんせん手も足も出んのだ。
「だ、大丈夫なのら。まったく、酷い目にあったのら! 早くこんなロープとはおさらばするのら!!」
そう言ってうねうねと動く小人、リリデル。
しかし次の瞬間、パサっと音が聞こえるとリリデルの縄がほどけ地面に落ちていった。
「なぬっ!? 縄脱けの術でござるかっ?
やはりお主、妖術使いでござったか!!」
「ヨジュツ使い……? なんの事なのら? そんなことより早くこの森から出るのら! ここは危険なのら!!」
リリデルは拙者に近寄り、腕を振り下ろすとスパッと縄がほどけていった。いやはや、間近で見ると感動である。
して、この森は何処へ向かえば良いやら。
木や草が折り重なるように伸び、今が昼なのか夜なのかも解らぬ暗さ。これでは方角も解らんではないか!
「追跡、具現化!」
拙者が周りを見渡すなか、リリデルが何かを唱えた。すると、地面に無数の足跡が浮かび上がる。そのうちのいくつかは、先程の甲冑軍団が歩いていった方へと続いているようだ。
「さぁ! 足跡が消える前に後を追うのら。きっと森を抜けられるのらっ!!」
そう言って走り出すリリデルに遅れまいと、拙者も後を追った。
それにしてもこのリリデルとかいう小人、まこと不思議な術ばかり使いおる。
背は拙者の膝下位しかなかろうに、しかし、その技量と度胸は並々ならぬ大きさだ。若いながらにさぞ苦労をしたのであろう。
思わず涙がホロリ。いや拙者、苦労話には涙もろいのである。
「グスっっ……。り、リリデルとやら、お主なかなかに才溢れる小人であるが。齢いくつとなるのだ?」
「僕のことら? ……そういえば自己紹介もまだだったら! 僕の名前はトゥック・リリデル、妖精族なのら。年は……確か296歳になるのら。足腰が弱くなるし、歳はとりたくないのら!」
ほぅほぅ。笛有属とな。縦笛か何かの類いなのか?
して、年齢が296……
「にっ、にひゃくきゅうじゅうろくっっ!?」
「そんなに驚く事なのら? 僕達、妖精族はちょっぴり長命なのら。900歳位まで生きられるのら! そんなことよりも――」
かっ、かははは。
なんの冗談でござるか。拙者、やはり相当に頭をやられておるな。珍妙な格好の奴らに珍妙な景色、挙げ句、珍妙な年齢の妖術使いときた! 狐に化かされておるのか、いやそうに違いない。
「もうっ! 僕の話し聞いてるのらっ?」
そう言って拙者の着物の裾を引っ張るリリデル殿のお陰で、なんとか正気を取り戻した。
「す、すまぬっ! して、なんと申した?」
「もーっ、ちゃんと聞くのらっ!! さっき盗視で見たけど、『侍』ってなんなのら?名前も難しくて読めなかったのら」
「むっ、申し遅れた。拙者、与太丸でござる。和風剣術の使い手で旅をしながら日本各地を回っておったのだ。侍というのは、刀で人を守る武人――まぁ、そのようなものだな。自分でいうのもアレだが……拙者なかなかに強者でござるぞ!」
「ヨタ・マルさん……変わった名前なのら。刀ってその腰の剣のことら? ってことは、剣士さんってことら!」
「むぅっ……ま、まぁ、剣士とそう変わりはないでござるな」
「でもニホンなんて初めて聞く所なのら。やっぱり異世界の国は面白い名前なのら」
異世界……何やらあの胡散臭い召喚神とやらも同じようなことを言っていたな。
「一体、異世界とはなんのことぞ?」