【53杯目】潜入⑥
― 千冬視点 ―
私は失神した貴族令嬢を抱いていた。
辺りを見渡すとひとりの執事から声を掛けられ、案内される。
案内された先には横になれるよう整えられたベンチがあり、そこに令嬢を寝かせる。
寝かしたところで親らしい壮年の貴族男女が令嬢に駆け寄っていった。
遠海さんの方を見ると警備の私兵から事情聴取を受けている様だ。
侯爵に意見具申したこともあり、幸いにして不利はこうむっていない様に見える。
安心して、ふと横を見ると数名の貴族令嬢が私に対して何やら熱い視線を送っている。
ああ、いつもこういう視線は女性ばかりだ…という愚痴は置きつつ、貴族令嬢方に近づいた。
「突然お声がけしてしまって失礼致します。皆様、ご無事でしたか?」
「「「…あ、はい」」」
そのうちのひとりの令嬢が躊躇いながらも意を決したかのように問いかけてきた。
「あの、お姉様。お名前をお聞かせませんでしょうか?」
「私ですか?名乗らずに失礼しました。雪宮千冬と申します。しがない傭兵部隊で副長を務めています」
「「「千冬お姉様…」」」
「ところで伺って宜しいでしょうか?伯爵令息のことですが…御気分が悪ければ無理強いは致しません」
一拍置いた後、話し始める御令嬢方。
こういう貴族の方々で特に女性は噂話が大好きだ。
「亡くなった方にこう言っては悪いのですけれど…あまり評判のよろしい方ではありませんでしたわ」
「よく金に糸目をつけず、豪遊されていると聞いてますわ、私も」
「そうね、私が聞いたところでは言い寄られた方は数知れず、親の権力の笠に着るとも言われていますわね」
「あ、私も言い寄られたことが……」
一番小さな可愛らしい令嬢が少し震えながらも答えた。
顔色が青ざめていく。
令嬢を落ち着かせようと、片膝を折り、手をそっと取って語り掛ける。
「何かあれば私にもご相談を。これでも私の所属は帝国有数の部隊です。きっとお力になれますよ」
優しく微笑み、じっと目を見つめる。
令嬢の震えていた肩が徐々に収まり、呼吸が整ったところで話を元に戻し、質問を続ける。
「それで、その時に何か他に言われたことはありませんでしたか?」
「ええと……『お金ならいくらでもある、もっと上を目指していて、もうすぐ手が届くから不自由はさせない』だったかしら」
私は少し考える。
金銭、地位……伯爵令息の力は親のすねとは違う。
何かが動いており、今回はその結果なのだろう。
「ありがとうございました。何か頼りたいことがあれば、傭兵部隊『嵐の傭兵団』までご連絡を」
貴族令嬢方を近くの椅子に座らせ、立ち上がると遠海さんの方へ向かうことにした。
令嬢たちの名残惜しい視線が背中を刺したが、振り払って歩き出す。
向かう途中で何人かの参加者にも話を聞いたが、目立った情報は得られなかった。
一度、情報整理と方針確認が必要だと感じていた。




