【49杯目】潜入②
会場は遠くない場所であったが、わざわざ馬車で向かう。
こういうところが貴族の格式なのだろう。
会場の建物前に馬車が到着すると遠海さん(夜叉騎士)は先に降り、私をエスコート。
紳士を装っている。
階段を上がり、正面玄関からロビーに入ると既に数名の男女が談笑していた。
それを横目に会場へと歩を進める。
「ほう、遠海ではないか。こんな場に姿を見せるとは珍しい。
しかも、麗しい女を連れているとはな。そなた、その女を紹介してくれぬか?」
会場の部屋に向かう廊下で一組の男女に出くわし、その男は気軽に声をかけてきた。
「男爵様におかれましては、ご機嫌麗しゅう御座います」
「まだ会場にも入っておらぬだろう。それに、我らの仲だ。かしこまる必要はないぞ、遠海。
…で、その女は何者だ?」
「挨拶すると良い」
私はカーテシーをしてから改めて挨拶をする。
「男爵様、失礼致します。『雪宮千冬』と申します。私は『嵐の傭兵団』というしがない団の副長をしております」
「おお、そうか。そなたがか。噂に聞いておるぞ。武勲目覚ましく、帝国軍団長クラスまでの地位にあるとか。
こんな麗しい女性がそこの副長をやっておるとは聞いておらんぞ」
「恐悦至極に御座います」
私は丁寧に礼をする。
しらばっくれてやがるな、遠海さん。
私は心の中で舌打ちをした。
男爵は話を打ち切ると隣の女性は一言も発せず、綺麗なカーテシーと微笑だけを置いて、男爵と共に去っていった。
二人が去った後、私は聞く。
「どういう関係ですか?」
「あちこちで世話になっている。特に情報源として、な」
冷めた目で去った先を見つめたまま、表情を変えずに口の端の片側だけを吊り上げる遠海さん。
それだけではないな…と思ったが、特に口にしない。
私にもそういう関係の奴はいるしな。
それ以外には知り合いはいないらしく、声を掛けられずにすんなりと会場の前まで到着する。
私たちが到着すると私兵と推測出来る豪奢な制服の門番が会場の門を開けた。
「あーーっ!千冬お姉様!」
ひとりの令嬢が寄ってきた。
どこかで……あっ、私のファンクラブの一人だ。
こいつ、身分が分からないと思っていたが、お貴族様だったのか。
貴族の令嬢が大きな声を上げたものだから、好奇の目に晒される。
近くの人間はこちらを注目していた。
「しーーっ、声が大きいよ」
「あっ、失礼しました。ご機嫌麗しゅう、千冬お姉様」
先程の女に見劣りしないカーテシーをする千冬の妹を自称する貴族令嬢。
私がカーテシーを返したところで、聞いてきた。
「そちらの男性はどなたですの?お姉様。ご紹介頂けますの?」
「侯爵令嬢様、失礼致しました。初めまして、私は『遠海』と申します」
「あなた、遠海さんなのね?お父様が世話になっていると聞いています。よく来てくださいましたわ」
えっ?と一瞬、遠海さんの顔を見てしまった。
遠海さんは表情と姿勢を崩していない。
内面も特に変化がなさそうだ。
(知っていたんですか?)
(いや、知らん。周りの態度から推測しただけだ。このパーティーは主催者の侯爵以外に伯爵より上の爵位は参加していないと聞いているし、上に間違う分には問題あるまい)
(よくまあ、それで態度に出さずに話が出来ますねぇ)
「何をこそこそと話しているんですか?お姉様」
「いや、大したことではないですよ、侯爵令嬢様」
「あ、お姉様。私のことはいつもの様に呼んでくださいませ」
「そうはいかないでしょう。皆様が見ていらっしゃいますよ」
「はぁい。あ、お父様とお母様が呼んでる…それではまた、御機嫌よう」
そう言うとお互いに礼をした後で去っていく自称妹令嬢。
「それで目的の人物は?」
「いや、伯爵令息がまだ来ていない様だ。パーティーも始まってはいないし、商家二人の動きもない。少し待たせて頂こう」
「了解」
確かにまだ予定時刻には早い。
こう見回してみると、早い時間ではあるが結構な人数がいる。
侯爵の交友関係の広さが窺えた。




