【42杯目】夜叉騎士の受難⑦
― 夜叉騎士視点 ―
部屋の中央付近に設置された簡易ベットへ横になるように指示を受ける。
被験体が動き回っていては碌に調査も出来ないだろうからな、当然だ。
「うむ、諒解致した」
まずは触診にて確認される。
筋肉の質の手触り、体毛の手触り、耳の手触り、そして、ひげの手触り……やけにもふもふと触診が多くないか?
ケモナーではあるまいに…いや、その風潮があったな。
若干、紅潮した顔を正すと改めて検査を始める女。
体毛の採取について小官の了承を取り、鋏で採取するのとは別に軽くブラッシングして取れた体毛も検体として小瓶に収めた。
「次は採血です」
凶悪に見える、やけに太い針の大きい注射器を持ち出した。
「…いや、其の様なモノでは無かろう。小官は亡き者として果てるぞ」
「はい、冗談です」
一般的な人間に使用するサイズの注射器に持ち替える。
いや、それなら何故、ここに大きいソレがある?
やはり、あの省はとんでも思考連中の集まりなのではなかろうか。
― 千冬視点 ―
見張られている気がする。
いや、気ではない。見張られている…だ。
監視だけで敵愾心がないように感じた。
「のう、どうするのじゃ?千冬よ」
「ええまあ、特にはどうも。魔導科学省の者でしょう。敵意がありません。商売の邪魔もしそうにないですしね」
「そうか。じゃあ、妾はちぃっと遊びに行ってくるかの」
そう言うと天月は出て行った。
相変わらず、面白そうとなると首を突っ込むよな、あいつは。
…と考えていたら、すぐに戻ってきた。
魔導科学省諜報員のアルキメディア女史を連れて。
「わっはっは、情報体を伝って行ったら案外簡単だったわ。のう?」
「そう言わないでよ。高度に構築した障壁突破しやがって。あんな芸当で特定できるの、あんただけだよ。
だから現場に近い仕事は嫌だって言ったのに…」
敵愾心がないことは既に感じ取っていたので、秋音姉さんにお茶を出してもらう。
同席のメンバーがひと通りお茶をすすって一息ついたところで、改めて問い質す。
「で、だ。今回の要件は教えてくれるんだろうね?」
「んーー、いやぁ、私の口から言っていいのかな?これ」
「後の始末は団長の夜叉騎士にやらせる。クラニオ長官も黙らせることが出来る筈だ。いいな?」
「しょうがないなぁ。本当に頼むよ、部署でのことは」
「ああ、間違いないさ。それで?」
ぽつぽつと話し始めるアルキメディア。
思ったよりも大したことではなかった。
アルキメディアで問題だと思ったのは、諜報員のエースである自分が簡単に捕まってしまったこと、
諜報員にあるまじき行為である内容を喋ってしまうことの様だ。
「なぁんだ。試験薬の結果があまりにもぶっとんでたから、あの二人だけじゃなく共有させろってことか」
「なんだじゃないですよ、もう。せっかく話してあげたのに」
「ああ、悪い悪い。そっちも効能が予想外だったってのは、あの二人を見ていてもわかるさ。
だけどな、あれが全員に同じ効能が出来るかなんてわからないだろ?」
「…そう、だからの監視・調査さ。結果が良くなくてもそれはそれで分かればいいのさ。
あの二人がそちらとの約束で隠しているからな」
「まあ、ことを大きくしたくないからね、こっちは。それはそっちもだろう?」
「まあ、それはそう。なんせ、トップが『何をやっても構わないが、それだけの責任を果たせ』の有言実行の人だからね。
結果以上の問題があったら、何をやらされるか」
トップとは魔導科学省の長官であるクラニオではなく、帝国トップのエリュシオン皇帝陛下のことだろう。
「ははは、まあそれは言えるな。気になって(というより天月が面白がってが正確だが)捕まえはしたが、害がなければどうこうすることはないさ。な、天月」
「うむ、そうじゃの。ここでゆっくりしてくといい。千冬の嬢ちゃん、二人に来たこと伝えておいたらどうじゃ?」
「そうだな、ちょっと伝えてくるか」
天月にアルキメディアを任せ、席を立つ。
「おい、話があるんだが入っていいか?」
『今は大丈夫です、どうぞ』
中からの声を確認して、入口の幕を上げた。
「うわっ、すごいな。臭いが」
あちらこちらに瓶が置かれ、薬剤の臭いが充満している。
獣人化して嗅覚が鋭くなった夜叉騎士は苦々しい表情を見せていた。
「こちらにどうぞ、それで何かお話でしょうか?」
女に指定された椅子に座る。
「そうそう、伝えておきたいことがあってね。そちらのアルキメディア女史が来訪されたんだ。あんた達の研究内容が知りたいってね。
心当たりはあるんだろう?」
「やっぱりそうですか。止めても限界がありますからね、こういった話は…一応、俺の方で調整はしたつもりでしたが無理でしたね」
女の隣でうんうん頷きながら、男は話に入ってきた。
「ああ、安心していいよ。私の方で許可出ししたから、ある程度は情報が流れても問題ないさ。ですよね?団長」
「うむ、千冬の裁量に任せる。情報の管制については一任する故に頼む」
ベットで横になったまま答える夜叉騎士。
点滴や試験機配線の様な管があちこちに張り巡らされているが、まだ意識に問題はないようだ。
「おや?もう少し薬が効いていると思ったのですが、中々に耐性があるのでしょうか?」
「いや、まだこれは想定範囲内です。数値観測的にも特段、普通ですよ」
「そうかそうか。なら、もう少し観測を続けようか…と、失礼した」
話し合いが長くなりそうなところを切って、私の話の方に戻す男。
「いや、もう用件は済んだから、私は退席するよ。くれぐれも気を付けて調査してください」
「「わかりました」」
了承の返答を得たところで私は研究のテントから出て、店の方へと戻った。




