【40杯目】夜叉騎士の受難⑤
私は夜叉騎士の帰還を待っていた。
店で使用したグラスを丁寧に拭きつつ、一言も発せず静かに佇む。
店自体は閉めているため、外の灯りは消してある。
この辺りは街灯が多くなく、夜明け前にはまだ若干早い時間のため、闇が一層引き立っていた。
静かだが人の気配を感じ、私は仕事の手を止めた。
その気配は3つ。
その内、ひとりは夜叉騎士だと思われるが、いつもと足音が違う。
違和感があり過ぎる。
少しの緊張と共に入口の幕が上がることを待ち構えた。
「千冬、まだ居るか?」
現れたのは狼系獣人の少年。
それと探しに行った女と追っていた男。
たぶん…と分かっているが、戸惑い返答に窮していると更に問われる。
「分からんのか?」
「…やはり、オーナーですか?」
「分かっているではないか、お前は気配を察せよう」
思わず吹き出して笑ってしまった。
夜叉騎士は不機嫌な顔になるも、それがかえって可愛さを引き立てる。
「此の刻限で在る故、草野は未だ就寝していよう。大声は慎む様にな、千冬」
口調と容姿のギャップが激しすぎる。
なんとか笑いを収め、それぞれに状況の続きの話を求める。
女が中心となって店を出てから今までの状況を説明した。
かなり紆余曲折と荒唐無稽が入り交ざった内容だが、納得はする。
「そう、あれだね。帝国で起きる変な現象は…」
「「「『だいたいクラニオ(長官)のせい』」」」
男と女と私の言葉がかぶる。
一瞬の沈黙の後に『はははっ』『ふふふっ』と笑い声が響く。
憮然となり、ますます顔が険しくなる夜叉騎士。
少し騒がしかったのか、奥で物音がする。
誰かが起きてきた様だ。
足音からしてくーだろう。
「どうしたの?千冬おねーちゃん」
まだ眠いのか目をこすりながら尋ねるくー。
「ああ、まだ寝ていていいよ、くー。うるさくして悪かったね」
そこで見慣れない人物(狼少年姿の夜叉騎士)が居たため、くーは挨拶をする。
人見知りではあるが、挨拶をする丁寧さは秋音姉さんに躾けられた賜物だ。
「はじめまし、て?」
お辞儀ではなく、首を横に傾げる。
知った匂いと姿の違いに困惑しながら。
「…俺だ、分かるか?草野」
「みゃ、夜叉騎士おにーちゃん?
そうかな?っておもったの…いい『けなみ』だね。さわっていい?」
「うむ、程々で在ればな」
夜叉騎士が近くのソファーに浅く腰を下ろすと後ろから抱きつき、もふもふとし始めるくー。
そのまま寝そうな勢いだ。
「……すーーすーー」
意識した様子もなく尻尾でくーを包む夜叉騎士。
ずり落ちたり倒れないよう、おんぶの様に抱えながら、話を仕切り直す。
「落ち着いたところで、改めて質す。以後の行動は如何するか、だ。
先ずは調査の日程と場所の選定が必要で在ろう。小官が本来の姿へ復する見通しは調査の結果次第に為ろうか」
男と女が互いに頷き合い、女の方から口を開いた。
「そちらの話ですが、こちらの店の奥に機材を持ち込んで調査をさせて頂けませんか?
勿論、省の許可申請などの諸手続きは私の方で行わさせて頂きます。ご迷惑でなければですが…」
続いて男が口をはさむ。
「あー実はですね、元々この研究が下りてきたのはそっち(女)の方でしてね。
私は許可したに過ぎません、試験薬の処分も含めて。
それに、これにもクラニオ長官が絡んでくると面倒でしょう?」
『あーーー』という納得した雰囲気が流れる。
「此れ以上の関係者が増えぬ事、当方としても僥倖だ。御願いすると致そう」
夜叉騎士はそう結論付けた。
…まあ、そうだろうねぇ。
それはそうと、夜叉騎士が秋音姉さんへの説明をどのようにするか、ささやかに楽しみだ。




