【37杯目】夜叉騎士の受難②
少し慌てた女が私に問うた。
それに私は答える。
「…ああ、その男が私の考えている人物と同一人物なら、うちの店で食事をして、今帰ったところですが」
「ああん、もう…あっ、いえ。失礼しました。それでその方はどちらの方に向かわれましたか、教えて頂けますか?」
「確か…あちらの方角に向かったかと。大通りの方ですね」
南の方角を指差して、私は答えた。
奥からグラス空になって入っている氷の音、椅子を引く音が聞こえる。
「唐突で失礼致す。此の付近、治安が悪い故、女性の独り歩きは危険を伴う。小官が御送り致そう。
我は『夜叉騎士』と呼ばれて居る者。此の店の所有者で在り、此奴(千冬)の上司に当たる。
小官で不安が有るなら、此奴を付けよう」
おっと、びっくりした。
こういう首の突っ込み方は珍しい。
「初めまして、夜叉騎士さんのことは省内で伺っています。
傭兵ですが、帝国軍の団長クラスやクラニオ長官と同等の待遇だとか。
その容姿も話題になったことがあります。そういう事であれば心強いです、お気遣いありがとうございます」
「では、参ろう。刻を経れば何処に赴くのか、判然とせぬのだろう?」
「あ、はい。慌ただしくなってすみませんが、宜しくお願い致します」
「後は頼んだ、千冬」
そう言い残すとふたりは男の歩いて行った方へと向かっていった。
― 夜叉騎士視点 ―
女の速足の早さに合わせた形で歩きながら、問う。
「で、訪れそうな場所に目星は在るか?」
「ええ、そうですね。特に問題なければ魔導科学省に戻っていると思いますが、そうでなければあちらこちら適当にふらついて、適当な宿に入っちゃっているかもしれません」
「其れ為らば、特段の支障は無さそうだが。何故に追う?」
言い淀んだが続ける。
「……あの人は喉が弱くて、いつも『液体の薬』をポケットに入れているのですが、間違って研究中の『別の薬』を持って行っちゃったみたいなんです。持ち出し厳禁なのに」
「うむ、然らば早急に対処せねば為らんな」
Barから最も近い帝都の主要道路の一つにまで来た、大通りらしく魔導科学で作られた街灯が周囲を明るく照らしている。
「ここにもいませんね」
明るい道路周辺をひと通り窺うが、男の姿はここにもない。
この道はそのまま魔導科学省の庁舎まで続いている。
寄り道も少し考えたが、遅い時間で帰りということも考慮に入れた結果、庁舎の方に向かうことにした。
そうしてある程度歩くと女の疲れが見えて来ており、歩速が落ちてくる。
「はあはあ…」
少し前屈みになり、膝を曲げる。
首筋に汗が光り、流れ落ちた。
庁舎から店まで急いで往復してきたのだ、無理はないと考える。
「文官で在る貴殿には、この歩行速度では負荷が大きかろう。暫しの休息を取るか?」
女は頭を軽く上下させて頷き、息を整える。
「そこのあんた、大丈夫かい?」
大通りよりは少し暗めの街灯が照らす小道から、露出が激しく派手な格好をした女数名が現れて声をかけてきた。
その小道は色街への道だった様だ。
「ふぅーー…あ、はい。少しだけ疲れまして」
「無理しないようにね。この辺はまだ安全だけど、気を付けなさいな。ほら、そこのあんたも労わってやんな」
「…う、うむ」
近寄ってきた女性から香水と体臭が混ざった甘い香りが漂う。
…こういう女性は得意ではない、小官は。
そして、千冬はこういう女性たちにも好かれ、仲が良くなるのはある種の才能だろう。
仕事上だけの付き合いなら問題はないのだが。
「済まぬが、ひとつ尋ねしたい。とある男を捜索している。
モノクルを掛けた瘦身の男だ、そなたらの目に留まってはいなかったか?」
「んーー、誰か見掛けたかい?」
「わたし、見てなーい」
「あたしもー」
「あれ?わたし、見た気がする。いつだっけなぁ…十数分前ぐらいだと思うわ」
「貴重な情報の提供、感謝致す。で、其の者が向かった方角は覚えておれば、聞かせ願えるか?」
「…えっとね、そうだ。あっちよ」
こちら側とは別の大通りを挟んだ反対側の小道を指差す娼婦。
確かにその道ならば大通りをそのまま進むよりも近道になりそうだ。
「うむ、再度の情報に感謝の至り」
娼婦たちに礼を述べ、軽く頭を下げる。
威容の騎士のお辞儀に少し驚いた様子が気になったが、そちらには気にせずに向き直る。
「もう一息つかせて貰い、其の後に追うと致そう。宜しいか?」
「…ええ、それでいいわ。ここで長居は出来ないもの」
休憩を切り上げ、教えて貰った方へと向かう。
「もう夜更けだ。そなたらは慣れているとは言え、気をつけよ」




