【35杯目】千冬の挑戦③
さて、どうするか。
冷暗室に保管していた樽からエールを木のジョッキに注ぎつつ、カクテルのレシピを考える。
香りが立った方がいいだろう。
カウンターの内側にエールの入ったジョッキを置き、手に取ったのはライチリキュールの瓶。
それから、桜のリキュール、予め搾ってあったグレープフルーツのジュースとお冷にも使えるレモン水の瓶を並べた。
シェイカーにライチと桜のリキュール、そして、バースプーンで混ぜてから手の甲に一滴落とし、ひと舐め。
味・香り的には問題ないな。
シェイカーに氷を入れ、蓋をし、シェイク。
シェイクし終えたら、コリンズグラスにリキュールと数個の氷を流し込む。
そこにグレープフルーツジュースとレモン水を注ぎ、ステアした。
「お待たせ致しました、こちらになります」
ジョッキはカウンターテーブルに直接、カクテルのグラスはコースターを敷いて上に置く。
エールの麦の香りとアルコール臭、そしてカクテルの桜の香りがほのかに流れた。
「ご注文のエールとカクテルはオリジナルでライチと桜をメインにしています。食事の方はもう少々お待ちください」
「うむ、頼んだぞ」
礼と共にそう言い残し、お通しと食事の方に取り掛かる。
お通しは特に問題ない、ナッツとドライフルーツだ。
それぞれ入っている容器から数個取り出し、皿に盛り付けとは言い難い入れる程度を無言で差し出す。
それから、先程作ったスモークサーモンのカルパッチョだ。
冷蔵庫から取り出し、蓋を外す。
別皿に大きめのクラッカーを用意し、二つの皿とふたつのフォークを二人の中間付近のテーブルに差し出した。
「こちらは本日のおすすめ料理として用意させて頂きました『スモークサーモンのカルパッチョ』になります。
そのままで食べるも、クラッカーに乗せるもお好きな方でどうぞ」
……少し気恥しい。自分の料理を『おすすめ』と言うのは。
老兵は娘に気を使いつつ、問題ないことを見やってから、エールのジョッキをぐいっと1/3ほど空ける。
一方で娘の方はまるで見えているかの様にグラスを手に取り、甘い香りを楽しんでいた。
「くはー、生き返るわい。で、どうじゃ?」
「…ええ、いい香りです、そして美味しい。甘さも自分の好みですね」
「いい腕じゃろう、ここは懇意での」
「よく外出されていますよね、こちらに」
にっこりとほほ笑む娘、少したじろぐ老兵。
仲の良さが窺えるやり取りだ。
「こちらも頂いていいでしょうか?バジルのいい香りがします」
「そうじゃったな。儂ももらうとしようかの」
老兵、娘共に手前に置かれたフォークを手に取る。
少しおぼつかない手つきになった娘を助けながら、その後で一枚取る老兵。
「あら、こちらも美味しいですね。黒コショウがぴりっと効いてます」
「うむ。エールにぴったりじゃな。のう、千冬の嬢ちゃん」
「ありがとうございます」
軽く頭を下げ、礼をする。
「ほれ、他にも言うことがあるじゃろう、ええ?」
「…なんのことでしょうか?」
軽くとぼけてみる。
そして、沈黙。
少しの間、静寂が流れる。
食器とカクテルの氷の音だけが微かに響いた。
「……わかりましたよ。ええ、私が作りました、こちらの料理は」
「はっはっはっ、旨かったわい。大丈夫じゃ」
「こちらの料理は千冬さんが?いつも料理担当はバーテンダーさんとは別の方が…と伺っていましたが。
そうなんですね、美味しく頂きました」
遠くで笑い声と共に『やはりのう』との声も聞こえた。
だから、改めては言いたくなかったんだ。
「本当に美味しいですよ、お世辞ではありません」
「ありがとうございます」
初対面にフォローされてしまった。
「この娘っこは嘘はつかん。それに目の見えん分、その他の感覚に優れておる。ゆえに信用していい」
いや、スモークサーモンの仕込み自体は秋音姉さんがやったから、味付けのほとんどは私じゃないんだよなぁ。
とは言いづらくなってきたな。
ててててっと、くーが近づいてきた。
腕を組んでちょこんとカウンターに置き、椅子には正座の姿勢。
らんらんとした目つきで言った。
「これ、千冬おねーちゃんがつくったの?すごいね。おさらにきれいにもってあるよ。
くー、これすき!」
こういうところだな、くーの勘の良さと言うか、目ざといと言うか、感性と言うか…。
「ああ、そうだよ」
くーの頭をなでてやると嬉しそうに目を細めた。
そうして、身内でのやり取りやバーテンダーの仕事をこなしつつ、今日も夜が更けていく。




