【34杯目】千冬の挑戦②
目の前には盛り付けられた二枚の皿、調味料のオリーブオイルとミルに入った黒コショウ、レモンの搾り汁が入った瓶。
そして隣には秋音姉さん。
「まず、私がやるから見ててね」
オリーブオイルは円周状にふた回し程、レモン汁はひと回し、そして、黒コショウは上の方から直接挽いた。
「あ、これこれ。これを忘れていたわ」
冷蔵庫から取り出したのは刻んだバジル、それを手でつまみ軽く振りかけた。
「…ね。簡単でしょ」
「いや、『簡単でしょ』じゃないですよ、秋音姉さん。分量が分かりせんって」
「大体でいいのよ、こういうのは。元々、しっかり味がついているサーモンだから軽くでいいのよ。
少しはオリーブオイルが多くても問題ないわ」
「…いや、しかし」
「女は度胸よ、千冬ちゃん!」
「それを言うなら『男は度胸』でしょう。はあ、分かりました。やりますよ…もう」
躊躇いつつも秋音姉さんの真似をして、たどたどしくオリーブオイル、レモン汁、黒コショウ、バジルをかけた。
「そうそう、よく出来たじゃない!それでいいのよ」
ふぅ、ここでひといき。顔が若干暑い。
…それにしても、なんだかどっと疲れた。
これならまだ戦闘前の緊張感の方が疲れない。
一方で、出来上がった皿を見るとそれなりの満足感を得られた。
「もうすぐ来ると思うけど予約のお客さんが来たら出すから、それまでは蓋をして冷蔵庫の一番上に入れておいてね」
おや?秋音姉さんが作った方はどうするんだろうか?
持って店の方に出て行ったが。
そこで外から声が。
控え目だが通る可愛い声と渋さと可愛さが交わった様な不思議な声と…が。
問題はなかったようだな、くー。
『ただいまー』
『帰ったのじゃ。疲れた。おーい、早く酒、酒』
『みゃ…天月おねーちゃん、だめだよ、のんでばっかりじゃ』
『あらあら、おかえりなさい』
『みゃ、それでね、老兵のおじーちゃんたちがちかくにいたから、いっしょにきたよ』
そんな言葉が聞こえてきたところで台所から顔を出す。
「帰って来たな、ふたりとも。ん?疲れた顔してるけど大丈夫か?」
おっと。
服装を正してから、挨拶に向かう。
「いらっしゃいませ、老兵さん。失礼ですが、そちらの方は?」
「儂の戦友の娘さんじゃ」
「本日はよろしくお願いいたします」
すっとキレイなお辞儀をして、丁寧な挨拶をする娘。
あ、そういえば、前に会った気がするな。
だが、こういう酒場では事情は向こうから話さない限り、詮索無用だ。
「失礼致しました、ご来店頂きありがとうございます。
私はこちらの店でバーテンダーを勤めている雪宮千冬と申します。こちらこそ本日は宜しくお願い致します」
さっと店を見渡す。
問題ないことを確認して、次を問いかけた。
「老兵さん、カウンターとテーブルはどちらがよろしいでしょうか?」
「ふむ、どうしようかの?」
「カウンターに座ってみたいわ、おじさま」
「そうか、ではカウンターで頼む」
「かしこまりました。こちらへどうぞ」
私が案内をすると、老兵は娘を丁寧にエスコートして席に座らす。
その後に老兵も着席した。
「くーちゃん、天月さんはこっちね。おいでおいで」
「はーい」
「わかったのじゃ、急くな」
私が老兵たちを案内し終えたところで、秋音姉さんはくー、天月を端の目立たないテーブルへと移動させた。
「はい、今日のお夕食。バケットはこっちにあるからね。これはまだ軽食だから他も持ってくるね」
「ん?…ほぅ」
秋音姉さんが出したのは、盛り付けだけ私がやった例のカルパッチョ。
何か気づいたな?天月。
こっちを見てにやにやしてやがる。
それはさておき、だ。
「こちらがメニューになります」
「すまんの、千冬の嬢ちゃん。わかっとると思うが、この娘は目が見えんのじゃ」
「そうだろうと思いましたがメニュー表を出さないのも失礼ですので、老兵さんの前に置かせて頂きました。
何か飲み物、食べ物に関する口頭での説明のご要望があれば、承りましょうか?」
「いや、それはいい。頼んでおいた何か軽くつまむ物と儂はエールを。何か希望はあるかの?」
娘の方に向くとそう問いかける。
「そうですね…軽めのカクテルがあれば、それをください」
「甘め、辛め、果実とかジュースは何が入っている方がいいとか、ご希望はありますか?」
「それでは甘めでお願いします」
「はい、承りました」
これか。
姉さん……分かっててやったな。
相変わらずの、だねぇ。




