【33杯目】千冬の挑戦①
あーー気になるね、くー。
「千冬ちゃん、手が止まってるよ?」
まあ、天月がついて行ったし、なんとかなるか。
「…ねえ、千冬ちゃんってば」
「ん?」
「やっと気づいた。手が止まってるよ」
「…え?ああ、ごめんごめん、秋音姉さん」
おっと、気を付けなければな。
グラス拭きを再開しないと、店を開けられないな。
「そんなに『くーちゃん』のことが気になるなら、思い切って別なことに挑戦して気を紛らわす?」
「はぁ?どんなところから、そんな発想が出てくるんですか。
大体、これ(グラス拭き)が終わらないと店が開けられませんよ」
「…それなんだけど、この料理、千冬ちゃんがやってみない?
簡単なものだし、代わりにそっちの仕事してあげるから」
うーん、くーも頑張ってるし、こっちもやってみるか?
なんか毒されてるな。
「じゃあ、簡単なものなら…で、なんですか?物は」
「いいね♪カルパッチョを準備してたの。
常連のお客さんから先に作っておいてって言われたから、一皿だけ仕上げて。
後は調味料はかけないでおいてね」
ふぅん、まあそれなら。
「……やってみるさ」
そう答えると、ぱあっと秋音姉さんの顔が明るくなる。
そして場所を私と秋音姉さんそれぞれ入れ替え、台所のまな板の前に立つ。
目の前には材料のスモークサーモン、そして皿と被せる蓋が複数枚置いてあった。
玉ねぎと葉物の野菜については切ってある様だ、ボールに入っている。
「切るぐらいなら問題ないでしょ?刃物の扱いは慣れているし…薄めに切れる?」
危な気のない手つきで斜めに包丁を入れ、薄切りに切っていく。
まあ、これぐらいなら問題ないさ。
「ああ、問題ないよ、秋音姉さん……それで、端切れはどうするんだ?」
「それね、うふふ。まじめに考えなくていいよぉ、味見にしちゃって」
薄く微笑みながらも手慣れた感じにグラスを拭き、棚へと戻していく秋音姉さん。
家事全般に関しては誰にも負けないんだよなぁ…運動音痴だけど。
一通り、身を切り終えたところで次の作業だ。
「次は、と……」
「千冬ちゃん、お皿には円状に盛り付けて、野菜は中央でね」
「あいよ」
数枚並べてみるも、どうも違和感がある。
やり直すか?
「並べるときってどうしているんです?秋音姉さん」
「適当…に?感覚だよ、感覚」
カクテルを作るときに感覚でやることもあるから、言っていることはわからないでもないが…
その感覚を掴めるのは回数重ねた人だけだよ。
一度、切り身をまな板に戻してやり直す。
何度か失敗して円の形が崩れたりしたが、なんとか形になった様子。
……ふぅ、こんなものか?
とりあえず、一枚は完成だと思う。
うんうん唸っていると、改めて声をかけられた、私の横に立って。
「うん、そんなもんじゃない?いいよ、それで。
後もそんな感じでよろしく、ね♪」
それだけ言うと切れ端の片方を口に入れ、もぐもぐさせながら持ち場に戻る秋音姉さん。
上機嫌に『…うん♪』じゃないよ、ほんと。
そこからなんとか悪戦苦闘しながらも盛り付けが終わり、ほっと一息。
あ、そういえばくーは今頃、どの店にいるんだろうか。
ちょうど作業が終わったのか、秋音姉さんもこっちに来た。
並べてある皿を一枚一枚ざっと見た後、こう言った。
「うんうん。そうしたら、最後の一枚…あっ、残すのは二枚にしようか。
それ以外は蓋して冷蔵庫にしまってね。仕上げは一緒にやりましょ」




