魔王側近の日記【秘蔵版】
魔王様。
いや、魔王と呼ぶべきなのは自分が一番良く判ってますが、一応わたくしの仕えるべきお方。様くらい付けないとしっくり来ないんです。
わたしは彼女に仕える従者。他の魔族からは【最高権力者の懐刀】とか【第二の魔王】とか呼ばれてますが、世代を超してお仕えしているので良く判りません。それにわたしが本当に仕えているのは、実は【魔王の椅子】の方なんです。
【魔王の椅子】っていうのは、よーく広い謁見の間の突き当たりの高い場所に、ドーンと置かれてるアレです。そう、魔王を魔王たらしめているものこそ、椅子なんです。
【魔王の椅子】は、代々魔王として君臨してきた様々な魔族が、無意識下の内に魔力を注ぎ込み、膨大な魔力を内封させて作り上げてきた存在なんです。それに座ればたちまち肩凝り腰痛打ち身に捻挫おまけで生理痛や妊娠授乳期の体調不良まで快癒する……位、凄い効果があるとか無いとか。わたしは座った事無いから判らないんですが。
さて、そんな【魔王の椅子】のおまけですが、最近新しくなりました。わたしよりチビで細っこくてカワイイんですけれど、何故選ばれたのかは判りません。椅子に座っても平気な者が新しい付録に選ばれます。今回は193人目だったので割りと早い方です。
前置きが長くなりましたが、新しく魔王が選ばれた記念に、日記を書く事にしました。だって、新しい魔王様は記録に残しておきたい位、ポンコツなんです。だから、日記に書いておいて結婚式の時にダイジェストとして読み上げてみたくなりました。
それでは、いつまで続くかは判りませんが、今日から始めたいと思います。
《 筆頭側近・アルブレヒティ 》
(追記・日付が飛び飛びだけど毎日書ける内容が見つからなかったからです)
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○月○日
今日は魔王様に黙ってお城にWi-Fiを設置した。人間の工事業者に幻術を見せて、城に連れて来て無事に工事が終わった。これで人里まで降りて行かなくても動画が見られる。とても嬉しい。
○月○日
魔王様が足がむくんで困る、と相談された。あの椅子は魔王様を治癒するけど、魔力供給量が半端無いので足に魔力が溜まり易いようだ。そこでベッドで寝てる魔王様の足に巨大ヒルを吸い付かせてみた。翌朝むくみが取れて寝覚めバッチリの魔王様だったけど、たまたま迷い込んで来た人間に食わないと殺すと脅してヒルを食べさせた。泣きそうな顔で面白かった。
○月○日
この前迷い込んで来た人間が、実は勇者だったらしくまた威勢良くやって来た。でも、何だか様子がおかしいので眠らせて聞き出してみると、毎晩夢の中に出てくる魔王様に惚れたらしい。食わせたヒルのせいかも。面白い事になりそうなので殺さず帰した。
○月○日
魔王様が「もう少しカッコよくなりたい」と言い出したので、鳥の唐揚げが乳腺を育むらしいと教えてあげた。魔王様は毎日唐揚げを食べた結果、ほっぺたが膨らんできた。謎。
○月○日
魔王様にWi-Fiの件がバレた。でもエッチな動画も見られるからと教えたら、何も言わなくなった。でも魔王様の部屋って電波が入り難いので、たまに椅子の後ろに隠れて見てるようだ。
○月○日
魔王城の堀に魔王様が落ちた。水死されても面倒なので引き揚げると「塀の上を華麗に走れたらと思ってやったら落ちた」と言われ、ムカついたので堀にまた突き落としてやった。
○月○日
昨日魔王様が堀に落ちた時やたら臭ったので、今日は堀の水を全部抜いてみた。底から先々代の魔王様が出てきたので埋めた。代替わりの謎が解けたのでよく眠れた。
○月○日
この前来た勇者がまたやって来た。今度は女が二人増えていたので、地下迷宮に誘い込んで別々に引き離してから「あいつは男色だ」とウソを吹き込んだら、あっさり帰って行った。勇者は眠らせて放り出してやった。弱い。
○月○日
魔王様が寝込んだ。睡眠不足で体調を悪くしたらしい。椅子に座れと言ったら「背もたれがリクライニングしない」とグズったのでジャーマンスープレックスで座らせた。逆さまに。
○月○日
魔王城に新しい側近がやって来た。何でも先代の魔王様が他所で作った隠し子らしく、やたら馴れ馴れしくて鬱陶しい。そのうち追い出してやる。
○月○日
魔王様にナイショで地下迷宮に岩盤浴を作った。我ながら素晴らしい出来栄えに涙が出そうになった。これからは良い汗がかけそう。
○月○日
魔王城のコックを解雇した。毎日同じような料理ばかり作るので問い詰めたら「魔王様が好き嫌い無いので同じものでも文句を言わないから」が理由らしい。放り出すべきなのは魔王様だと気付いたが、もう遅いか。
○月○日
私が毎日作る料理に、魔王様が文句を言う。どうやら辛いのだけは苦手らしい。仕方ないので魔王様だけ別の料理を作ろうかと思ったが、幻術で誤魔化すと旨い旨いと良く食べる。チョロい。
○月○日
魔王様に料理の抜け道がバレた。トイレで毎朝悶絶して判ったそうだ。改善しますと言って、トイレの便器に幻術をかけた。
○月○日
トイレの便器にかけた幻術がバレた。紙の減り方と拭き取り具合のバランスがおかしいと気付いたようだ。魔王様はポンコツなのに、そういう勘だけは何故か鋭い。
○月○日
ようやく新しいコックが見つかった。人間だったが賃金以外の待遇が決め手らしく「こんなホワイトな環境は珍しい」と喜んで働いている。人間界って怖い……。
○月○日
新しいコックの料理が旨過ぎて、体重が増えた。
○月○日
魔王様と玉座の間で動画を見ていたら、餃子に酢を垂らすかどうかで口論になった。わたしは酢がないと味気無いと主張したが、魔王様は違うらしい。お子ちゃまだな。
○月○日
魔王様が初めてお酒を飲んだが、案外酔わなくてドヤ顔だったのでムカついた。いつか絶対に潰してやる。
○月○日
魔王城の外に人間の子供が捨てられていた。世間の眼もあるので拾って来ると、何故か魔王様が面倒を見ると言い出した。直ぐに飽きるか子供が死ぬと思って放置したら、三日経ってもまだ生きている。何だか色々ムカつく。
○月○日
人間の子供はまだ生きている。コックや魔王様、ついでにムカつく例の側近とかが面倒を見ているせいだ。オマケに馴れ馴れしく名前で呼んだりと鬱陶しいったらありゃしない。
○月○日
きまぐれに人間の子供の名前を呼んだら、嬉しそうに笑いながら抱きついてきた。全く鬱陶しくてたまらない。
○月○日
人間の子供が死にそうになってきた。
○月○日
人間の子供が死んだ。魔王城の全員で弔った。全然悲しくない。
○月○日
今日は何も書きたくない。
○月○日
人間の子供を甦らせようかと思ったがやめた。
○月○日
久々に勇者が来た。ムカついたけれど、その気にならなかったので帰そうとしたら、棺に入れておいた人間の子供のなきがらを持って帰った。とめられなかった。
○月○日
勇者がやって来た。人間の子供を連れてきた。自分からそう願ったらしい。
○月○日
人間の子供が居る。ただそれだけなのに、魔王城の中が不思議とあたたかい気がする。たぶん気のせいだ。
○月○日
今日もまだ居る勇者に頭を下げた。そうしたら「子供が自分で決めた事だから口出し出来ない」とか言いながら帰った。ムカつく。
○月○日
コックが自分の部屋に、人間の子供を寝かせるベッドを置きたいと言ってきた。断固拒否してわたしの部屋にベッドを置かせた。誰にも文句は言わせない。
○月○日
ベティの服を買いに人間の街に行った。案外似合うものだ。わたしにも着てみろとベティも店員もうるさくて辟易する。
○月○日
魔王様にベティとペアルック呼ばわりされたので、ムカついてぶっ飛ばした。選んだのはベティじゃなくてわたしだ。
○月○日
久し振りに勇者が来た。特にいがみ合う理由もなかったので、魔王様と会わせてやった。魔王様の顔を見てるだけでムカつく。
○月○日
朝になって勇者が帰った。魔王様がわたしと眼を合わせない。わたしと眼を合わせない。わたしと眼を合わせない。合わせない。ムカつく。
○月○日
ベティがベッドを汚した。泣きながら謝るので慰めてやる。少し悔しい。
○月○日
コックが死んだ。寿命だった。
○月○日
ベティがコックになった。同じ味だった。
○月○日
勇者がまた来た。ムカついて殴りたかったが、魔王様が身体を張って止めるのがムカつく。
○月○日
勇者が居着くのがムカつく。訳知り顔でわたしを見るのがムカつく。
○月○日
今日も勇者が居る。ベティが嬉しそうに料理を作るのが面白くない。でも、旨い。
○月○日
魔王様が椅子に座れなくなった。椅子が一人用だからだろう。
○月○日
ベティが二十歳になった。ケーキでお祝いしてやると、泣きながら喜んでいた。あのすぐ死にそうだった頃とは大違いだ。
○月○日
魔王様が出ていった。勇者も出ていった。
○月○日
新しい魔王を選ばなければいけない。面倒でムカつく。
○月○日
ベティが座ったら、そのまま平気だった。冗談だったのに……。
○月○日
魔界初の人間の魔王が誕生した。
ここで日記は途切れている。私は読み返しながら、自らの数奇な人生を支えてくれた、命の恩人たるアルブレヒティの事を忘れない為に、この日記を永遠に保存するつもりである。
【 魔王・ベティ 】