6話
「むむ、これは呼び出しの日付がおとといになってるわね。期限切れだし処分よ」
ハサミで切り刻まれた手紙が、たまり場の備品倉庫の床にひらひらと散らばった。
溜め込んだラブレターを、郵便物に混ざっていた広告かのように処分しているこの方は、私たちの学校の美少女ランキングの頂点に立つとされている、三年のサキ先輩だ。
ラブレターを切り裂かせたら右に出るものはいない、キリサキ魔のサキちゃん。
ぱっちり二重に黒髪ロングヘアの、ザ・美少女である。
顔もスタイルも声も非常に蠱惑的な人で、痴漢の被害件数は半端ではない。
他校の男子が登下校中も出待ちをしている始末で、美少女レベルは私たちの中でもダントツと言わざるをえず、たぶんうちのかわいいかわいいお姉ちゃんとも充分張り合えるだろう。
凛とした佇まいは、どこか男性的な印象を受ける部分もあり、私のように百合道を嗜む女子にうけるのはもちろんのこと、そっちの気がない女子すら百合の沼に引きずり混む。
その圧倒的魔性の魅力から、誰が呼んだか、サキュバスのサキ先輩とも呼ばれてしまっている。
「ああ……せっかくの女の子からのラブレターが、もったいないですよ。ねえサキちゃん、せめて私に一枚分けて下さいよ」
美少女の百合な想いを踏みにじるサキ先輩に、しかし私はどうも強気には出ることができない。
「いやダメね。同性に対してこんなふしだらな手紙を書く女たちが、まともであるはずがないわ。大切な後輩のユリと関わらせるわけにはいかないわよ」
サキ先輩は、実のところ見た目以外は全くサキュバスではなく、恋愛に対し全くの興味関心がない。
ゆえに私が百合ビッチであることもいまいち理解していない。
それどころか、通常の恋愛すら不健全との、尖った思想の持ち主である。
まあ、毎日毎日登下校ではナンパされ、電車では痴漢の被害に会っていれば、恋愛どころか人間全て嫌いになってもおかしくはないだろう。
友人として私たち美少女トップファイブのメンバーだけは大切にしてくれているようなので、そこはちょっと嬉しいところだが。
「あんたも大概だよなあサキ。ラブレターってのはな、そいつがあんたのことを好きで好きでたまらなくて、抑えきれない気持ちを書いてくれたものだろ? 雑に扱っちゃいけないって、わかんねえかな?」
道徳心を説くヤンキーのヤンちゃん先輩に、しかしサキちゃんは全く怯まない。
「……出たわね恋愛バカ。わからないわよ。どうせこの差出人も、あわよくば私のお尻やら足やら胸やら触ろうと思ってるに決まってるじゃない。恋愛なんてそんなもの、痴漢と同じよ。不潔だわ」
そのあまりにもキツい言い方に、ヤンちゃん先輩はヤンキーらしからぬしょんぼり顔になってしまった。
見ているだけで、私までちょっとしょんぼりしてしまいそうだ。
「恋愛とは、もっと品良く、例えばお見合いのような形から始めるべきなのよ。……せめて、こういうポルノみたいな手紙が今後一切出されないように、何かいい手があればいいのだけど。こんな時に限ってモモ師匠はいないし……困ったわね」
サキ先輩は、後輩とはいえサキ先輩に次いで痴漢の被害件数が多く、それなのに男性との恋愛に超積極的なモモちゃんを、鋼の精神を持つ人生の師匠として崇めているのだ。
そのモモちゃんは本日、合コンにつき不在。
あのビッチからいったい何を学ぼうというのか。感性が謎。
◇◇◇◇◇
実は昨晩お姉ちゃん宛にしたためていたラブレターを、私は机の奥底へしまいこんだ。
私がマスターしている百合48手のうちでも相当の破壊力がある、百合恋文という大技だったが、サキちゃんのあの残酷なハサミさばきを思い出すと、とてもではないが渡す勇気は出ない。
また後日としよう。
ブルッちまったよ、久しぶりにな。
手紙はまた今度……としても、何かお姉ちゃんとお話したりするきっかけが欲しい。
いや、きっかけなんて必要ないのか? 家族だし遠慮は不要、と本人も言ってくれていたし。
今日のお姉ちゃんは、夕食のときもお姉ちゃんモードの女装姿だったし、まだお風呂にも入っていないはずだから、きっと今はまだお美しい尊いお姿のまま、自分の部屋にいるはずだ。
私は特に何の策もないが、まずは突撃ということで、お姉ちゃんの部屋を訪れた。
思えば、初日にちらっと覗き見ただけで、お姉ちゃんのお部屋に入るのは初めてなのだ。
ちょっと緊張するが、女は度胸。
私はあえてノックをせず、ガチャりとドアを開ける。
あわよくば、エッチなお姿を見られるかも、というラッキースケベに期待した下心もある。
「……というわけで、今回の動画はここまで。ブクマ……じゃなかった、チャンネル登録と高評価よろしくね! それじゃ、ばいばーい!」
そこには、PCの画面に向かって媚び媚びな笑顔を向ける、お姉ちゃんの姿があった。
あざとすぎてキュンキュンしてしまう。
手をふったポーズのまま、こちらと目があう。
その瞳は、決して笑ってはいなかった。
「お、お姉ちゃん……それは一体何を……?」
お姉ちゃんはスッと立ち上がり、こちらへ近づくと、私の肩を軽くたたいた。
「ユリちゃん……キミは、見てはいけないものを見てしまったようだね。残念だよ……それじゃ、お仕置きだあ!」
お姉ちゃんは急に私をそのまま抱きしめ、床に押し倒す。
突然のビッグイベントに心臓が痛いほどキュンキュンしたが、それは一瞬のこと。
お姉ちゃんはその麗しいお顔に邪悪な笑みをうかべ、私の脇腹をくすぐってきた。
「う、うわあ! うはは! やめ、やめてえあああはは! らめ、らめぇええ!!」
て、テクがすごいぃい! くすぐりのテクがあああ!!
「ノックもしない悪い子は、こうだ! どうだどうだ!」
お姉ちゃんの指は、逃れようと必死にもがく私の脇腹のウィークポイントを正確にとらえて離さない。
嬉しいけどさあ! こういうイチャイチャは好きだけどさあ!
「ひゃあああ! うひゃっ! はは! やめ、やめてぇええ! おしっこ! おしっこでちゃううひゃああ!」
「ごめんなさいは!? ノックしなくてごめんなさいは!?」
「うはははあはあは! たしゅ、たしゅけてぇえ! ごめ、あは、ごめんなしゃああ! おしっこおお! らめっ、らめあああっ! あっ……」
ピタリ、と私の動きが止まる。
お姉ちゃんも何かを察し、くすぐりの拷問は終わった。
「ご、ごめんねユリちゃん。ちょっと調子に乗ってやりすぎちゃった」
わずかに湿った私の下着。
涙が止まらない私にそう言いながら、しかしお姉ちゃんの表情は、むしろデレッとしているような、ニヤニヤしたものだ。
なぜか妙に密着して撫で撫でしてくれているが、今は嬉しくなんかない。ないったらない。
私の乙女の尊厳は汚されたのだから。
ちょっぴり、ほんのちょっぴりだけど。
「キライです……。やめてって言ったのに……。ごめんなさいって言ったのに……。うそですキライではないですけど……好きですけど……」
キライ、という言葉に、明らかにお姉ちゃんのニヤニヤ顔が曇ったので、そこだけは一応訂正しておく。
「へへ、ごめんね? ふにゃふにゃになってるユリちゃんがかわいくてさあ。ボク、ちょっと新しい世界に目覚めちゃったかも……」
またキラキラした表情に戻ったお姉ちゃんの顔には、明らかにこう書いてあった。
妹をいじめるのって、楽しいなあ! と。
「……それで、さっきPCの前で、一体何をしていたんです? かわいすぎてびっくりしましたよ」
お姉ちゃんは、未だにニヤニヤしつつ、私にぴったりひっついて離れる気配はない。
……なんで私、お漏らしして気に入られちゃってるの? お姉ちゃんってもしかしたら変態さん?
「さっきのは動画配信だよ。ボクたちがこのお家のローンを払い切りつつも、ちゃんと無理なく暮らせてたのは、ボクのお化粧の動画が馬鹿みたいにバズって、家計に余裕ができたからさ。ちやほやされるだけじゃなく、圧倒的なかわいさっていうものは、お金を稼ぐことにも繋がるんだよ」
圧倒的かわいさ。
またご自分でおっしゃいますか。
ちょっとお姉ちゃんには、ナルシスト的なところがあるみたいだね。
圧倒的にかわいいのは認めるけども。
「というわけで、ボクの女装は趣味でもあるけど、お仕事でもあるんだよね。だから動画のネタでお部屋でいろいろやってることが多いから、絶対ノックしてから入ってこなきゃだめだよ」
お姉ちゃんはなぜか説明の間も私の肩を抱き、頭を撫で続けてくれる。
変態か。こんな綺麗な顔をしておきながら、お漏らし好きの変態だというのか。
「で、ユリちゃん。もう一回くすぐってみてもいいかな? ねえ、ちょっとだけ。ちょっとだけだからさ」
や、やっぱりそうきたか!
私は若干濡れた下着の感触に内股になりながら、慌ててお姉ちゃんのお部屋を退散することになった。
結局、お部屋の中の雰囲気は全く確認できずじまいだったが、お姉ちゃんとの距離が少し近づいたことだけは事実だろう。