5話
「おう、とにかくその女装お兄さんとはうまくやっていけそうってことだよな。まあ良かったじゃねえか」
放課後。
よく私たち美少女トップファイブのメンバーがたむろしている、生徒会室のとなりの備品倉庫で、私と親友のモモちゃんは、ひどい言葉遣いの金髪ヤンキー女子に絡まれていた。
「それで、だ。それならなんで、またアタシんとこにお前の苦情が来るんだよバカユリ! お兄さんといちゃいちゃしてりゃいいだろ!? 三年女子の上級生から、体だけ弄ばれてポイ捨てられたって苦情が来たんだぞ!? お前の貞操観念どうなってんだよコラあ!」
この口うるさいヤンキーは、私たちと並んでこの女子高の美少女トップファイブに君臨する、イカれたメンバーの一人。
通称ヤンちゃん。ヤンキーのヤンちゃん。
二年生で、私とモモちゃんの一年先輩でもある。
美少女ランキングでは私とモモちゃんを越えた単独2位とのご評判。
ヤンキーっぽいしゃべり方と派手な金髪ではあるが、顔はお姫様的なかわいらしさで、まごうことなき美少女。
今は我々のたまり場、備品倉庫のテーブルに片膝を立てて座っており、おパンツ様がチラチラ見えている。
正直、どちゃシコなお方である。
「ちょっとヤンちゃん。今ちょっとマスカラつけ直してるからさあ、静かにしてよ……」
まるで興味なさそうなモモちゃんの言葉に、ヤンちゃん先輩は顔をしかめてため息をついた。
「もうアタシ嫌なんだよ……。お前らが入学して以来、みーんなお前らへの苦情をアタシに言ってくるんだから……。少しはおとなしくなってくれよ……」
ヤンちゃん先輩は我々美少女トップファイブのメンバーの中で、唯一の常識人。
そもそも特に悪いこともしないし、実際はヤンキーですらない。
面倒見もよく、実のところ温和で優しい性格が学校中にバレており、心が穢れきった美少女メンバー内の唯一の良心として、周囲に認識されてしまっているのである。
「認識の相違ですよヤンちゃん。その先輩とはちょっと宙ぶらりんな関係だったので、私は関係を精算するつもりで呼び出したんです。体を武器にして私を引き留めようとしたのは向こうですし、向こうだってアンアン言って喜んでたんですよ? 昨日のベッドの中ではね」
据え膳食わねばなんとやら。
日曜日のお昼、不健全なホテルで密会した女の子とは、そういう感じだったと思っていたのに、向こうは被害者ヅラでヤンちゃん先輩に泣きついたというわけだ。
気に入らんな。お別れして正解だったわ。
胸を張って主張する私に、ヤンキーのヤンちゃん先輩は、思い切りげんこつをぶちかましてきた。
痛い! 先日は親父にもぶたれたのに!
「クズめ! 仮にお前の言うことが合ってたとしても、普通は好きな奴ができてすぐに、他の相手に手は出さねえんだよ! しかも女同士でよお! このカス! クズ! ばーかばーか!!」
ちょっと涙目でヤンちゃん先輩が騒ぐ。
げんこつに使った手をさすりながら。
そうか、そっちも痛かったのか……。
モモちゃんがクスクス笑いながら、その痛めた手をツンツンしはじめている。
「あー、そうだヤンちゃん。ヤンちゃんがしっかりユーりんに純愛の良さってものを伝えてあげなきゃ。こいつ百合ビッチなんだから、そのうち絶対その女装お兄さんにも嫌われちゃうって」
自分もビッチのくせして、モモちゃんはニヤニヤこちらを見ながら人を唆している。
しかしヤンちゃん先輩はその言葉に急に目をキラキラ輝かせ、バンと音を立てて机を叩くと、私を真っ正面から見つめてくる。
……くそう、かわいいし、いい匂いまでしやがる。
「そうだぞユリ。純愛っていうのはな、すっごく幸せなものなんだぞ。体の関係に頼るんじゃなく、心が繋がってるっていうかさ。ちなみにアタシの彼氏の話なんだけどよ、昨日の夜に電話したらさ……」
でた。ヤンちゃん先輩の彼氏自慢。
恋する乙女であり、ピュアピュア人間のヤンちゃん先輩は、彼氏の話をし始めたらちょっと怖いくらいに止まらない。
しかし今日は、ちょっとは真面目に話を聞いてあげようと思う。
もしかしたら、お姉ちゃんに攻めていくためのヒントが隠れているかもしれないしね。
◇◇◇◇◇
結局、ヤンちゃんのあまりタメにならない彼氏自慢トークのせいで、帰りはすっかり遅い時間になってしまっていた。
引っ越しで家も前より高校に近くなったし、バイク登校なのでまだ良かったが、あれから電車で帰ったモモちゃんはたいそう迷惑だったことだろう。
「……ただいま帰りましたー。お姉ちゃんどこですかー?」
今日はもう、なんか疲れた。
癒しを求め、帰るなりさっそくお姉ちゃんを捜索する。
手洗いうがいをすませ、とりあえずお義母さんのところに顔を出すためリビングに行くと、ソファーには茶髪の男性がだらりと座っていた。
んん? ……あ、お姉ちゃんの男性モードか。
「あ、お帰りユリちゃん。どうしたの? なんか疲れてるみたいだね」
「あ……お兄ちゃん、ただいま。今日はその……普通の格好なんですね」
正直、がっかりした気持ちは否定できない。
ちなみにこの男性モードのお姿に対しては、お兄ちゃんと呼ぶことにする。今決めた。
これをお姉ちゃんと呼ぶのはさすがに厳しい。
お兄ちゃんとて、家でいつもいつも化粧やらなにやらしているわけにもいかない、というのはもちろん理解できるのだが。
でも正直、かわいいかわいいお姉ちゃんモードの方が見たかったな……
「もうユリちゃん。そんなガッカリした顔しないでよ。ボク、大学には普通に男の格好で通ってるんだ。長い時間女の子の格好してるのは、お休みの日だけなんだよ?」
そう、お兄ちゃんは大学生。男として入学した以上、女装して授業を受けるのはかなり厳しいということは理解できる。
だって別人にしか見えないし。部外者だと思われてしまうに違いない。
でもよく見ると、お兄ちゃんモードのお顔も確かに、お姉ちゃんと同一人物だとギリギリ認識できるくらいには綺麗だ。
ソファーに座っている姿を見ても、男性にしてはとても体の線が細く、肩幅も狭い。女装すれば映えそうな感じではある。
「す、すいません……。まだお兄ちゃんモードには慣れてなかったので……」
実際申し訳ないとは思っている。こんな反応をしちゃったら失礼だよね。
でも、私の心と体はバカ正直なんだよ。
とはいえ私は急いでお兄ちゃんの横に座り、どちらの姿でもオッケーですよ、という感じをアピールしておく。
「ユリちゃん、無理はしなくていいんだよ? もしかしたら男の人は苦手なんじゃないの?」
中身はあの優しいお姉ちゃんと同一人物。お兄ちゃんは、私に気を使って少しソファーのスペースを譲ってくれる。
「いえ、男の人が嫌いなわけではないんですよ? ただ、女の人が好きすぎるだけなんです。……まだ、その、お兄ちゃんの見た目のギャップに慣れていないだけで」
私には別に、男の人に嫌悪感を感じるだとか、嫌な思い出があるだとか、そういったことは一切ない。
ただ、性癖がちょっと歪んでいるだけなのだ。
「でもお姉……いやお兄ちゃんは、そもそもなんで女装を? けっこう前からやってるんですよね?」
お兄ちゃんはテーブルの上のお菓子をつまみながら、困ったように笑う。
「女装をはじめたのは、高校生のときからだよ。好きだった女の子にこっぴどくフラれてね。あまりにもボクが落ち込んでたからか、何を思ったのか、お母さんがほとんど無理やりボクに化粧をしてきたんだよ。やらなきゃお小遣い減らすっていうから、仕方なくね」
するとお義母さんが私たちの話をキッチンから聞いていたのか、ちょっとちょっと、と割り込んできた。
「だってマコトが、自分がパッとしない見た目だからフラれたんだー、とか言ってたからだよお? お化粧したらパッとしたでしょう? 小さいときからマコトは女の子みたいでかわいいって評判だったんだから」
あなたのせいでしたかお義母さん。
ちょっとお義母さんもどこか頭のネジがおかしい人なのかも。
いや、こんな素晴らしいお姉ちゃんが出来上がるきっかけを作ってくれたことに、まずは感謝。
「それで、お母さんの服を着て写真撮ってみたら、これがけっこうかわいくなっちゃってるし。調子に乗ってクラスメイトに写真送ったり、女装姿で会ったりしてみたら、みんなちやほやしてくれるから楽しくて。失恋なんてどうでも良くなっちゃってさ」
これが女装の才能ということか。
まあ、女装モードのお姉ちゃんくらい綺麗な人なんて、本物の女の子にもあんまりいないだろうしね。
「最終的には同級生の男子に押し倒されそうになったこともあったよ。あれは怖かったなあ……。まあとにかく、女装したらちやほやされるのがクセになっちゃってさ。女装がすっかりボクの趣味になっちゃったんだよね」
それはまた、罪深い趣味だなあ。何人もの同級生が、この人のせいで新しい性癖の扉を開いてしまったことだろう。
「かわいすぎるっていうのは罪深いことだなあって、そのとき気づいてね。それ以来、学校関係ではちゃんと男の格好をするように、けじめをつけたんだよね」
……かわいすぎる、ですか。
まあ同意しますけど、それこのあいだも言ってましたけど、自分で言っちゃう人は初めて見たな。
ユリちゃんもかわいいんだから、気をつけるんだよ、と真面目に続ける横顔に、私は少し、この人の異常性を感じ始めたのだった。
まあとにかく今回は、お姉ちゃん、いやお兄ちゃんが同性愛者ではないとわかったことが一番の収穫か。
私にも一応、チャンスはあるということだしね。