4話
テーブルの上にはすでに、お昼ごはんとしてざるそばが4人分並べられていた。
引っ越しといえばやっぱりおそば。
わざわざ私たちのために準備してくれていたのだろう。
「実はこのざるそば、ボクが茹でたんだよ。本格手打ちそば……じゃなく、ただの乾麺だけどね」
私と手を繋いだまま、マコト氏はソファーに腰を下ろす。
私は絶対にこの手を離すまいと、ぴったり密着してそのとなりに座った。
これが百合道48手の一つ、距離感ゼロひっつきである。
性別が男性に分類される相手にも効果があるのかは、経験がないため不明だが、とりあえず全力でアプローチだ。やってみるしかない。
しかも近づいてみて気づいたけど、多分この前よりマコト氏のおっぱいが大きめだ!
そうか、取り外し式だから気分でサイズを変えられるんだね! 素敵! 偽物なのはさておき!
「……おそばは好きです。嬉しいです。……マコトさんはよくお料理するんですか?」
おっぱい問題は置いておき、さっそくお手製のごはんが食べられるなんて最高だ。
お父さんと二人だと、雑なごはんしか食べていなかったからなあ……。
おててにぎにぎを続けつつ、マコト氏の横顔をガン見する。
ほんと、こんなに近づいても女の子にしか見えませんな。
肌もお綺麗ですこと……。
「ふふ、料理はよくするけどさあ。それよりユリちゃん。今日からは家族として暮らすんだし、そのマコトさんって呼ぶのやめてよう。なんかくすぐったくて笑っちゃうよ」
じゃあどうしろと。
急にマコぴーだマコっちゃんだと呼ぶのはさすがにキツイぞ。
「じ、じゃあ……お兄ちゃん、とか」
私の苦肉の策の提案に、マコト氏は少し困ったように笑って、私の頭を撫でてくれる。
困り顔まで、美しい。
ああ、これでこの人をお姉ちゃんって呼べたらどんなに幸せだったことか。
「ユリちゃん、いいかい? よく聞いてね」
私をゆっくり撫でながら、マコト氏は続ける。
「ボクがこんな感じだから、気を使わせちゃってるのはごめんね。でもユリちゃんは、ボクに何も遠慮しなくていいんだよ。だってボクたちは家族なんだから。クソ兄貴って呼んでもいいし、もちろんお姉ちゃんって呼んでくれてもいいんだ」
優しいお姉ちゃん……いや、お兄ちゃん。
「だから遠慮しないで。ボクのことは呼びたいように呼んで、好きなようにして欲しいよ」
マコト氏はソファーに並んで座ったまま、私の頭をずっと撫で撫でしつつ、優しく笑いかけてくれる。
薄く唇に塗られたグロスが鮮やかで、どうにも吸い付きたくてたまらなくなる。
じゃあ、もう、遠慮しませんからね。
私の辛抱は、そこで限界に達した。
「ふああああ! お姉ちゃんお姉ちゃああああん! しゅき! しゅきしゅきぃい! ずっとこんなお姉ちゃんが欲しかったのお! 姉妹チュッチュしたかったのお! お姉ちゃあああん! チューしよ! ね? チュッチュしちゃいますからね!?」
ソファーにお姉ちゃんを思い切り押し倒し、そけに馬乗りになって激しく唇を奪いにいく。
一方、さすがにお姉ちゃんはお兄ちゃんでもあるため、なかなか腕力があり、ギリギリのところで百合キスは防御されてしまっていた。
眼前にお姉ちゃんの整ったお顔。
辛抱たまらん! 唇、奪わずにはいられない!
「お、落ち着いてユリちゃん! ダメだよ! ストップストップ!」
必死の抵抗を続けるお姉ちゃんの叫び。もちろん無視する。
あとちょっと、あとちょっとというところで攻防を繰り返していると、お姉ちゃんの悲痛な叫びが届いたのか、玄関からバタバタと音がした。
「どうしたマコトくん……ってオイ! なにやったてんだよユリちゃん! けだものか! 早く離れろコラ!」
く、クソ親父、来やがったか。
男性二人がかりのパワーにはかなわず、私はお姉ちゃんから引き剥がされ、強引に床に正座させられてしまった。
「ユリちゃん、俺は悲しいよ……俺が教えた百合道のことを何にもわかってないじゃないか。百合は綺麗でかわいいものじゃなきゃだめだ。……なのに、なんだよさっきのは。発情期のメス猫のほうがまだマシじゃないか?」
父の言葉が身に染みる。
半ば犯されかけたお姉ちゃんからの視線も痛い。
お義母さんに至っては、何も見なかったかのようにキッチンに向かっている。
「すいません、理性を失っていました。でもこれはお姉ちゃんが悪いんです。かわいすぎるから。お姉ちゃんがかわいすぎるのがいけないんですよ」
がつん、と頭に父のげんこつが落ちた。
……暴力反対。
「あ、あの! お義父さん! 違うんです! ボクが悪いんだ!」
優しい優しいお姉ちゃんは、被害者であるにもかかわらず、私の哀れな姿を見て立ち上がってくれた。
優しい。好き。
「ボクが悪いんです。ユリちゃんを怒らないであげてください。……ボクが、ボクがかわいすぎるから! かわいすぎたからいけないんだ!」
……おや?
ちょっと個性的なご発言が出てしまったようで、お父さんと私の時間が止まる。
奥のキッチンから盗み聞きしていたお義母さんが、麦茶を運びながらクスクス笑っていた。