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3話

「そういうわけでモモちゃん。明日私を泊めてくれませんか」


 私の悲壮感溢れる表情を鼻で笑い、私の親友であるはずのモモちゃんは両手でバツを作った。


「いやムリムリ。さすがに百合ビッチのユーりんとお泊まりは、身の危険を感じるからさあ。ていうかあ、明日は彼氏のとこ遊びに行く予定だし」



 明日から、私は父の再婚相手が暮らす家にお世話になる。

 情けないことに、これまでの我が家は賃貸だったが、お義母さんたちが暮らす家はローンも払い終わったという持ち家だったので、プライドなど放り投げて、父娘ともども、そちらにやっかいになることにしたのだった。


 とはいえ、あのお姉ちゃん、もとい、お兄ちゃんとあまり長く一緒にいたら、混乱して頭がどうにかなってしまいそうなのだ。

 少なくとも、同じ屋根の下で健やかに眠れる気がしない。


「でもさあ、ユーりんからしたらラッキーなんじゃないの? 新しいお姉さん、綺麗な人なんでしょ?」


 それはそうだけど。

 好きなんだよ、たぶん。でもさあ。


「美人ですよ。すっごくすっごく美人さんなんですよ。……でも、お兄ちゃんなんだよね。お姉ちゃんじゃなくて、お兄ちゃんですからね」


 私の性癖も好みのタイプも熟知した親友モモちゃんは、私を軽くあしらってスマホをいじりはじめた。

 これがいつも通りのモモちゃんのお昼休みの過ごし方。


 ……こいつ、それでも私の親友かよ。

 他のみんなも今日はどっか行っちゃってるしさあ。



 急な話だが、私が通う女子高では、誰が言い出したのやら、美少女トップファイブと呼ばれる5人のイカれたメンバーがいる。


 その中でも、3位か4位を争っている、と言われている美少女が、このモモちゃんだ。


 ちなみに、そのモモちゃんと順位を争っていると噂の相手が、何を隠そうこの私である。


 陰険なやつらには、私とモモちゃん二人合わせて、ダブルビッチ、と陰口を叩かれているのはご愛嬌だ。



 窓際の席でスマホをぼんやり眺めながら、ふわふわの茶髪をいじる、憂いを帯びた表情。

 そしてダイエット無用のゆるふわボディ。


 こんなの、男が放っておくわけがない。

 私ですら、ちょくちょくムラムラさせられている。


 ゆえに、モモちゃんは、天性のビッチ。

 桃尻のモモちゃん。


 説明の必要がないくらいの、男漁りの達人である。



「まあ、いいきっかけじゃないの? ユーりんは本当は純愛好きじゃん。この機会に女漁りは辞めればいいよ。良かった良かった。ち○ちんはいいぞ、ち○ちんは。ユーりんも百合ビッチ卒業おめでとさん」


 ち○ちんに魂を売った邪教徒め。


 モモちゃんは机に肘をついたまま、ニヤニヤして悪態をついてくる。

 くそ、なんか悔しいなこれは。


「モモちゃん。はじめてですよ……この私をここまでコケにしたおバカさんは!」


 私はすまし顔のモモちゃんに飛びかかり、そのふわふわの髪の毛を、もっさもさのぐっちゃぐちゃにしてやった。


 しかし、争いとはいつもむなしきもの。


 当然、反撃を受けた私も同じようにひどい髪の乱れ方にされ、私とモモちゃんは顔を見合せると、大きな声で笑った。



◇◇◇◇◇



 そして翌日は土曜日。


 何の対策もないまま、引っ越しの日が来てしまった。

 モモちゃんからの助けはもちろん無い。


 ああ、あのお姉ちゃんっぽいお兄ちゃんに、私はこれからどう接すればいいのか。

 正直、逃げ出したいくらいだよ。


 超タイプだし超仲良くなりたいけれど、男の人だと思うとどうしても、なんか自分のアイデンティティーが失われてしまうような、変な気持ちになってしまう。

 


 引っ越しの荷物はすでに業者さんか運び出しており、私と父は最後の大荷物として、自分たちのバイクを運転して直接、新しいおうちまで運んでいった。


 ちなみに父とお義母さんは、数日前に役所で籍を入れ終わっている。


 そんな直後で二人の盛り上がりはどうやら最高潮。今日も正直、いい歳した親たちのいちゃいちゃがエグい。

 父の緩みきった表情は、ちょっと目もあてられない。


「あらあ、お帰りなさい、あなた。お引っ越しお疲れ様でしたあ」


「ああ、こんなの何でもないよ。きみの顔が早く見たくて、すぐに片付いてしまった」


 ああ、もうなんだか言葉もない。

 片付けだって半分以上は私がやったんだぞ、クソ親父め。



 殺伐とした心を抱え、これから暮らす新しいおうちの玄関を先にくぐる。

 

 私、これから大丈夫かなあ……。


 いきなりのため息をついていると、階段を駆け下りてくる音がした。


 あの人だ。


「ユリちゃん、お帰りなさい! 今日から改めてよろしくね!」


 好みどストライクのハスキーボイスに、下腹のあたりが勝手にきゅんきゅんした。


 そして今日も、また超美人の女の子のお姿。ロングスカートが異様に似合っている。

 軽く見ただけで、脳がとろけてしまいそう。



 ああ……もうダメだ。


 正直、わかってたよ。

 めちゃくちゃタイプだもんこの人。

 私の高精度な百合センサーが完全に狂わされてるよ。


 好き。もう、好きとしか言いようがない。


 でも、この人は男なんだよなあ……。

 たぶん裸で抱きしめても柔らかくないんでしょう? 寝起きなんかは男っぽい匂いもしちゃうんでしょう?



「おね……あ、あのマコトさん。た、ただいま」


 今日も美人モードでやってきてくれたこの人を、なんとお呼びすれば良いものか。

 私のためらいがばっちり伝わったようで、そのマコト氏はいたずらっ子みたいに笑った。


「ふふ、ボクのことなら、お姉ちゃんって呼んでくれてもいいんだよ? ……さあ、お母さんたちはまだ外でいちゃいちゃしてるだろうから、先にこっちにおいで。ちょうどお昼ごはんができたところだったんだ」


 私の手を引いてニコニコ顔のマコト氏に、私はもはやすっかりメス堕ちさせられた気分だった。


 触れあった手のひらから、完全に恋心を自覚させられる。


 握られた手を、ぎゅっぎゅと握り返す私の目は、たぶんかなり発情モードだ。

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