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1話

「やったなユリちゃん! 家族が増えるぞ!」



 どこかで聞いたようなクソワード。


 いつも豪快な父ではあるが、今回は本当に驚かされた。

 家族が増える。そう、父は再婚するのである。



「……まじですか。……とりあえずおめでとうお父さん。40歳過ぎてるくせに、なかなかやりますね」


 夕食をとりながらひとしきり説明を受けた私は、とりあえず祝いの言葉を述べていた。


 我が父ながら若々しい人だとは思っていたが、

まだまだ男盛りだったというわけだ。



 父は男手一つで私を高校入学まで育ててくれた。

 母とは私が幼いころに不倫をして失踪したらしく、私の記憶にも全く残っていない。


 男性がきちんと働きながら一人で子供を育てるなんて、並大抵のことではなかっただろう。

 控えめに言っても父には感謝しかない。


 父はいつも、テレビの映画でラブシーンがあると子供みたいにはしゃぐし、風呂上がりにはチン○ンを振り回して騒ぐ。

 しまいには自分の娘に百合漫画や百合アニメを嫌というほど見せ、私の性癖を歪ませたクソ親父ではあるのだが、まあ、総合的には良い父なのだ。

 

 明日の夕飯はお赤飯だな。

 祝わずにはいられない。



「で、お相手はどんな人です? 写真くらいあるでしょう? 早く見せて下さいよ」


 これまで父に悪い気がして言えなかったけど、母親との仲良しいちゃいちゃ、正直憧れてたんだよなあ……


 私にせっつかれ、父はこちらにスマホを向けてくる。


 しかし、父の見せてきたその写真は、なんというか、18禁というか、おっぱい大盛というか、とにかく肌色が多めだった。


「ハ○撮り!? ば、バカじゃないですか!? ほとんどエロ画像じゃないですかこれ! うわ、しかもこれうちのリビング……いつの間に! ほんと最悪!」


 私の言葉に焦ったように、父はスマホの画面を確認し、うわ間違えた、と言いながら改めてスマホをこちらにつきだした。


「すまんすまん、これな。どうだ、美人だろ」


 写真に父と一緒に写る女性は、どうやらなかなかの美人のようだ。

 長く艶のある黒髪。柔らかい瞳に凛としたお化粧のギャップ。

 父と近い年齢ではあるようだが正直、私のストライクゾーンにも充分入っている。なぜなら私は百合ビッチだから。


 そしてさっき一瞬だけ見せてもらった、どスケベな身体の持ち主。

 あわよくばワンチャン、義親子での百合展開まで期待せずにはいられない。


「……悔しいですが、これはグッジョブと言わざるを得ませんね。至急顔合わせをお願いします」



 父の偏った教育は、私を肉食系百合女に育てあげた。

 それをよく知る張本人として、私に警戒の目を向けながら、父は晩酌のビールをがぶ飲みした。


「ユリちゃん、頼むからこの人には手を出さないでくれよ。娘に嫁さん寝取られるなんて、最悪だからな」

 

 父のわりと真剣っぽい言葉ではあるが……ふん、知らんな。

 

 私の顔色をチラチラ伺いつつ、父は焦ったように付け加える。


「あっ、そうだそうだ、もう一個朗報があるんだよ! その人も実は再婚でな。ユリちゃんには、なんというか、そうだ、お姉ちゃん『的な』人もできるんだぞ! ほら、狙うならそっち狙ってくれ頼むから!」



「お、お姉ちゃん!?」


 私は勢いよく立ち上がり、座っていた椅子が大きな音をたてて倒れた。


「あ、あーいや、お姉ちゃん的な、なんかそんな感じの、あの」


 なにやらモゴモゴ言っている父を睨み付けて黙らせ、私は天を仰ぐ。



 なんと、あの、お姉ちゃんという存在がこの私に!?



 お姉ちゃん。

 それは全ての百合女子にとって憧れの存在である。

 いかに望んでも、生まれ次第では絶対に手に入らない。そう思っていた希少生物。


 姉妹百合といえば、まさに国の宝であるが、遠い世界の話みたいにすっかり諦めていた。


 鼓動が。自分の胸の高鳴る鼓動が止められない。


 まさか、まさか私にあの、お姉ちゃんという存在が!



 私は激しく机を叩き、お茶をひっくり返しながら父に駆け寄ると、ビールの缶を掴んだまま動揺している父を強く抱きしめた。


「あああありがとう!! お父さん!! 神様ありがとう!! 去年の私の誕生日プレゼントがショボかった件、これで許してあげますからね!!」


「お、おう……大丈夫かな……? まあ、お前もほどほどに頼むぞほんと……あんまり変に期待するなよ? お姉ちゃんっていうか、ほら、最近はいろいろ」


 またなにやらうるさい父を、ぐいぐい抱きしめて黙らせておく。


 うへへ、こんなふうに育ててしまった、あなたの教育が悪いのだよ。



◇◇◇◇◇



 私の名前は田中ユリ。

 クソ親父が付けたその名前が示す通り、百合を愛し、百合に生きる、ピチピチの女子高一年生である。


 週末、私にエリート百合道教育を施した父と並んで、初心者マーク付きの原付バイクを走らせていた。


 今日はこのままツーリングがてら、父の再婚相手とその連れ子、つまり私の義姉となる人に会いにいくのだ。


 今日は、私の人生で最高の1日になるだろう。

 


 お義姉ちゃん。


 その言葉だけで、何度エッチな妄想を重ねてきたことか。

 あえて、あえて写真は見せてもらわず、どんな人かも聞かず、ひたすら今日まで妄想を膨らませ続けてきた。


 先を走る父のバイクを原付で追いかけながら、ヘルメットの中で私のニヤニヤが止まらない。

 排気ガスの多い国道の風が、今日は最高に気持ち良く感じてしまう。


 姉妹百合、最高だぜぇ! ヒュゥウ!!


 無駄にブンブンとアクセルを吹かしながら、カーブを曲がり、細い道も通り、私はそのお姉ちゃんが待つというおうちへ向かっていく。



 私の通う女子高にわりと近い住宅街で、父のバイクは減速し、庭の広い一軒家の前でウインカーが上がった。


 父は自分のバイクに跨がったままヘルメットを外し、こちらに手を振ってくる。


「おーいユリちゃん! ここだここ! 到着したぞ!」


 私は無言のまま片手運転でオッケーサインを出し、父に続いてその家の庭に自分の原付を停めた。


 ヘルメットを外し、原付のミラーを使って素早く髪を整える。

 父譲りのキリッとした顔立ちに、会った記憶もない生みの母譲りらしい大きな瞳。


 うむ、今日も私は美少女だ。


「よしよしユリちゃん。我が娘ながら今日もなかなか可愛いぞ」


 父の言葉に私は、また無言でニヤリと笑いオッケーサインを出す。


 父の贔屓目もあるだろうが、私はそれなりの美少女であると自負している。


 百合っ子たるもの、常に美少女であるよう努め、美少女として振る舞うべし。

 これが我が田中家のイカれた家訓である。


 今日は軽めのお化粧もバッチリ決まり、あえてライダースーツ姿を選択した私は、控えめに言ってもかわいい。


 ふふふ、未来のお姉様も、こんな妹に会えば、愛さずにはいられまい。



「あらあ、いらっしゃい! はじめしてユリちゃん。わたしがお義母さんだよお!」


 玄関からテンション高く飛び出してきた女性が、バイクごとなぎ倒しそうな勢いで私に抱きついてきた。

 ふわりと薄い香水の良い香りが広がる。


 ……いいね。この人、すごくいい。



 カッチリしたライダースーツを着ていたせいで、お義母さんの身体の感触はあまり味わえなかったが、そのおかげでギリギリ理性を保つことができた。


「でへ、でへへ……はじめしてお義母さん。田中ユリです。ユリのユリは百合っ子のユリです。お義母さんみたいな綺麗な人が大好物です。今日からよろしくお願いします」


「おいユリちゃん、いきなり悪いユリちゃんが出てきてるぞ。今日くらいおしとやかにできんのかお前は」


 父の言葉に正気をとり戻すと、お義母さんはふわふわとした笑顔で父の肩を叩いていた。


「もう、そんなの気にしないでいいのよう。ふふ、こちらこそよろしくねユリちゃん。写真で見せてもらってたけど、ほんとに美人さんなのねえ」


 クスクス笑うお義母さんは、父と同い年には見えないほど若々しく美しい。写真で見た印象より優しそうでかわいらしくも見える。


 父よ、ほんとグッジョブだ。


「うへへ、お義母さんも、すっごくお綺麗ですね! お会いできて嬉しいです!」


 いきなり始まった、美魔女と美少女キャッキャウフフの共演に、私の胸が満たされていく。


 美少女であるということは、こんなふうに新しい家族と仲良くなるときにも活かされるんだなあ。

 田中家家訓、侮りがたし。



 父と共にリビングに通され、冷たい麦茶を頂く。

 あまり大きな家ではないけれど、シンプルな家具が並び、生活感があるおうち。

 ソファーもいい塩梅に使い込まれていて、でも汚くはなく、なんだか座り心地がいい。


 うん、気に入りました。



 だがしかし、まだ肝心な人が見れていない。


 父とお義母さんがなにやらいちゃいちゃと話しているが、私はどうにも落ち着かない。


「あ、あのー。ところで、お姉ちゃんはどちらにいらっしゃるのでしょう?」


 麦茶を啜りながら上目遣いに訊ねると、二人はピタッと動きを止めた。


 お義母さんがなぜかひきつった笑顔を浮かべたまま、ポンと手を叩く。


「あ、あー! そうね、もしかしたらまだ寝てるのかも! 二階にいるのよ。うふふ、ちょっとわたし呼んでくるね!」


 お義母さんは何かを隠すかのように、両手を上げながらするりと部屋を出ていく。



 ……よくわからないけれど、誘ってるのかなこれは?


 私はスッと席を立ち、お義母さんの後を追って部屋を出る。


「お、おいユリちゃん! 待て待てストップ! ちょっと待て!」


 後ろから父の声が聞こえてきたが、当然無視。


 玄関近くの階段を上る音が聞こえ、私は遠慮なく勝手にそれに続く。


 だってもう、一分だって我慢できないのだ。


 すぐそこに、私のお姉ちゃんになる人がいるのだから。



 二階の奥の扉を開けようとしているお義母さんを発見し、私はずんずんそちらに向かった。

 お義母さんが私に気付き、なぜかぎょっとしたような表情になる。


「ひゃああ!? ユリちゃんなんで!? ちょっと待ってえ!!」


 ごめんなさいお義母さん、もう私の体が止まりません。



 お姉ちゃん。


 どんな人かな?

 美人だと嬉しいし、美人じゃなくても全く問題なし。

 

 優しくしてくれたら嬉しいけれど、優しくしてくれなくても大丈夫。


 お姉ちゃん。

 私が妹になります。



 お義母さんの横を強引に突発し、ドアを開けた。


 お姉ちゃん。ずっと、会いたかったです。



「お姉ちゃん!」


 ドアが開く。



 小さな悲鳴と共に、人影が動く。

 その人がこちらを振り向く。



「お姉ちゃあああ……あ?」



 部屋の中では、パンツ一丁の若い『男性』が、なぜか胸元を隠しながら唖然としてこちらを見ていた。



 えっと、どなたですか?




 ……何かの手違いが発生したようだが、このお話は、もちろん濃厚な百合のお話である。


 こんな男の人の裸が出てくるような物語では、断じてない。

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