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秩父の空再び(予告編)

作者: 日下部良介
掲載日:2021/08/11

 2021年11月13日。都営三田線水道橋駅で降りたカジカジは東京ドームに併設された黄色いビルへ向かった。時刻は朝の9時を過ぎたところだ。翌日に行われる競馬のGⅠレースの前売り馬券を買うためだ。毎回、参加メンバーへの“参加賞”として配っている恒例のものを今回も買いに来た。

 旅行に行くのは2年半ぶりのこと。思えばここに来るまで色々なことがあった…。



 2020年1月、横浜港を出港したクルーズ船から香港で下船した男性が中国武官で発生した新型コロナウイルスに感染していたことが判明。それを受けて、再度横浜港に入港し全乗員乗客に検疫を行った結果、4月までの間に700人以上の確定症例が確認された…。WHOはパンデミックを宣言し、世界的なコロナ禍が始まった。日本では4月7日に東京、神奈川、埼玉、千葉、大阪、兵庫、福岡の7都府県に緊急事態宣言が発出された…。



 旅行の予定は6月末。緊急事態宣言は5月25日には解除されたものの、幹線収束には至らず、更に2021年1月には2回目、4月には3回目、そして7月には4回目の宣言が発出されることになる。



「今年は無理そうですね」

 ぺこは自身が勤めるイタリアンレストランに集まったメンバーに向かって話し掛ける。

「仕方ないね」

 と、カジカジ。

「まあ、その分、来年の函館に積立金を回して今年の分まで豪華にやりましょう」

 組長の言葉にみんな頷く。この時はその来年も旅行に行けなくなるとはだれも思っていなかった。いや、思っていなかったというより、行けるようになっていて欲しいと願っていた。

 緊急事態宣言の余波は市民の生活にも影響を及ぼす。特に飲食店で働く美子やぺこにとっては営業規制による休業で収入が減るのは死活問題だった。それを鑑みてカジカジは積立金を3か月分免除したらどうかと提案する。元々、三浦への旅行をしていればそれくらいは使っていたのだから。この提案は大いに受け入れられた。そして、我慢の一年が始まった。来年旅行に行けることを祈って。



 年の瀬が迫る11月。組長からカジカジの元へ電話が入る。

「カジカジ、美子ちゃんが引っ越すって」

「どこへ?」

 電話に出たカジカジは突然の報告に面食らった。引っ越すこと自体、別に驚く校とではないのだけれど、よくよく話を聞いてみると再婚して相手の生まれ故郷について行くことになったという。地方に引っ越すというのでグループは退会するということらしい。

 もうすぐ忘年会だというこの時期、美子からはグループLINEに欠席の連絡が入っていた。その文面を見る限り、いたって普通のコメントでしかなかった。

「ペコちゃんにどう伝えよう…」

 組長と美子、ぺこは同じ学校のPTAだったので、その絆も強かった。組長はぺこがショックを受けることが心配だったに違いない。

「今、ちょうどパン屋に居たところだからボクが伝えるよ」

「そう…。じゃあ、頼むよ」

 カジカジは出て来たばかりのぺこが働いているパン屋へ引き返した。

「あら? どうしたんですか?」

「今、組長から電話があって美子ちゃんが再婚してご主人の伊奈家へ引っ越すそうですよ」

 カジカジにそう告げられたぺこの表情はいたって冷静だった。もちろん仕事中だということもあったのかも知れないけれど、普段から美子とはよく話をしているぺこだけにこのことは知っていたのかも知れない。



 年が明けると2回目の宣言が発出された。それでも6月までには落ち着くことを信じて準備をはじめる。カジカジが立てたプランに従って組長が段取りを進めていく。2回目の宣言が解除されて次第に落ち着いてきているようにも思えたころ、また感染者が増え始めた。そんな状況であるにもかかわらず、組長は計画をどんどん推し進めていく。宿を押さえて切符の手配も進め、グループLINEで報告していく。そんな状況を不安に思っているメンバーも居たに違いない。

「このまま進めてもいいのかしら?」

 不安に感じたぺこはカジカジに相談する。

「この状況では無理だと思いますよ。ボクが組長に進言します」

「私から言ってもいいですけど」

「こういうことはボクが言った方がいいですから」

 そうしてカジカジが旅行の中止を提言する。組長はにわかにはそれを受け入れられなかった。カジカジに呼応するようにぺこ、小松、久美からもその方がいいという意見が出た。最終的には組長も受け入れざるを得なかった。組長にしてみれば美子のこともあって、なんとしても行かなければという義務感が感覚を麻痺させていたのかも知れない。



 里美がメンバーから外れることになった。コロナ禍における状況下で精神的にも余裕がなくなっていたのかも知れない。グループLINEへのコメントも個別の呼びかけにも反応がなかった。カジカジはそんな状態の里美の心中を察して一度距離を置いてみたらどうかと提案。この提案に渡りに船とばかりに里美はLINEグループを退会した。その最後にカジカジは「余裕が出来ればいつでも戻って来ることができるから」と言葉を掛けた。


 8人だったメンバーが6人になった。10人いた最盛期からは自然消滅的に離脱していった関本や江崎も含めると4人が居なくなった。みんな一様に年を取り健康状態に不安を抱えたり家庭の事情が変化したりと日々状況が代わって行くのは致し方ないことなのだけれど、残ったメンバーは去って行ったメンバーの分まで楽しむことにこの会を続けていく意味があるのだと信じたい。



 6月の函館を中止すると決めてからしばらくの間、組長は不貞腐れたような態度が続いていた。そのことで他のメンバーに余計な気を使わせてしまうのは良くないと思ったカジカジはちょくちょく組長の胸中を窺うように声を掛け続けた。それは共通の趣味でもある競馬の話であったり、メンバーの近況報告であったり。そして、今後の旅行日程についてなどを話し合うために暑気払いを兼ねて、一度集まろうということになった。カジカジが早速グーループLINEで告知すると、みんなからも賛同する旨の返事が寄せられた。


 緊急事態宣言に伴い、場外馬券場での発売が中止されていたこともあり、カジカジはインターネット投票が出来る組長に馬券を購入してもらっていた。その日も競馬会議と称して二人で会っていた。この頃には組長も落ち着きを取り戻していた。宣言期間中ではあったのだけれど、昼から飲める店を探し当てて。

「古谷さん誘ったら来るかもしれないね」

「来るよ!」

 カジカジの何気ない言葉に組長は即、携帯電話を手に取り古谷に電話を掛けた。

「今、カジカジと飲んでるんだけど来ない?」

「いいですね! でも、ちょっと無理なんですよ。実は…」

 二人の会話を聞いていたカジカジはピンときた。恐らく以前から具合が良くなかった尿管結石が悪化したのではないかと。話し終えた組長にカジカジが尋ねると、案の定それで手術をすることになったのだという。それなら仕方がないとお互い競馬新聞に目を移した。予想がひと段落すると、組長が話題を変えた。

「今回、函館を延期して、去年も行っていないから秋にどこか近場でもいいから行きたいな」

「いいね。だったら、前に行ったところだけど、秩父はどう? 前回行ったときは1万5千以内で収まったでしょう? 延期した函館の分は積立終わっているし、7月以降も積み立てを継続するのなら函館の予算に手を付けなくても行けるんじゃない?」

「なるほど! いいかもね。よし! じゃあ、暑気払いの時にみんなに提案しよう」

 ところが、暑気払いの日程が決まって間もなく、政府は4回目の緊急事態宣言を発出するとのニュースが流れた。幸い、それが開始されるのは暑気払い後だったこともあり、暑気払いには入院を控えた古谷以外が集まることが出来た。組長の提案に全員賛同した。日程についてはカジカジの都合で11月13日~14日ということになった。

 その頃にはコロナも落ち着いていればいいのだけれど…。



 4回目の緊急事態宣言中には東京オリンピックが開催された。1年間延期されての開催ではあったが、緊急事態宣言が発出された後も参戦が確認された人数は減ることなく増加し続け、オリンピックも無観客でも開催となった。それでも、地元開催ということもあり、日本人選手が獲得した金メダルの数もメダルの総数も史上最高となり、大いに盛り上がった。

 オリンピックが終わってしばらくすると、ほとんどの国民がワクチン接種を終え、感染者数も落ち着いてきた。政府も引き続き、感染防止対策を怠ることなく実施していくことが肝心としながらも、徐々に規制は解除され経済活性化へ向けての方策が開始された。そして、2年半ぶりの旅行となる11月を迎えた…。

 


 この後の物語は実際に11月に無事に旅行に行けたのだとしたら、この続きは改めて書き記すことにしたいと思う。




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