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 入学式前日。

 私は殿下の腕に抱かれ、半ば放心状態で呟いた。


「聞いてないです」

「言わなかったからね」


 魔法学園は全寮制だ。普通は男子寮、女子寮という平凡な名前の真っ当な寮に入るらしい。入学案内で見た。

 ここは王族用の別棟。ううん、それだけなら普通の話。だって彼はそういう特別な身分の人だもの。

 だけど、何故。どうして彼と同じ建物に、自分の部屋が宛がわれているのかを私は問うている。


「おかしいですよね。未婚の男女ですよ」

「まあ婚約者だし、責任を持って卒業まで面倒をみるから娘さんを学園に入学させてくれ、と公爵に頼み込んだのは僕だからね」

「そんなことしたんですか。初耳です、聞いていません」

「言ってないからね」

「それだけじゃないです、どうしてお部屋が一緒なんですか、どうしてベッドがひとつしかないのですか」

「君の夢見の悪さを思えば、これは真っ当な対策だろう? それとも僕と寝るのは嫌なの? 国が許可したのに?」

「いろんな意味でついていけません、どうして国にまでそんな話をしたんですか!」


 あたまがおかしくなりそうだった。きっともうなっているけれど。

 一緒の馬車で来ることになったのは構わなかった。隣りに座っている彼にもたれかかって眠ってしまったのは大変よろしくないけれど、それは今の問題ではなくて。

 何故、同棲上等の寮とは名ばかりの環境が、目の前に広がっているのだろう。


 使用人は皆、同じ建物の別の部屋をひとりひとつずつ用意されているらしい。だというのに私たちは同じ部屋。どうしてそうなったの。

 半分寝ぼけていたせいで、その腕に抱き上げられてここまで連れられてきてしまったことについては反省している。だけど昨晩は夢見が悪すぎて、数十分も経たずに目が覚めてしまったために、本当に寝不足だったのだと言い訳をさせてほしい。

 新築の独特な香りが鼻を掠める。此処は恐らく、殿下のために建てられたばかりの施設のはず。私は公爵家出身なので、普通に考えれば女子寮のひとりべや、それも屋敷よりは小さいもののだだっぴろいお部屋に入れられるはず、だった。


「リディシア、諦めた方がいいよ。これは国の意向だし、君を健康にする義務が僕にはあるからね」

「…………どうしてこんなことに」


 どう考えてもおかしいのに、周囲は皆、誰もが生暖かい目で「あきらめろ」と言ってくる。極めつけに国の意向ときた。


「ここまで上手くいくとは思わなかったけれど」

「……」


 嵌められた気がする。

 だけど逃げることも隠れることもできない。だって今、抱き上げられてこの建物の中、というよりも寝室に案内されたわけで。

 疲れたよね、もう眠ろうか? お風呂はどうする? と、まるで普通に何てことないように聞かれ、目が冴えてやっと現状を把握した身には、もう諦める以外の選択肢もなく。


「わかりました……とりあえず、お風呂に」

「うん、いい子。じゃあ連れて行ってあげるね」


 ひとりでいけます、と言いたい。だけどこの建物の間取り図すら私は知らないので、もはや任せっきり以外に選べる道はなかった。


 流石にお風呂はいつも通り、特にお世話になっていてこんなところまでついてきてくれたメイドのレインとシロネ、ヒルデ、ノエルに入れられることになり、安堵する。

 レインとシロネはその銀色の髪を綺麗に後ろ手に結わえ、如何にも仕事ができるメイドという立ち姿。しかし、ヒルデとノエルは何故かツインテールになっていた。ブロンドのさらさらロングにツインテールは合うなあ、と感心している内に、お風呂も終わってしまう。

 気になったことを、とりあえず尋ねた。


「どうしてツインテールなの?」

「打倒、夢の桃色女ですわ!」

「そうですわ! お嬢様なら勝てます!」

「馬鹿みたいなこと言ってないで、仕事しなさい仕事~」


 呆れるシロネに、一緒になって苦笑いしてしまう。だけど元気づけようとしてくれたその優しさが嬉しい。ツインテール化した理由はよくわからなかったけれど。

 私には明確な侍女はいない。シロネとレインが一番お世話になっているとても有能なメイドであることは確かなので、強いて言うならこのふたりがそうだ。シロネとレインは双子、そしてヒルデとノエルは三歳差で姉妹だったりする。あまり突っ込んだお話はしたことがないけれど、恋に愛にお仕事にと満喫した生活をしているらしいことはヒルデがよく話していた。

 とはいえ、学園内に使用人は入れない。魔法学園は基本的に貴族と、特別な事情を持つ特待生の枠でほんのひとりふたり、庶民が入ってくる程度の場だ。

 暗殺事件なんかは長い歴史の中でも起きていないし、警備も万全で、何より王族だったり高位貴族へのアレコレは徹底している。のだけれども。

 それでも、ストッパーがいないままに、我儘な貴族が野放しになるという事態が起きる。危惧しているのはそのことだった。家柄に目も向かないような、高位の貴族がもしも、たとえば特待生を目の敵にしたり、そんなことがあったら。

 どうにも、夢の中の自分はそんな大きな過ちを犯しているらしいことに気づき、恐怖している。


「流石に、あんな死に方は嫌だもの……」


 最近の夢見の悪さは異常だ。ルクシス殿下に殺されるだけなら慣れたものだけれども、昨日は散々甚振られたわけで。途中で目が覚めなければ、どんな無残な死に方をしたのかわかったものではない。

 ぶるりと震える身体を抱きかかえながらも、その夢の中で自分に色々と償いを強いてくる当の本人の帰りを待つ。しかし、こんな格好が普通だというのだから、魔法学園も不思議なものだ。


「ただいま、……え?」

「おかえりなさいませ。その、本当にふたりで眠るのですか? 正気、ですか?」

「いや、君の方こそ、その格好は」

「これはシロネたちが、正装だと……ネグリジェにしても随分生地が薄いのですが、というか長袖じゃないのはその、寒いのですが、これでないとだめなのでしょうか」


 殿下の服装は意外と普通だった。少し顔が赤らんでいるのは、お風呂あがりだからだろうか。熱とかだったらどうしよう、明日ひとりぼっちになるのでは。

 そんなことをぐるぐる考えているうちに、そっと近づいてきた彼に抱き留められる。


「うん、それが普通だから、これからはずっとそうしていてくれるかな」

「そうですか……」


 下着を少しアレンジしたような、こんなちょっと破廉恥な格好を眠るときだけとはいえ強要するだなんて、もしかして学園の校則を決めた人が変態だったり。そういうことかもしれない。

 そんな校則はないと、嵌められただけだと知るのは、随分先の話。


「ごめんね、本音を言えば襲いたい。我慢できるかな、これ」

「まだスノウに会ってもいないのに、もう殺意が……?」

「違う違う。君のその格好に煽られてるだけ。いや、食べても怒られないか。これわざとだよね? いいのかな」

「はい?」


 どうにも的を得ない彼の言葉に、よくわからずおかしな返事をしてしまう。


「いや、まだ駄目だな。公爵に殺される」

「え、殺され、えっ」

「また何か変な誤解をしたよね。違うから安心して、信用を無下にできないってだけだから」


 とりあえず、一緒に寝ようか。そう言う彼は優しくて、少し躊躇いながらも身を預ける。薄手の衣類だからか、その温かさを直に感じ、安堵して。そうして眠りに落ちていく。


「……ベビードールっていうんだよ、それ」


 ルクシスはぼやく。


 大好きな彼女と一緒に眠るだけでも心臓が煩わしいのに、よりにもよって肌をこんな風に晒されるとは思いもしなかった。

 陽のひかりすら碌に知らない彼女の白い肌に、吸い寄せられてしまう。腕をそっと指で押してみても目を覚まさない。柔らかなその身体を、恐らく許される程度の範囲で、触れては離す。


「起きないな」


 もう眠りが深いのか、なら。

 彼女の首筋に顔を埋めて、吸い付いてみる。それでも起きないので、段々とエスカレートしそうになるけれど。そんな自分を抑え込むために、首を振る。

 しかしその真白の素肌には既に、赤い痕が散見された。誰かに見られれば情事を疑われることが目に見える。

 だが、所有印くらいなら、他者への良い牽制になるだろうと開き直った。


 眠る彼女に口づけて、優しく髪を撫でる。

 眠れば滅多なことがない限り、直ぐには起きないリディシアは、とても無防備で愛らしい。僕がいなければ、まともに寝付けもしないのに。

 穏やかな寝息に、自分がいるだけでも何らかの良い効果がある事実に、満足しながら。


「おやすみ。……ああ、これが毎日続くのか」


 嬉しい反面、保つ気がしない。きっといつか本当の意味で手を出してしまうだろう。そうなったら。

 そうなったとしても、責任を取るだけか。

 怖がられているような、好かれているような、不明瞭なこの関係も。ここを卒業する頃には、もっと良い方向に回り出すだろう。

 君がどれだけ疑おうが、僕は君以外の誰にも、欠片の関心すらないのだから。

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