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 病室でベッドから起き上がり、教科書を読んでいると、


「学園に戻る? それとも、辞めたい?」


 ルクシス殿下に、そう訊かれた。

 通っていた数日の記憶はないものの、どうやら関わりがあったのはお見舞いにきてくれたスノウたちと彼だけのようなので、戻ることに問題はないはず。

 だけど、それは夢の流れに従うということだ。それが大丈夫か否かを考え、答えを出す。


「そうですね。戻るべきだと、私は思っています。曲がりなりにも公爵令嬢なので」


 その責務は碌に負えていないけれど。

 記憶はといえば、少しだけ思い出せたことがある。机に向かって、紙に何か物語のようなものを書いている自分のことを、まるで俯瞰するように見た。起きた瞬間にふっと思い出したその記憶を話したところ、ルクシス殿下は「リディシアにそんな趣味はないはずだ」と不可解な反応をし。

 一先ず特に記憶を気にしているスノウにそのことを話したところ、彼女はぼろぼろと大粒の涙を零しながら抱き着いてきた。

 ぎゅうっと、強く抱きしめられながら「アリサ」と呼ぶ彼女の声に、どこか懐かしさを感じて。「取り乱してごめんね。大丈夫だから。それは貴女の記憶だよ」と笑った彼女は、本当に嬉しそうで、もしかしたら私たちの関係は夢とは違うのではないか、と。僅かに、期待してしまうほどで。

 だけどやっぱり、その隣りに自分は似合わないなと思う。私は端っこで静かに本を読んでいる方が性に合っている。メインキャラクターには、なりたくない。そう思う。


 学園に戻る。その決断は、単純に自分の責務を果たそうというだけだった。だけどルクシス殿下は目を見開き、


「いいの?」


 と問うてくる。

 言葉の真意が読めないままに、


「行かないと、身分的に不味いそうですから……」


 と返せば、彼は間が抜けたような反応をしつつ「リディシアらしい理由だね」と微笑んだ。


 そうして、五体満足で夢見の悪さ以外と記憶喪失以外は特に問題のない状態で、私は退院し。

 しかし、知らなかった事実を突きつけられる。


「寮は男女別なのでは」

「僕とリディシアは特別だから、一緒なんだよ。何か問題ある?」

「……いえ、そういうものなのですね」


 まさか同じ建物の、同じ部屋で、同じベッドで寝ていたとは。流石にそれはどうなのかと思いながらも、用意された衣類に着替えさせられ、その腕に抱かれる。


「リディシアは、こうして触られてどう? 嫌?」

「いえ、別にどうも……」

「…………そう」


 どこか落胆したような反応。だけど彼は作り笑いながら、私を抱きしめた。

 この腕で、スノウを抱きしめたり背に庇ったり、そんな姿を夢で何度も見たけれど。まるで現実のようなそれと、今触れている感覚が重なる。

 彼女を守るための四肢で、私に触れるべきではない。拒絶すべきか、だけど婚約者である手前、彼の我儘はきいてあげるべきだろうか。身分も彼の方が上なのだから。

 中々眠気がこないままに、その温もりを感じる。居心地が悪いのと、変な緊張と、そして一抹の恐怖。色々な感情に呑まれかけているうちに、彼がそっと顔を近づけてきた。


「ん、」


 一瞬だけ、唇が触れて離れる。

 キスの意味を思い出し、だけど彼とはとっくにしていたらしい事実に、ぼんやりと見上げれば。


「ああ、やっぱり本当に、僕のこと何とも思ってないんだね。リディシア」


 泣きそうなのか、怒っているのか。虚ろなようでいて、色んな感情が映る瞳の奥に、自分を見る。ルクシス殿下は顔を歪め、だけどそれ以上は何も言わず、胸に私を押し付けるような形で「早く寝たほうがいい」と言う。

 目を瞑って、ちょっと息苦しさを感じつつも文句を言う気も起きず、そのまま眠りに落ちる。


 その日は、いつもとは違う夢を見た。

 両親と共にどこかの別荘に行った記憶。随分幼い自分の姿。これも記憶なのだろう。


 そうして、また一つ。思い出す。


「そう、ご両親はきっと喜ぶだろうね」


 朝、殿下にそれを話せば、つまらなさそうにそう呟く。取り繕うことすらない彼の態度に、しかしこちらの方が信用できるなと思えた。作り笑いが上手すぎる人だから、それを見せないでいてくれることにどこか安心するというべきか。


 その日から、学園に復帰することになり。殿下に付き添われながら教室に連れられ、入るなり。


「リディシア様っ! リディシア様ぁぁぁつ!」

「す、スノウ」


 ぎゃおん! と言わんばかりに泣きながら歓喜する桃色の髪の美少女に抱きつかれ。


「おかえりなさい、リディシアさん」

「そいつ、毎日お前が来るのはいつだいつだって言ってたんだぜ。マジで煩かった」

「ひっどいっ! ディードほんっと口悪い! 嫌い!」

「はあ!? 嫌わなくてもいいだろ!」


 クラウス、ディードリヒ。スノウの友人であるふたりにも歓迎され、嬉しく思いながら笑う。


「その、ただいま。スノウ、クラウス、ディードリヒ」

「ディードでいいぜ」

「わあ! リディシアとディードが仲良くなる展開キタコレ! 原作クラッシャーだ流石ヒーロー!」

「スノウ、口滑らせすぎ」

「あ」


 クラウスに窘められるスノウ。彼女の言ったことはよくわからなかったけれど、どうやら私はこの人たちの輪の中に、いてもいいらしい。


「えへへ」

「リディシア様が笑った~~~! 好き!」

「……」


 無言で、背後から伸びてきた手が、スノウの腕を掴む。


「ねえ、スノウ」

「ああああああごめんなさい!」


 ルクシス殿下だった。彼女に怒気を滲ませながら声をかけるなり、スノウは私を解放する。


「ごめんね、病み上がりだったのに」

「ううん、気にしないで。大丈夫だから」

「リディシア、ホームルームの時間までもうそんなにないから、こっち」


 椅子を引いてくれる王子様ってどうなのだろうか。そう思いながらもお言葉に甘える。

 そういえば、中々の大騒ぎになってしまったのと、多分事故で死にかけた人間が生きているという出来事が原因、なのだろうか。


 結構な人の目が集まり、何故かそれに少し薄気味悪さを覚えた。


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