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 酷く凄惨な事故だったと、誰もが言う。

 本来ならば、こんなことにはならないような、安全な魔力の素養の確認程度のテスト。だけど莫大な魔力を保持し、それを上手く使いこなせていないスノウにとっては非常に危険なものだったらしい。

 水晶が割れたのは、彼女の魔力量が想定外だった結果。内部で融解した水晶の中心部が膨張し爆発、漏れ出した魔力が魔具に宿った法則通りに魔法を具現化させてしまい、天から槍が降ってきたかのような、半ば戦争兵器のような状態になったそうだ。


 そして、自分はそれに巻き込まれ、瀕死状態だった。命が助かったのは奇跡だと皆口を揃えて語るけれど、その記憶自体が欠落している。

 否、そもそも何一つ、覚えていない。


「事故の後遺症……ですか」


 スノウという少女と、自分の婚約者のことだけは、何故か夢で何度も何度も見たから、知っていた。どんな人たちなのかは、思い出せないけれど。


「記憶の混濁は体内に自分以外の魔力が流れているからだとか、色々聞きましたけれど。幸い、知識だけは残っているので、大事には」

「……ごめんなさい」

「気にしないで、生きていただけで十分だと両親が言っていましたから」


 自責の念に駆られているらしい彼女を慰めながらも、夢で見た光景に胸が詰まる。

 その苦しさの理由も、今ではよくわからない。ただ、漠然とした喪失感の中で、安堵している自分を感じた。


「ああ、来ていたのか」


 白く切り取られた空間に、また違う色が添えられる。

 赤、青、銀、桃、そして黒。パレットか、或いは花束か。そんなことを思いながらも、ずっと寄り添ってくれていた自身の婚約者に、冷めた気持ちで目を向けた。

 六人いても尚広く感じる大きな病室。その中心で、はらりと落ちてくる真白の髪に目を向けながら、窓の外を見る。

 現状を淡々と説明する彼に、この場は任せてしまおう。


「時間が経てば、記憶、戻るかもしれないんですね……!」


 心の底から嬉しそうなスノウの声に、思う。それまで生きていられる気がしないな、と。


 夢で自分のことを殺す彼が、そこにいる婚約者と全く同じ姿で、その背に庇われこちらを見る彼女も、瓜二つで、それに。

 こうして並ぶと、まるでそう在ることが正しいかのように、ぴたりと当て嵌まる。


 記憶があれば、どうしていただろうか。この子を許すことができただろうか。何となく、できなかったからこそ、夢の中では裁かれたのだろうなと思う。


 また来るね、と笑う彼女と、彼女を取り巻く彼らにお礼を言って、去っていく背に手を振る。表情筋がまるで動いていない気がするので、最低限の笑顔のつくりかたは思い出さないといけないかもしれない。


「ルクシス殿下は、行かないのですか?」

「どうして? 君がここにいるのに?」

「お気になさらず、この状態で病室から勝手に出て行ったりは……」

「鈍いのは変わらないな。別に、彼らに興味はないからね。どうでもいい」


 その表情からは、何も読み取れない。恐らく自分も似たような顔をしているのだけれども、まるで心がないかのような、生きていないような。


「色々と、彼女から聞いたから。君がそうなってしまった理由も」

「何のことですか……?」


 苦虫を噛み潰したように、不快そうにこぼす彼の言葉がよくわからず、問い直すけれど。


「何でもない」


 それだけを返して、彼は再び私の手を握る。


「やっと、少しは近づけたと思ったら、これか」


 漸く、リディシアが見る悪夢の元凶に辿り着き。

 しかし当の彼女と築いた九年間の記憶は完全に喪失されている。


 魔力が体内に残ることが、記憶を阻害している可能性。スノウの魔力はそれこそ直ぐに抜け落ちていくだろう。だけど、自分のものはどうか。

 あの日、彼女にキスをしたことで、ごっそり持っていかれた魔力それ自体は回復している。そして彼女はそれを元にどうにか命を繋いだ身だ。

 人体の一部を欠損し、明らかに死に絶える寸前だった彼女を繋ぎとめた魔力は、同化したはず。自分の一部と彼女が同化した事実だけなら、喜ばしいだけ。しかし、その仮説が正しいのであれば、きっと自分を彼女が思い出すことはないのだろう。


『そもそも、リディシアはこんな子じゃないんです。それに……』


 スノウの語る真実は突拍子のないもので、だけどあまりに理路整然としていた。この世界を元にした物語を知っていると語る彼女は、リディシアが本来の性格とはかけ離れていることも、そしてこれから何が起きるはずだったのかも、すべてを語り。

 自分の運命を彼女が肩代わりしたことに、言葉を失った。

 本来、あの事故に巻き込まれ、死にかけるのは僕だという。それに彼女が宛がわれた理由について、スノウは「異分子への強制力、とかかもしれないなって」と、自身を含め境遇が変わり始めている事実を危惧していた。

 あれだけ念押しをしてもリディシアに嫌がらせをするような奴が出たのもそうだ。それは本来スノウがされるはずのものだったらしい。


 全ての被害が、リディシアに向かっている可能性。

 それだけではなく、彼女はスノウと違い身を守る術を持たない。


 これ以上学園に通わせるのは危険だ。わかっている。だけど、自分と彼女の婚約を解消すべきだという声も、段々と大きくなっていた。

 リディシアの両親も、自分の父と母である国の長すらも、今の彼女を娶ることについて首を縦に振ることはない。彼女のあんな顔を見て、国を担えると誰が言えるのか。それには自分も同意見だった。


 身体には傷一つない彼女。それが指し示す答えは、五体満足だったというものではなく、そこまで修復するしかないほどに死んでいたという悲惨な現実。

 一度死んだはずの彼女を、また死の運命に投げ込むのは御免だが、だからといって手放すことなど考えられない。


「……いっそ、ふたりで逃げてしまえばいいのかな」


 彼女を閉じ込めて、何処にもいけなくしてしまえば、誰に危害を加えられることもなく、ふたりきりでいられるだろうか。

 そんなことを思いながらも、眠る彼女の髪を撫でる。生きていてくれるだけでいい。彼女の両親はそう言った。だけど。

 それだけで満足できない今、どうすればいいだろう。


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