密約
「そ、それで…北部要塞が巨大要塞を攻めない理由ですけど…」
と言いかけて、椿ははっとなり周囲に目を配った。軍の上層部に関わる話である。周りに聞かれたらまずいと考えたのだ。
「あー大丈夫大丈夫誰も私たちの話なんて気にしてないって。秘密の話ってのはね、案外こういう所でした方が周りに勘付かれにくいのよ」
「そうなんですか…?」
「そ、だからこの店を選んだんだしねー」
と言って、酒を煽るエステル。
「で、なんでてヒーマン司令官が巨大要塞を攻めようとしないのかって言うと…巨大要塞側の司令官と密約が出来ているからなのよね」
「密約?」
「互いの要塞を攻めないっていう約束ね。これを知ってるのは要塞の司令官、副司令官、部隊長クラスだけね」
「つまり…聖都にいる聖王国軍の上層部とか、王様達も知らないって事ですか?」
「その通り。ま、中には勘付いている人もいるでしょうけど」
「えっと…それじゃあ、要塞の司令官同士で、勝手に休戦協定を結んでるって事ですか?」
「まあそういう事になるわね」
「そういうのはよくある事なんですか?」
「上層部を通さず、前線の司令官同士で何らかの取り決めをする事はあるわ。数日間休戦しようとか、例え占領しても街の住民には手を出さないよう互いに約束するとか…敵同士であってもね。でも、ここまで大規模、長期間なものはあまりないわね」
「そう…ですか」
ヒーマン司令官の結んだ密約とやらが、いい事なのか悪い事なのか…椿には簡単には判断しかねた。本来なら、休戦すべきかどうかは聖王国軍上層部…そしてそのトップたる王が判断するべきで、要塞司令官の独断で判断していい事ではないだろう。前線の司令官たちが勝手に敵国と休戦してしまえば、聖王国軍全体としての動きが取れなくなる。
しかし、椿は軍上層部が無能である事も知っていた。妥当な理由があるのだとすれば、ヒーマン司令官が勝手に結んだ密約とやらも悪いものだと決めつける事はできない。
「…ヒーマン司令官は、どうして巨大要塞と休戦の密約を交わしたんですか?」
「そりゃあ、もちろん…」
エステルは皮肉げに笑った。
「私利私欲のため、に決まってるじゃない」




