エステル
「へーえ、ツバキくんはエレオノールちゃんに助けられて軍に入ったんだ」
「はい、そうです。だから僕はなんとかエレナに恩返ししたいと思っていて…」
「いやー、いい子だねえ、ツバキくんは。よーしいいこいいこー」
そう言って、エステルは椿の頭をわしわしと撫でた。すでに料理が運ばれて来てから1時間は経過している…現状、エステルに北部要塞上層部の考えを聞き出すどころか、むしろ自分の身の上を話す羽目になっている椿だった。
(お酒も相当入ってるし、今日は巨大要塞攻めについて聞くのは無理かな)
エステルは、酒と名のつくものなら何でもいいようで、果実蒸留酒、麦酒、蜂蜜酒…それらの酒を手当たり次第に注文し、手当たり次第に喉に流し込んでいた。そのために、相当に酔いが回って来ている様子だ。
「ふああー…やっぱお酒飲んでる時が一番幸せよねえ…ツバキくんもそう思わなーい?」
そんな事を言いながら、ツバキにすり寄ったりキスをしようとしてくる。それから逃げるのが精一杯で…本題について質問するなど到底できそうになかった。
まあ、エステルさんと親睦を深める事ができたと思えばいいかな――そんな風に考え自分を慰めた。しかし、当初の目的を達成する事ができなかったのは間違いなく、軽い落胆を覚えてしまうのも事実だ。それが顔色に出ていたようで、
「あれ、ツバキくんどうしたのかな?元気ないけど?」
と、エステルが顔を近付けてきた。
「いえ…大丈夫です。ちょっと考え事をしていただけで…」
「ふうん、考え事ねえ…お姉さんが当ててあげよっか」
そう言ってエステルは腕組みをして、「ううーん」と大袈裟に唸ってみせる。そして、何かを思いついたようにポンと手を叩いた。
「あ、もしかして…私の下着の色が何色か、とか?気になるなら見る?」
「ち、違います…み、見せなくていいですから…!」
椿は慌てて、服を脱ぎ出そうとするエステルを制した。彼女は脱ぎ上戸なのかもしれない。
「あ、そう?それじゃあ、えーっと」
脱衣を止められたエステルはまた腕組みをして考え込む。次はいったいどんな素っ頓狂な事を言ってくるのか――身構える椿だったが、エステルの言葉は椿の予想に反していた。
「それじゃあ、ツバキくんが気にしているのは――なんで北部要塞は巨大要塞を攻めようとしないのかって事?知りたいなら教えてあげるけど?」
「いや、違…って、え…?」
反射的に否定してしまいそうになる…が、エステルが今言った事、それこそが椿の知りたい事柄だった。
「ツバキくん、最初からずっとその事が気になってたんでしょ?」
「…!し、知ってたんですか?」
「あはは、まあねー。エレオノール隊の人達の様子を見たら、ヒーマン司令官たちといったいどんな事を話したのか…そしてエレオノール隊のみんながどんな事を気にかけてるのか、なんとなく分かるわよ」
眼鏡の奥の瞳が、椿の心根を見透かすように細められた。
「ただまあ、要塞内部の事情を暴露する事になる訳で――君が信用できる人間だって確証が持てるまで話すつもりはなかったけどね。でも今まで会話した限りでは…うん、ツバキくんは正直でいい子みたいだし、話しても問題ないかな」
椿は、ゴクリと息を飲む。今までエステルの奔放な態度に付き合っていたつもりだったが…その実、向こうはこちらの様子を伺っていたという事だ。よくよく見れば、その瞳には酔いによる濁りなど見当たらない。
「…本当は、酔ってなかったって事ですか?」
「私がこの程度のお酒で酔う訳がないじゃない」
「今までの言葉も…僕の様子を伺うためだったんですね」
「うん、まあねー」
「それじゃあ、年下が好きって言うのも嘘で…」
「いや、それは本当!もー、君くらいの男の子を見てると母性本能出まくりなの!たまんないっ…て感じ」
「…」
むしろ、一番嘘であって欲しい所が本当だった。




